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幼い頃の、愛された記憶。父の胡坐の中で、夕食をいっしょに食べた記憶。母に背負われた(おんぶ)記憶。様々な記憶が思い出される。
こうした愛の名場面の中で、どれが重要かを時々考える。愛の原型ということである。三年前、二年前、一年前と微妙に変化してきているように思う。過去のことでも、今の自分が変わってくれば、過去の解釈も変わってくる。
今の私は、7歳の時のアラスカ、シトカのひとつの記憶にこだわっている。
シトカにはパルプ工場の建設で、日本からも2-3の家族がこの町に住んでいたが、私が英語が全く分からないこと。また人種的な問題もあったかもしれないが、ネイティブ(クリンギット族)の子弟が多く通う小さな小学校にはじめは転入した。
担任の女性の先生もネイティブのようであった。そこで、全く英語ができない私が、クラスに溶け込むことができたのは、その先生の愛の力だったように思う。
ところが、経緯は良く分からないが、父がその小学校より、近くの白人も沢山通っている小学校のが良いということで、やっとなれたばかりであったが、また転校することになった。
それを授業中に知った、先生とクラスメートはとても淋しがり、何と私に、さまざまな色のチョークなどを詰めたプレゼントを贈ってくれた。その時の先生の淋しげな顔と、優しい顔は今でも忘れられない。
この時の断片的な記憶をもとに、前後の文脈も含め、当時の幼い私の解釈、学生時代の時の解釈、そして今の解釈と様々な機会で反芻され、その解釈にともなう感情を産んできたように思う。
どう自分が自分を解釈し、そして自分に対する基本的な感情を生みだしてくるかということがおぼろげながら見えてくる。学生時代のころの解釈はとても暗かったようだ。
今は明るく解釈しているが、明るく生き抜いていくには、明るい理性的な解釈が必要だとつくづく思う。
<光4/4>
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