ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

スペイン人を批判するヤニック・ノアを非難するマリーヌ・ルペン。

2011-11-23 21:04:44 | スポーツ
ヤニック・ノア。ご存知の方も多いかと思いますが、まずは、ご紹介から。

ヤニック・ノア(Yannick Noah)
 テニス・プレーヤー、歌手。1960年5月18日、ベルギーと国境を接するアルデンヌ(Ardennes)県のスダン(Sedan)市生まれ。父はカメルーン出身のプロ・サッカー選手で1961年にフランス杯で優勝したスダン・チームの一員。母はアルデンヌ出身の教師。
 テニス・プレーヤーとして、全仏オープン(Roland-Garros)を1983年にシングルスで、1984年に男子ダブルスで制覇。1986年にはATPランキングで男子シングルス3位にランクされ、今日でもフランス人プレーヤーの最高位。また、デビス・カップにフランス・チームのキャプテンとして出場し、1991年と1996年に優勝。2005年に、テニスの殿堂(International Tennis Hall of Fame)入りを果たす。
 1991年から歌手としての活動を始め、2002年からは歌手活動に専念。今までに8枚のアルバムを発表し、いずれも大ヒット。2010年9月25日にフランス競技場(Stade de France)で行ったコンサートには、8万人ものファンが押しかけた。
 最初の結婚相手は、1978年のミス・スウェーデンで、二人の間にできた息子はプロ・バスケットボールの選手で、シカゴ・ブルズ所属。二度目の相手はモデル。現在のパートナーは、シルビー・バルタンやバルバラなどのプロデュースを手掛けたジャン=クロード・カミュの娘、イザベル・カミュ。
 政治的には、反UMP(国民運動連合)で、2007年の大統領選挙では、社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル(Ségolène Royal)を支持。

このヤニック・ノアが『ル・モンド』に寄稿した文章がちょっとした物議を醸しています。そこでヤニック・ノアはスペインのスポーツ界を批判しています。

その批判紹介の前に、現在のスペイン・スポーツ界の状況を少々。

サッカー
 ナショナル・チームとしては、無敵艦隊などと言われながらも優勝に縁遠かったが、2010年のW杯南ア大会での初優勝が記憶に新しい。欧州選手権は、1964年と2008年の二度優勝。FIFAランキングでは、2011年11月時点で堂々の第1位。
 世界最高峰のリーグの一つと言われる「リーガ・エスパニョール」では、特にレアル・マドリードとFCバルセロナが強豪として知られ、UEFAチャンピオンリーグ(チャンピオンズカップを含む)でレアルは9回、バルサは4回の優勝を誇る。2010-2011年の大会を制したバルセロナは12月に開かれるトヨタカップ(FIFAクラブ・ワールドカップ)にヨーロッパ代表として出場する。

テニス
 国別対抗のデビス・カップでは、2000年、2004年、2008年、2009年と4度の優勝を誇る。
 個人プレーヤーとしては、まずは、ラファエル・ナダル。全豪1回、全仏6回、全英2回、全米1回と、2005年以降にグランド・スラムで10度の優勝。北京オリンピックでもシングルス優勝。ATPランキングでは2008年8月に1位。現在は2位。次いで、2003年に全仏を制したフアン・カルロス・フェレーロ。2003年9月にランキング1位。現在は5位。そして、同じく全仏を1998年に制したカルロス・モヤ。1999年3月にランキング1位。

自転車競技
 特筆すべきは、ツール・ド・フランス。ミゲル・インドゥラインが1991年から95年まで5連覇。2000年代になると、オスカル・ペレイロが2006年、アルベルト・コンタドールが2007年・09年・10年、カルロス・サストレが2008年とスペイン勢が5連覇。これまでのツール・ド・フランスの歴史で、スペイン人選手が13回優勝している。

これら以外の種目でも、スペイン人の活躍は増えています。1990年代から、特に2000年以降、スペイン選手が脚光を浴びることが多くなっています。どうしてなのでしょうか。

経済の発展によるスポーツ振興もあるのでしょうが、団体競技においては、郷土の代表から国の代表へと意識が変化したことが大きいのではないかと、これは個人的憶測ですが、そう思っています。昔は、例えばサッカーのように無敵艦隊などと呼ばれるほど下馬評は高いものの、いざ本番になると、あっという間に消えていました。それは、カタルーニャ、バスク、アンダルシア、マドリーなど、地域色が強いお国柄ゆえ、代表チーム内に対立が起き、チームとしてのまとまりが悪いから、とよく言われていました。それが、スペイン人選手が外国でプレーするようになると、カタルーニャでもバスクでもなく、みんなスペイン人。しかも、プレーは上手くても、どこか見下される感じがする。そうした経験から、地域対立を捨て、「スペイン」として好成績を上げようという意識になったのではないかと、独り善がりながら、考えています。

さて、そうした思い込みは置いておいて、脚光を浴びるスペイン・スポーツ界を、テニスの名プレーヤーだったヤニック・ノアが批判しています。スペイン人選手が強くなったのには、別の理由がある・・・19日の『ル・モンド』(電子版)です。

