ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

サルコジ大統領のご託宣・・・メディアをジャックする!

2012-01-30 21:43:46 | 政治
信用不安に端を発する経済危機に、どう対処すべきか。野党がさまざまな提案を行っている中で、EUなど国際機関の中で一定の主導的役割は果たしてはきましたが、国内の対策については明確に述べてこなかったサルコジ大統領。ついに、国民向けに、新たな経済対策を発表しました。

その発表の仕方が、これまた、サルコジ大統領らしい。いわば、「メディア・ジャック」・・・“Media Hijack”に由来するジャパングリッシュの“Media Jack”。車両、駅、雑誌などといったビークル(vehicle:媒体)をある広告で埋め尽くしてしまうことですが、サルコジ大統領は自らの経済対策の発表を、29日午後8時10分から、多くのテレビ局、ラジオ局で同時に中継しました。どこにチャンネルを合わせても、サルコジ大統領の顔が見え、声が聞こえる・・・

放送したメディアは、放送前に公開された『ル・モンド』(電子版)の記事“Le dispositive de l’entretien télévisé de Nicolas Sarkozy”によると、地上デジタル放送を受信できる家庭では、TF1、France 2、BFM TV、iTélé、国会チャンネルの5局、ADSLやサテライトで受信している家庭ではFrance 24、TV-5 Mondeなどが加わり9局で視聴可能となったそうです。

特に、24時間情報チャンネルがこうした会見を中継できるのは初めてだそうで、BFM TVの報道局長、エルヴェ・ベルー(Hervé Béroud)は、「叙任式」(une consécration)のようだと表現しています。

さて、メディア・ジャックしてまでサルコジ大統領が国民に提示した改革案とは・・・放送終了直後に『ル・モンド』(電子版)が早速伝えています。その概略を・・・

主要な対策は、付加価値税(TVA)の標準税率を1.6ポイント引き上げること、中小企業(PME)向けの融資制度を担う投資銀行の創設、金融取引税の新設の3点だ。

●付加価値税率のアップ
現行19.6%の標準税率を21.2%へ引き上げることにより、130億ユーロ(約1兆3,000億円)の増収を図り、増収分は企業の社会保障負担の軽減に充て、競争力強化につなげる。会計処理のコンピューター・プログラム変更などを考慮し、10月1日からの導入とする。食品などへの中間税率や医薬品などへの特別軽減税率は現状を維持する。

付加価値税増税によるインフレの可能性については、「物価上昇など、すべての問題に対処する準備ができている」とサルコジ大統領は述べている。また、フランスのTVA標準税率は21.2%に上昇するものの、EU圏内では平均的な税率だと、語っている。

サルコジ大統領はかつて、増税には反対の姿勢を示していた。昨年11月には、TVA全体の税率をアップさせようという増税案に反対した。その時の理由は、増税は消費に大きな影響を与えるから、というものだった。

●住宅問題
3年以内に住宅を戸数も土地占有係数(coefficient d’occupation des sols:COS)も30%増加させる。この政策は、建設業界に多くのビジネス・チャンスを与えることになり、ひいては経済成長を後押しすることにつながる。

●雇用と労働時間
企業ごとに、労働者と交渉し、半数以上の賛同を得られれば、労働時間に関する協定を結ぶことができる。つまり、週35時間労働の終焉を迎えることになる。「競争労働協約(accords compétitivité-emploi)のお陰で、ドイツは雇用を優先する政策を実施することができている。フィヨン首相があす以降、労使双方に企業ごとの協定を結ぶよう依頼することになる」と、サルコジ大統領は述べている。

競争労働協約ができれば、経営者にとってより容易に給与と労働時間について労働側と交渉することができるようになる。しかし、実施に移すには、多くの課題がある。企業業績のよくない時期に、こうした協定を結ぶことは、2007年の大統領選でのサルコジ大統領のスローガン、“travailler plus pour gagner plus”に反することになるだろう。しかし、この政策により、社会党政権が実現した週35時間労働を転換させ、企業経営にフレキシビリティをもたらすことになると、大統領は自画自賛している。

