イキイキと生きる!

縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

世の中がどんどん違って見えてくる・・・(ありのままになる 10/10)

2015-10-22 | 第七章「光と復活体」

 この一か月北陸旅行と東北旅行と自分なりに豪華に時間を過ごしたが、なんとなく、自分の新しい傾向が出てきたように思う。それは、物事を自分なりに時間と空間で認識しつつ知覚しようとすることかなと思う。

 縄文時代に今興味を持っているのだが、私はカトリック信徒であったり、生き甲斐の心理学(臨床心理系)の学徒であったり、それなりの背景を持っている。そして、遺跡に行ったりすると、お決まりの説明ではなく、自分なりの五感・体感を通じて物事を知覚し解釈する傾向がでてきたようだ。そして、自分なりの世界が開けてくる。

 本でも論文でも公的展示場でも、生育史を背負った(所属する団体の影響も)人が作ったものなので、それがそのまま真実かどうかはよくわからないものだ。それを、自分なりの経験を背景に知覚して再解釈・再構築をする。それが重要なのだと思う。

 例えば、縄文中期、5000年前の遺跡に行ったとき、私はオーストリアで奇跡的に発見されたアイスマンのことをいつも思う。アイスマンは銅製の斧を所持していたが、縄文の祖先はたぶん蛇紋岩(日本にあって硬度が高く実用的な)の斧を持っていただろう。アイスマンも弓を持っていたが、縄文の祖先は漆塗りの弓を持っていたかもしれない。ポシェットの中身は、それぞれ七つ道具が入っているようだが、縄文の祖先は何を所持していたか、ひょっとしたら妻の櫛とか・・・そして、アイスマンも縄文時代の祖先もメソポタミアの文明をどのように理解していたとか・・・

 アイスマンは、敵の追撃、生命の危機を感じ高度の高いアルプスに逃げてきたが、縄文の祖先は戦争のような争いはなかったかもしれないが天変地異、例えば火山の噴火で逃げるかもしれない・・などなど。

 縄文晩期、弥生時代に近くなるころ。ピタゴラスは完全数や三平方の定理を発明したが、日本の縄文の数学者は何を研究していたのだろう。旧約聖書のアブラハムやモーゼが登場し孔子が登場したりするとき、縄文の祖先の宗教家や哲学者は何を思索していたのだろうか。

 今日は歴史のお話しであるが、政治でもなんでも、こうしたアイデンティティの統合に向かっての自問自答はとても大事な気がする。ついでながら、ロジャースの命題19を。

個人は、自分の有機的経験をますます多く自分の自己構造へと知覚し受容するにつれて、自分が、歪曲して象徴されていた自分の内面への投影にきわめて大きく 基礎づけられた現在の価値体系を、つぎつぎと起こっている有機体的な価値づけの過程と置き換えていることに気づくのである。

*写真は、盛岡の近くの「もりのおおはし」から、足がすくみつつ撮った写真です。

ありのままになる 10/10

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