節税対策でスイスに居を移して以降、フランスの税務当局とのトラブルを抱えているヤニック・ノアだが、彼は『ル・モンド』へ寄せた文章の中で、スペイン人選手の成績に疑いの眼差しを投げかけている。「今日では、スポーツはオリンピックに出場するアステリックス(Astérix)のような状況にある。魔法の恩恵にあずかれないなら、勝つことは難しい。そうした状況において、オベリクス(Obélix)のように、スペイン人選手は鍋に落ちた、つまり幸運な奴らだという印象を持っている」と、書いているのだ。

*アステリックス:René Goscinny(作)とAlbert Uderzo(画)によるマンガ(bande dessinée:BD)シリーズ“Astérix”の主人公。1959年の第一作以降、大人気を博し、アニメ化されたり、テーマ・パークがパリ近郊に作られています。舞台は紀元前50年、古代ローマの攻撃に苦しむガリアのある村。アステリックスをはじめとする村人たちは、魔法の飲み物を飲むと超人的な力を発揮し、敵を撃退するというストーリーです。
*オベリクス:アステリックスの親友で、子どもの頃、魔法の液体の中に落ちたため、その超人的な力を常に発揮することができます。

ヤニック・ノアは、結論として次のように述べている。「偽善者ぶるのは止めよう。推定無罪は尊重されるべきではあるが、もはや誰も騙されてはいない。取るべき最上の態度は、ドーピングを認めることだ。そうすれば、誰もが魔法の液体を手にすることができるのだ。」

この意見に対し、スポーツ相のダヴィッド・ドゥイエ(David Douillet)は、ヤニック・ノアの意見は重大な過ちであり、無責任であると述べている。柔道で二度オリンピック・チャンピオンになっているダヴィッド・ドゥイエは、「私こそ、ドーピングなしで優勝できることを示す、生ける証人だ」とテレビ局・France 2の番組で語っている。

一方、スペインでは、ヤニック・ノアの意見に怒ったスペイン・オリンピック委員会委員長のアレハンドロ・ブランコ(Alejandro Blanco)が日刊スポーツ紙『マルカ』(“Marca”)の電子版で、「知らない人には、スペインにおけるスポーツ熱のすごさを理解することは難しいだろう。そのブームこそが成功のカギを握っていたのだ」と語っている。さらに、ドーピングについて、「スペインでは毎年11,200件のドーピング検査を実施している。スペインがドーピングを防いでいることを示す何よりの証拠だ」と述べている。

同じく日刊スポーツ紙“AS”は、スペインのスポーツ省にあたる“Conseil Supérieur du Sport”(CSD)の、「スペインの反ドーピング法が非常によく整備されていることは、国際的に広く知られている。スペインにおけるドーピング行為は、他の国々と大差ないものだ」という意見を紹介している。

“AS”はまた、スペイン・バスケットボール協会会長のホセ・ルイス・サエス(José Luis Saez)がヤニック・ノアを無責任で、嫉妬深い男だと見做していると、伝えている。サエスはまた、「ドーピングのような微妙な問題について語る場合、不要な疑いを撒きちらすのではなく、確かな証拠を提示することが大切だ」と述べている。

・・・ということで、かつての名プレーヤー、ヤニック・ノアは、どうも確たる証拠も提示しないまま、スペイン人選手の活躍をドーピングのお陰だと批判してしまったようです。自分のスポーツ、テニスで、そして、父親のスポーツ、サッカーで、スペイン人選手の活躍は凄まじい。しかも、スペイン人選手の独壇場のようなツール・ド・フランスでは最近、毎年のようにドーピングで失格になる選手が出ています。そこから、悔しさ紛れに、スペイン人選手をドーピングしていると揶揄してしまったのかもしれません。しかし、やはり、証拠が必要なのでしょうね。

スペイン人選手の活躍をドーピングのお陰と決めつけたヤニック・ノアへ批判の矛先を向けているのは、スペイン人だけではありません。同じフランス人からも。それも、スポーツ界からではなく、政界から。極右・国民戦線(FN)党首のマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)です。実は、同じ記事の中で、それも、冒頭で紹介されています。順番が逆になってしまいましたが、彼女の非難とは・・・

マリーヌ・ルペンはヤニック・ノアが持ち出したドーピングに関する論争について、次のような見解を述べている。「ヤニック・ノアにドーピングなどについて言及する資格はない。何しろ、フランスに住んですらいないのだから。」

・・・ということで、つまり、節税対策でスイスに住んでいるような人間に、スポーツ界の不正について語る資格はない、ということですね。ドーピングについて批判したいなら、フランスできちんと納税してからにせよ、という非難です。確かに、スポーツ選手や芸能人には、節税対策でスイスに住所を移している人もかなりいます。しかし、活動の中心はフランス。それなら、きちんと納税しろ、フランス人なのだから。という批判ですね。ヤニック・ノアについては、税務当局ともめてさえいるわけですから、スペイン人選手のルール違反を批判するなど、傍ら痛い。隗より始めよ・・・率先して、襟を正すべき人は、多くの国々、さまざまな社会にいるようです。

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