古代日本国成立の物語

素人なりの楽しみ方、自由な発想、妄想で古代史を考えています。

◆倭人伝における狗奴国の位置

2016年08月30日 | 古代日本国成立の物語(第一部)
 これまで書いてきた通り、狗奴国は九州中南部一帯に展開するほどの広大な国土をもち、先端技術を駆使して倭国と互角かそれ以上に戦えるだけの国力ある国であると考えるが、その狗奴国の位置について倭人伝には「此女王境界所盡、其南有狗奴國(此れ女王の境界の尽くる所なり、その南に狗奴国あり)」と記載されるのみである。この記述は狗奴国が九州中南部にあることと矛盾しないのであろうか。
 この倭人伝の記述は「女王国境界」ではなく「女王境界」となっているが、倭人伝では「女王」という表現と「女王国」という表現が使い分けられている。「女王国」については「自郡至女王国萬二千余里」や「自女王国以北」にあるように、女王国=邪馬台国と解するのが妥当と思われるが、「女王」については「倭女王(倭の女王)」というように卑弥呼そのものを指す場合のほか、先の「女王境界(女王の境界)」や「不属女王(女王に属さず)」のような場合は、邪馬台国そのものを指すのではなく、女王国である邪馬台国を盟主とする女王国連合、すなわち倭国の代名詞として使用したと考えることができるのではないか。そうすると「女王国連合の境界の南に狗奴国がある」と解することができる。
 
 邪馬台国がどこにあるかにかかわらず北九州にある末盧国、伊都国、奴国、不弥国などは邪馬台国の女王が統治する女王国連合に属しており、狗奴国がこれらの国々から見て「南」を30~90度ずらした方角、すなわち南南東から東の範囲に収まっていることが確認できれば倭人伝の記述と実際の狗奴国の位置に矛盾がないことになる。
 方角についてはどこ(起点)からどこ(終点)を見るかによって変わるものであるが、ここでは北九州女王国連合の中心地と考えられる伊都国を起点とし、もう一方は狗奴国の最終目的地であった阿蘇周辺、ここでは仮に阿蘇山そのものを終点としてみる。すると次の図のような位置関係となり、狗奴国は女王国連合からみて南東の方角にあたる。仮に起点や終点を変えてみたとしても大まかな位置関係は南から東北東くらいの間に収まってくる。つまり、倭人伝の記述は狗奴国の位置を正しく表していると言ってよいだろう。
 
 
 (筆者作成)



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