●金融取引税
8月から実施する予定の金融取引税は、フランスで上場している企業(entrprisee cotées en France)の金融取引に0.1%を課税するものだ。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS:credit default swap)やインターネット株取引(achats spéculatifs par ordinateur)も課税対象となる。金融取引税の総額は、年間10億ユーロ(約1,000億円)と見積もられている。

この新税によって企業の海外移転が進みやしないかという疑念に対して、サルコジ大統領は、課税対象はフランスで上場している全企業であり、そうした企業がニューヨークで株の取引を行ったとしても課税されるので、この新税により海外移転が進展することはない、と説明している。

●産業投資銀行の創設
市中銀行の貸し渋り対策として、2月以降、10億ユーロの資本金で、産業銀行(une banque de l’industrie)を設立する。この銀行は、中小企業への融資を担当する国営金融機関“Oséo”の子会社として設立されるのだが、フランス経済の中核をなす中規模企業が十分な融資を受けられない現状を改善することが目的であり、「この銀行は、金融経済のためではなく、実体経済のために資金を提供するものだ」と、サルコジ大統領は述べている。

●研修生受け入れを増やすための制裁措置
サルコジ大統領は、従業員250人以上の企業が受け入れる若年研修生の割合を従業員数の5%に引き上げると発表した。25歳以下の生産年齢での失業率は20%を超えており、全世代平均の9.3%を大きく上回っている。こうした現状を改善すべく、若年研修生の受け入れ数を現行の4%から5%に引き上げるとともに、遵守しない場合の罰則を強化することにした。

現状では、社員数250名以上の企業が受け入れている研修生は1%未満で、平均1.7人に過ぎず、総数でも60万人ほどだ。それを政府は2015年までに80万人、あるいは100万人にしたいと述べている。

・・・ということで、サルコジ大統領の経済政策が発表になりました。

中に付加価値税の標準税率のアップが含まれていますが、これはあくまで標準税率であって、生きていく上に欠かせない食料品などは5.5%(今月から一部7%)、医薬品などは2.1%であり、税率が一つしかない日本の消費税とは仕組みが異なっています。標準税率だけを紹介して、だから日本の消費税は低い、欧米並みに上げるべきだという意見をときどき耳にしますが、実体はそう簡単に比較できるものではありません。すべての商品カテゴリーをどのように異なる税率に分類するのか、という面倒な作業を日本の政治・行政、あるいは企業は行いたくないようで、一律の消費税になっています。そうした違いを認識した上での議論が必要だと思います。知っていても都合の悪い情報を隠して論じる評論家も多いようですが、騙されないようにしないと・・・

また、サルコジ大統領の声明の中に、金融経済ではなく、実体経済の支援を、という言葉がありました。姜尚中氏は、「虚の経済」から「実の経済」へ、という表現をしています。そろそろマネーゲームから、モノづくりへ、という機運が高まって来ているのではないでしょうか。シティとウォール街に牛耳られる世界から、額に汗して人々の暮らしに役立つモノを作りだす、そうしたことが正しく評価される世の中に代わって行ってほしいものだと思います。

『曽根崎心中』などでお馴染みの浄瑠璃作者、近松門左衛門は、芸の面白さは虚と実との皮膜にあるという「虚実皮膜論」を唱えたと言われていますが、経済も虚と実の両輪が必要なのではないでしょうか。虚の経済だけが大手を振って、わがもの顔で歩き回るさまは、「ひとつの妖怪が世界を徘徊している―拝金主義の妖怪が」となるのではないかと思えてしまいます。

モノづくりの時代への回帰・・・日本の復興を後押ししてくれるかもしれません。そのためにも、まずは、「モノづくりの現場」を修復・再興することが急がれのではないでしょうか。