南砺市議会の自民系議員会派の構成は、当初の田中支援派と清都支援派分裂のシナリオから一転し、共産党の1議席誕生で分裂回避の方向へ向かいました。
「北日本新聞」(11月20付)は、
「組織議会を前に、各地域の自民系市議が対応を協議。『市長選と会派構成は別問題』『田中新市長の政治スタンスを見極めたい』などの意見が多かったほか」、
「今回の改選で同市議会で初めて共産公認の市議が誕生したことへの警戒感が強まったこともあり、自民党会派一本化の流れができ上がった」と書きました。
党は、前回4年前の市議選で、旧福野・城端・井波の3選挙区で候補者をたてて戦いましたが、すべてで落選。今回は、城端選挙区(定数5)で中島満元町議が、井波選挙区(定数5)で大浦進支部長が立候補しました。私も、選挙体制にどっぷりとつかっていましたが、党は市長候補を出したわけではなかったので、もっぱらの関心は、市議会議員選挙であったことは当然です。
そして、中島氏が見事4位で当選し、念願の共産党空白議会を克服したのです。大方の見方では、定数5で共産党が勝ち上がるのは難しいだろうという予測だったので(私は勝てると思っていましたが)、自民系の陣営は、「共産党1議席確保」は予想外だったことでしょう。
共産党が居なかった議会で、いかに情けないことになっていたのか、ということを示す場面が早速訪れました。
新しい議会が構成されて、まず最初に誰を議長にするか、議員がどの委員会などへ所属するのかといった役員を決める組織議会にむけて懇談が行われたそうです。市民に選ばれた議員が、議会内の役職にどう配置するのかを決める、きわめて重要な公の場。
たとえば、日韓友好議員連盟とか、拉致議連なども決めているようです。
その中に、なんと!驚くべきことに「民友会」(綿貫民輔氏の後援会)の会長・幹事長など5名の役員を選出することも議題になっていたというのです。
中島氏は、「綿貫氏を支持する自民クラブの皆さんが、内部でお決めになる分には何も言わないが、こんな議会の場で民友会役員を決めるというのは、見当違いだ」、と早速指摘しました。当たり前のことですが、これまで慣例だったからという。言われなければわからない、感覚の麻痺というべき実態です。
また、12月議会の代表質問・一般質問にむけて、議員は市当局に対して質問原稿そのものを出すことになっていたことが明るみになりました。
市当局が、議員の質問に対して正確かつスムーズに答弁するためには、議員がどのような趣旨で質(だだ)してくるのかを事前に知っておく作業が必要です。だからといって、議員が質問原稿一字一句すべてを事前に当局へ提出させられるというのはあまりにもひどすぎではないか。議会としてはナメられているとしか言いようがありません。4年間、問題にならなかったという事が、驚きです。
中島氏は、「質問すべてを事前に出せというなら、答弁だってすべてこちらに事前に提出してほしい」と皮肉たっぷりに指摘をしたそうです。この一言で、12月市議会日程表からは「原稿提出」の文字が削除されたということです。とはいえ、自民クラブでは、これまで同様、事前原稿提出を止めていないとのことですが。情けない話です。
南砺市議会だよりの市民の傍聴記には、次のような一文が・・・。
「各議員、行政からのからの質疑・応答等、厳粛で緊張する中聞いておりましたが、合併当初の時よりも議員さん達も慣れたのか(失礼)とても流暢に論じられ、その答弁も川の流れのように?返ってくるのも想像していたとおりでした。」
「生きた議会、もっと我々が言ってほしい事、もっと差し迫った問題やとても憂慮すべき問題があるということ、それらを代弁するのが代表である議員の責務であり、・・・」
「準備された質疑応答一往復の議会等傍聴していてもつまらないという事ではないでしょうか。」
市民はよく見ぬいていますね。これじゃあ、議会に緊張感もなくなるでしょう。
そんな議会改革が、共産党の議席回復によってわずか1ヶ月もたたない間に実際に進みはじめているのは、南砺市にとって救いだと思います。