あるレストランでのできごとである。
「きゃーっ!」
と、突然、悲鳴が上がった。
「ナニゴト?」と、店に居合わせた全員が振り返るとウエイトレスが両手に皿を持ったまま固まっている。調理場が見通せるカウンタの片隅がスィング・ドアになっていて給仕のために出入りするのだが、熱々のお皿を届けようと扉を身体ごと乗り出したちょうどその折、足元に赤ん坊が這い回っていたのだ。迂闊な人だったらそのまま踏み潰してしまうか、お皿を放り投げてしまっていたかも知れない。ベテランの彼女だから沈着に対処できたと思うのだが、それでも立ちすくんで,しばらくその場で震えていた。
「危ないよぉ~」
と、その赤ん坊を連れ戻しに来たのは…、その子の母親ではない。幼稚園児と思われる少女だった。母親の方はと見ると、知らんぷりで黙々とスプーンを口に運んでいる。その時、小説を読みながらだらしない格好でカレーを食べていた自分をさしおいて言えた義理ではないが、
「いいのか、こんなことで…」。
最近の親って、可笑しかないかい。これまた、その資格がありやなきやと問えば、我が子からは手厳しい言葉が返って来そうなこのぼくが、憤っている。教室の階下が居酒屋だった頃、子ども連れの家族であふれ返っており、
「ファミレスかい」
と、突っ込んだものだが、酒を呑むために集う場所に子どもを連れてくるなんぞタガの外れ方も極まると思ったのはぼくだけだろうか。
そういえば、聞いた話だが、今年のお盆、和食の老舗でのことだが、ふだんと異なり家族連れが多く賑わっていた。食事に退屈したのだろう、ある男の子が生簀の水槽に手を突っ込み遊び始めた。店の者がやんわり諌めても聞く様子はない。それどころかますますエスカレートしていくばかりだ。その親たちは知らん顔だ。オヤジの気性を知る常連はハラハラしたという。それでも滅多にない優しい口調で注意をしたらしい、こめかみにシャープ(#)が浮かぶのをみごとに隠して。それでもその子の行動は止まらず、たまりかねたオヤジはついに一喝した。
「こらーっ!」
酒飲みには格調高くも雰囲気のよい店であるが、楽しかるべき団欒の場が、一瞬、凍りついた。この叱りが効いたとみえ、子どもの暴虐は止んだという。で、ふだん通りの平安が戻った。その後は特筆すべき事もなく無事閉店したらしい。
で、後日談である。その店はホームページを持っていてWEBページからメールを送れるようになっている。翌日、メールが届いた。メールにはこう書かれていた。
「客に向かって『コラ』とはナニゴトだ」
Webメールだから、送信者は特定しにくい。オヤジは悔し涙にくれるしかなかった。
店主にしろ、ぼくにしろ、若い時分には、町の大人からさんざんっぱら
「今時の若いもんは…」
と、叱られた口である。偉ッそうなことは言えないが、それでも、それでも、
「そんなもんじゃないだろう」
と、言わずにおれないのだが、それが何かぁ?