投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

2010年06月12日(土)

2010年06月12日 | 映畫
●ケイン號の叛亂(THE CAINE MUTINY)/1954、米/エドワード・ドミトリク監督/ハンフリー・ボガート、ヴァン・ジョンソン、フレッド・マクマレイ、ホセ・ファーラー、ロバート・フランシス
◎NHKBSの錄畫。大學を卒業し新任士官として驅逐艦ケイン號に著任したキース少尉が見たのは、乘組員たちの緩み切つた規律とそのことに何の對策も講じない悟り顏のデヴリース艦長の姿だつた。しばらくしてデヴリースが去り新しくクイーグ艦長が著任する。艦に乘り込む早早に水兵たちの規律を正すやうに命令を下すクイーグのきびきびした態度を見てキースは期待を持つが、やがてその期待は完全に打ち碎かれていく。掃海訓練中に他のことに氣を取られて命令を出し忘れ曳航索を自艦の舳先で斷ち切つてしまひ、さらにはその責任を乘組員になすり付けて自分は知らぬ顏。上陸舟艇の先導として作戰に參加したときには、「敵方」の砲擊に怯えて目標點より前方で旋廻し多くの舟艇を危險な狀態のまま置き去りにして逃げ出してしまふ。食事のデザートに出た冷凍苺を誰かが盗み喰ひしたと疑ひ眞夜中に大騷ぎを始め、艦長みづからが犯人探しに乘り出す始末。艦内で小説を書いてゐて皆からインテリとして一目置かれてゐるキーファー大尉がまづ疑念を持ち出し、やがて副官のマリク大尉も同意して士官揃つて將軍への直訴を試みるが、キーファーが怖氣づいて取り止めに。さうかうするうちに艦が作戰航海中に颱風に卷き込まれて今にも沈沒するかといふ危機に見舞はれる。その危機に際してのクイーグの無能ぶりを見てマリクは到頭決意を固め、艦長の權限を取りあげ自分が指揮して颱風を乘り切る。歸港後その件で軍事法廷が開かれることとなり、面子から艦長の缺格を認めない軍當局の追及にマリクの立場は危ふくなるが、辯護人を引き受けてくれたグリンウォルド中尉の巧みな辯論で窮地を脱する。小説家キーファーの醜い裏切りや、最後に證言臺に立つたクイーグ艦長の哀れな姿が印象に殘る戰爭映畫の名作。ハンフリー・ボガートはあまり好きにはなれない俳優ながら、かういふ役はよく似合ふ。この映畫は本來副官役が主役であるべきはずの内容なのに、これほど無樣な艦長役のハンフリー・ボガートが主役の立場を維持出來てゐるのが凄い。アメリカ海軍の艦長がみんなこんな風なら日本も戰爭に勝てたのだが、殘念なことに實際にはもう少し有能だつたやうだ。ただしこの作品、艦内でのやり取りや軍事法廷の場面などはよく出來てゐるのに全體の構成としては相當に甘い。キース少尉にはメイといふ戀人がゐるのだが、冒頭の別れや休暇中の逢引きの場面など何のためにあるのか理解できない。そこへ中途半端に母親が絡んでくるからさらに奇妙なことになる。戰爭映畫でむさ苦しい男どもばかりでは觀客受けしないから若い女のひとりでも畫面に出しておかうといふ配慮かも知れないが、結果として作品の緊迫感を大きく損なつてゐる。古い映畫だから仕方ないとはいへ、この藝名と役名が同じメイといふ女性がゐなければもつと印象の鮮明な作品になつてゐたと思ふ。