拈華微笑とは、仏教用語で、「ねんげみしょう」と読む。
難解な言葉がなぜ飛び出しかというと、実は拙ブログで幾度か名前が登場する中北幸久画伯、このたびブログを立ち上げられた。日も浅くそれほど知れ渡っていないはずなのだが、氏には多くの女性ファンが存在するとみえ、拍手が多いのが羨ましい…。
いけない、脱線だ、話を戻そう。
青空の書は、ぼくなりにサイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」の世界と受け止めるのだが、いわゆる「心の旅」を語っておられる。
ぼくの内なる声を聴けと揺さぶってくれるばかりか、説教臭くなく、清涼感をいざなう詩的な文章が心地よい。
沈黙の影という章に、「拈華微笑(ねんげみしょう)」という言葉が現れる。
拈華微笑とは、
「言葉を使わずお互いが理解しあうこと。心から心へ伝わる微妙な境地・感覚のたとえ。 」
ぼくが言葉で語らず
「そうだろ?」
と眉を向けるだけで、あなたは頷(うなず)くまでもなく、
「うん」
とばかり微笑むシーンを思い描けばいいかな。
「以心伝心」とか「阿吽(あうん)」と同義だろう。何のわだかまりもなく、腹蔵なく理解し合えたら素晴らしいことだ。こういう人に出逢いたい。
要するに、人生とは「拈華微笑」を求める旅かもしれない。
と、こんなことを考えている折も折、伊勢から久々に
さんが授業に来てくれた。
彼女は整体師さんだが、「悩み」とか「痛み」といった人の様々な問題を解決してくれる人なのだが、ぼくをみてこう言う。
アメリカ合衆国にひとり、アラブにひとり、もうひとりはインドの方にひとり見えますよ。
実は、ぼくと同じ心を持ち、互いに分かり合える人が存在するのだという。
いわゆる彼女は視える人で、その彼女によると、ソウルメートとか、ツインメイトとかは異なる次元のものであるらしい。なぜならそれらは反作用する場合もあるから。
この世界にたった3人か、それとも、3人もなのか…。今私が求めようとするなら、向こうでも求めてくれているはず、私を…。
閃き。俄然、ぼくは勢いづく。
待ってろ、オリーブ。今行っからな
あたかもポパイのように。
シタールの音色がどこからともなく聞こえてくるようだ。VISA(査証)を取り、パスポートと携えて、出かける所存だ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます