とあるアパート。
カンカンカンカン。
ツトツクツトツク。
ドアの前に立った女性が一人。
ガッ...鍵穴を外した模様。
お前まで逆らうか!
...と言ってみてもますますいらいらするだけで。
月も高いこんな時間にドアを蹴る勇気もなく。
ぐりぐり回しながらなんとか鍵穴を見つける。
一度右に回し...回そうとして間違ったことにまたいらつく。
黙って左に回す。
今にも誰かを殴り倒しそうな勢いで。
がちゃ。
いつもの間の抜けた音。
どんなにやさしく回しても、どんなに乱暴に回しても音は一緒だ。
まるで、お前の力などその程度だ。と言わんばかり。
ガッと鍵を抜き乱暴に玄関の小さな靴箱の上にふん投げる。
翌朝鍵を探し回る羽目になるとも知らずに。
ふんふんっとパンプスのかかとを外し、馬が後ろ足で蹴り上げるかのように、はず...
れない。足がパンパン。
いらいらしつつ手でもぎ取る。
真っ暗な部屋。
電気をつける。
さすがにこれは失敗しない。
どんなに元気な時でも、どんなにいらついている時でも、電気のスイッチは同じ位置にある。
バックをどさっ。
束ねた髪をばさっ。
上着だけ脱いでソファーにどてっ。
いつもは意味もなくつけるテレビも無視。(リモコンが見あたらない。)
天井が見える。
白い天井。
タバコは吸わないので、壁紙の白が色を見せない。
ぼーっとしてると若干回る。天井が。
...死にたい。
もう、死にたい。
不思議と感情は動かない。もちろん涙も出ない。
けれども。
死にたい。
耳に残る流行り歌のサビのように、ぐるぐる回る。
感情は動いていない。
それでも、一筋の涙が、目からあふれる。
髪に吸い込まれる。
冷たい。
どさ。
何かが落ちる音がした。
気にしない。
どさ。なら何も壊れていない。
がさ。なら...コックローチ探すところだが。
何かが動く気配。を感じた。(さすがに首をそちらに向ける。かなりめんどくさそうに。)
テレビと自分の間にあるガラスのテーブルにはい上がる茶色の物体。
のこのこと、なんとか上がって、両足ちと開いて腰に手を当て、えっへん。
とする。くま。のぬいぐるみ。
...。
寝たまま向けた首をまた天井に戻す。
...立場のないくま。
おお、おい、おい、くまだぞくま。
とぬいぐるみの雰囲気を壊さない声でいう。かなり心外だ。
...。(無視。)
がおー。
ひらがなで吠えてみる。
どうせそういう設定なんでしょ?
今はそういう気分じゃないの。(自分の声に涙が混じっているのに気づくが、敢えて無視。)
...ますます立場のないくま。超常現象を無視かい。
せ、設定って...(泣きそうだ。)
夢でしょ。これ。
あ?(気に入らないくま。)
ま、まあ、夢がいいんならそうしておく。(がんばって気を取り直したくま。)
で、グルームちゃんが何の用?(どうでもいい声だ。)
ん?
用があるから出てきたんでしょ。ここ(夢)に。
お、おう、そ、そうだ。
まあ、なんだ。そんな簡単に死にたいなんて言うな。
いきなり深心に触れる、女心の分からないくま。(まあ、所詮くまだ。)
言ってないわよ。そんなこと。(本当のことだ。声には乗せてない。)
ふふーん。(ちとえらそう)、何年連れ合ってると思ってんだい。
こーんな小さい(ざっと30cmか)頃から見てる、おいらに聞こえないとでも思ったかい?
そう。3才の誕生日にもらった(らしい)ぬいぐるみ。
一緒に寝始めてから、かれこれもう20年になる。
さすがに今は飾り物だが、捨てられない。
実家に置いてくることすら、ためらわれた。
側にはいても、いつもは存在を意識することはない。そんなくま。
...だったら何よ。
何が分かるって言うのよ、!
がばっと起きてくまを見据える。
くまは怯(ひる)まない。
プラスチックの黒い目が見上げる。そして言葉を発す。
はん、ちょっと仕事がうまくいかないくらいで、一人男をとりのがしたくらいで、
知った風にかぶりを振りながら。
頭(と顔)が真っ赤な歩美がくまの頭を、がしっとつかまえ...ようとしたが、よけられた。
まるでそれを予期していたかのような、瞬発的な動きで平手で思いっきりたたく。いや投げる。
台所の方へすっ飛んでいく。
どん、どて。
遠くでこけた音が聞こえた。
くまは何事もなかったかのように戻ってくる。
のこのこと。しかしすばやく。
お、意外と元気じゃないか。(負け惜しみっぽい。)
あんたに何が分かるのよ、!
立ち上がって怒鳴る。(もうよその家の迷惑なんて気にならないらしい。)
くまも怯まない。(というか、全然相手にしていないように見える。)
さすがにテーブルに登るのはあきらめたらしい。その場で言う。
そりゃー分かるさ。
顔に書いてある。
うぐっ。
くまが表情読むなんてバカな話だが、真実には逆らえない。
恐らく顔に書いてある。それほどひどい顔をしているはずだ。見ずとも分かる。
まあ、なんだ、あー、
ああ、そう、随分いい女になったじゃないか、お前も。
くまに言われたくない。
しかし20年一緒にいたという事実が多少なりとも言葉に意味を持たせる。
そして、急に恥ずかしくなり、バッと腰を引き、両肩を抱く。胸を隠すように。
どうもこのくまは男の子らしい。
しかし。今度は見上げるくまに、羞恥心を「見せたこと」が、恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。
くまは気にしない。(というか意味が分からないといった風。)
しかし、なんかやな間だ。
その間を取り繕うように言う。
まあ、でも胸だけは薄...
皆まで言う前に土手っ腹を蹴り上げられる。
どかっ。
台所へのドアの脇の壁に直撃。
これがマンガだったら2秒くらいは壁に張り付いているところだが、そうもいかずにさっさと落ちる。
くまはへこたれない。(しかしこれはちと効いたよう。)
両手でなんとか体を起こし、同じ場所へのこのこやってくる。
ちょうど蹴りやすい場所だ。
少しはすっきりしたかい?
さすがにもう蹴れない。その健気な姿を見てしまっては。
しかし、意味が分からない。すっきり?
...思い出す。
くまに言われたこと。
できれば向き合いたくなかったこと。
そりゃー、世の中うまくいかないこともあるさ。(いつのまにかテーブルの上に上がってる。)
けれども、そんなことくらいで死にたいなんて言うなよ。な?
そんなこと?
不思議と熱い気持ちはもう出てこない。
くまを蹴り上げたいとは思わない。
けれども、その言葉は受け入れられない。
くまに向き合うようにソファーに座る。
そしてちょっと身を乗り出して、くまに言う。
あなたはいいわよ、こんなつらい思いすることないだから。
そうよ、あなたに何が分かるって言うのよ!
小さく声を荒げる。
そしてすねたようにプイッと横を向く。
向いた先にはカレンダー。
クリスマスを過ごす楽しげなカップルの図。
今年も終わりだ。もう、自分も終わりたい。
こんな思いはもうたくさんだ。
何をやってもうまくいかない。
すべてが裏目に出ている感じだ。
自分の能力のなさも嫌というほどあじあわされた。
そして女としての自分も。
全てが否定された。
そんな思いがぐるぐるまわる。
そして。
何が分かるって言うのよ!(声が涙だ。)
もう一度言う。(本人は二度も言ったとは思っていない。)
くまはだまって見つめてる。
わからんね。
意外なことを言う。
死にたいなんていうやつの気持ちなんて。
...さっきと言ってることが違う。が、そんなことは誰も覚えてない。
今に始まったことではないだろ。
どじなのも、薄いのも。(薄いはよけいだ。)
それでも立派に生きてきたじゃないか。
こんなにいい女になったじゃないか。
もうひと言いいたいが、所詮はくまだ。言葉が続かない。
歩美はだまって見つめてる。涙を拭くこともなく。
そう、がんばってきた。
いっぱいいっぱいがんばってきた。
でもね、結局無駄だった。
涙を隠すように天井を向く。
もういいの。
こんな思いをするのはもういいの。
で、逃げ出すのか?
挑発したつもり。けれども。
返ってきた答えは。うん。
許してくれるわよ。みんな、きっと。
がんばってきたんだもん。
もう、いいわよね。
ね。
くまをみる。
くまは言葉を探してる。
歩美は、くまの両脇に手を入れ抱き寄せる。
キュッと。
いや、ギュッと。
どのくらい時間が経ったか。
力が緩む。
くまが見上げる。
もう涙はない。
あるのは化粧の落ちたひどい顔だけだ。
決してすっきりした顔ではない。
死にたくないと顔に書いてある。
かといって、それをやめたわけでもない。
どうしていいかわからないようだ。
そんなに自分を殺したいなら、まずはおいらを殺しな。
やさしく言葉をかける。
え?
言っている意味に気づくのに少し時間がかかった。
なんで?
くまは、両手から抜け出して横に座る。
おいらはお前のためにある。
一緒にいたいと言うから、いてあげてるんだ。
20年も。(ちょっと不満げだ。)
おいらはお前自身でもある。
だから、まず、おいらを殺してみろ。
それができないようで、自分を殺せはしない。
横に座るくまを見下ろす。
いつもより小さく見える。
これが今の自分の姿...か。
...できないよ。
グルームを殺すなんてできないよ。
くまを手に取り、じっとみつめる。
プラスチックの目がきらんと光る。
うぅ。
感情が止まらない。
一人では声を出してなんて泣けない。
けれども、今は。
ギュッと(くまの言うところの薄い)胸に抱いて。
ひとしきり、思いを出したところで、ふと力が抜ける。
どてっとソファーに横になる。
くまの頭を愛しげに撫でながら。
---
ん、んー...
ん?
あ、朝...
カーテンも閉めずに寝ていたらしい。
朝日が眩しい。
目覚ましは鳴らない。セットしてないので当然だ。
くまは胸の中。
何年ぶりだろう。
グルーム抱いて寝たの。
夢?
じゃあなぜグルームがここに?
真実はわからない。
けれども、分かったことが一つ。
グルームは男の子だ。
昔からそうだとは思っていたが、今日はっきりした。
そして、もう一人の自分。
この姿を見ていると、この子の前でしたこと、いろんなことが思い出される。
中学生まではいろんなことをくまに愚痴ってた。誰にも言えないことを。
そのグルームが自分を殺してはいけないと言っている。
たぶん、それは自分の言葉だ。
深なる心が叫んだ言葉。
ふぅ。
そうね、どじなのも胸が...のも今に始まったことではない。
だいたい、あんな男こっちから願い下げ!
カレンダーを見る。幸せ気な男の子と女の子。
心がちくりとするが。絵の中の女の子にひと言。
がんばってね。
そして、腕の中のくまにも。
ありがとう。
ふと、時計を見る。...あー、もうこんな時間。
女の朝は忙しいのです。
しかも化粧したまま寝たもんだからもう...
どたばたはいつものこと。
心に新たな朝光を得た歩美にはそれすら楽しい。
そんな姿を見て安心して眠りにつく、くま。
いつの間にか、いつもの定位置(どうやって登ったんだ?)戻ってね。
カンカンカンカン。
ツトツクツトツク。
ドアの前に立った女性が一人。
ガッ...鍵穴を外した模様。
お前まで逆らうか!
...と言ってみてもますますいらいらするだけで。
月も高いこんな時間にドアを蹴る勇気もなく。
ぐりぐり回しながらなんとか鍵穴を見つける。
一度右に回し...回そうとして間違ったことにまたいらつく。
黙って左に回す。
今にも誰かを殴り倒しそうな勢いで。
がちゃ。
いつもの間の抜けた音。
どんなにやさしく回しても、どんなに乱暴に回しても音は一緒だ。
まるで、お前の力などその程度だ。と言わんばかり。
ガッと鍵を抜き乱暴に玄関の小さな靴箱の上にふん投げる。
翌朝鍵を探し回る羽目になるとも知らずに。
ふんふんっとパンプスのかかとを外し、馬が後ろ足で蹴り上げるかのように、はず...
れない。足がパンパン。
いらいらしつつ手でもぎ取る。
真っ暗な部屋。
電気をつける。
さすがにこれは失敗しない。
どんなに元気な時でも、どんなにいらついている時でも、電気のスイッチは同じ位置にある。
バックをどさっ。
束ねた髪をばさっ。
上着だけ脱いでソファーにどてっ。
いつもは意味もなくつけるテレビも無視。(リモコンが見あたらない。)
天井が見える。
白い天井。
タバコは吸わないので、壁紙の白が色を見せない。
ぼーっとしてると若干回る。天井が。
...死にたい。
もう、死にたい。
不思議と感情は動かない。もちろん涙も出ない。
けれども。
死にたい。
耳に残る流行り歌のサビのように、ぐるぐる回る。
感情は動いていない。
それでも、一筋の涙が、目からあふれる。
髪に吸い込まれる。
冷たい。
どさ。
何かが落ちる音がした。
気にしない。
どさ。なら何も壊れていない。
がさ。なら...コックローチ探すところだが。
何かが動く気配。を感じた。(さすがに首をそちらに向ける。かなりめんどくさそうに。)
テレビと自分の間にあるガラスのテーブルにはい上がる茶色の物体。
のこのこと、なんとか上がって、両足ちと開いて腰に手を当て、えっへん。
とする。くま。のぬいぐるみ。
...。
寝たまま向けた首をまた天井に戻す。
...立場のないくま。
おお、おい、おい、くまだぞくま。
とぬいぐるみの雰囲気を壊さない声でいう。かなり心外だ。
...。(無視。)
がおー。
ひらがなで吠えてみる。
どうせそういう設定なんでしょ?
今はそういう気分じゃないの。(自分の声に涙が混じっているのに気づくが、敢えて無視。)
...ますます立場のないくま。超常現象を無視かい。
せ、設定って...(泣きそうだ。)
夢でしょ。これ。
あ?(気に入らないくま。)
ま、まあ、夢がいいんならそうしておく。(がんばって気を取り直したくま。)
で、グルームちゃんが何の用?(どうでもいい声だ。)
ん?
用があるから出てきたんでしょ。ここ(夢)に。
お、おう、そ、そうだ。
まあ、なんだ。そんな簡単に死にたいなんて言うな。
いきなり深心に触れる、女心の分からないくま。(まあ、所詮くまだ。)
言ってないわよ。そんなこと。(本当のことだ。声には乗せてない。)
ふふーん。(ちとえらそう)、何年連れ合ってると思ってんだい。
こーんな小さい(ざっと30cmか)頃から見てる、おいらに聞こえないとでも思ったかい?
そう。3才の誕生日にもらった(らしい)ぬいぐるみ。
一緒に寝始めてから、かれこれもう20年になる。
さすがに今は飾り物だが、捨てられない。
実家に置いてくることすら、ためらわれた。
側にはいても、いつもは存在を意識することはない。そんなくま。
...だったら何よ。
何が分かるって言うのよ、!
がばっと起きてくまを見据える。
くまは怯(ひる)まない。
プラスチックの黒い目が見上げる。そして言葉を発す。
はん、ちょっと仕事がうまくいかないくらいで、一人男をとりのがしたくらいで、
知った風にかぶりを振りながら。
頭(と顔)が真っ赤な歩美がくまの頭を、がしっとつかまえ...ようとしたが、よけられた。
まるでそれを予期していたかのような、瞬発的な動きで平手で思いっきりたたく。いや投げる。
台所の方へすっ飛んでいく。
どん、どて。
遠くでこけた音が聞こえた。
くまは何事もなかったかのように戻ってくる。
のこのこと。しかしすばやく。
お、意外と元気じゃないか。(負け惜しみっぽい。)
あんたに何が分かるのよ、!
立ち上がって怒鳴る。(もうよその家の迷惑なんて気にならないらしい。)
くまも怯まない。(というか、全然相手にしていないように見える。)
さすがにテーブルに登るのはあきらめたらしい。その場で言う。
そりゃー分かるさ。
顔に書いてある。
うぐっ。
くまが表情読むなんてバカな話だが、真実には逆らえない。
恐らく顔に書いてある。それほどひどい顔をしているはずだ。見ずとも分かる。
まあ、なんだ、あー、
ああ、そう、随分いい女になったじゃないか、お前も。
くまに言われたくない。
しかし20年一緒にいたという事実が多少なりとも言葉に意味を持たせる。
そして、急に恥ずかしくなり、バッと腰を引き、両肩を抱く。胸を隠すように。
どうもこのくまは男の子らしい。
しかし。今度は見上げるくまに、羞恥心を「見せたこと」が、恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。
くまは気にしない。(というか意味が分からないといった風。)
しかし、なんかやな間だ。
その間を取り繕うように言う。
まあ、でも胸だけは薄...
皆まで言う前に土手っ腹を蹴り上げられる。
どかっ。
台所へのドアの脇の壁に直撃。
これがマンガだったら2秒くらいは壁に張り付いているところだが、そうもいかずにさっさと落ちる。
くまはへこたれない。(しかしこれはちと効いたよう。)
両手でなんとか体を起こし、同じ場所へのこのこやってくる。
ちょうど蹴りやすい場所だ。
少しはすっきりしたかい?
さすがにもう蹴れない。その健気な姿を見てしまっては。
しかし、意味が分からない。すっきり?
...思い出す。
くまに言われたこと。
できれば向き合いたくなかったこと。
そりゃー、世の中うまくいかないこともあるさ。(いつのまにかテーブルの上に上がってる。)
けれども、そんなことくらいで死にたいなんて言うなよ。な?
そんなこと?
不思議と熱い気持ちはもう出てこない。
くまを蹴り上げたいとは思わない。
けれども、その言葉は受け入れられない。
くまに向き合うようにソファーに座る。
そしてちょっと身を乗り出して、くまに言う。
あなたはいいわよ、こんなつらい思いすることないだから。
そうよ、あなたに何が分かるって言うのよ!
小さく声を荒げる。
そしてすねたようにプイッと横を向く。
向いた先にはカレンダー。
クリスマスを過ごす楽しげなカップルの図。
今年も終わりだ。もう、自分も終わりたい。
こんな思いはもうたくさんだ。
何をやってもうまくいかない。
すべてが裏目に出ている感じだ。
自分の能力のなさも嫌というほどあじあわされた。
そして女としての自分も。
全てが否定された。
そんな思いがぐるぐるまわる。
そして。
何が分かるって言うのよ!(声が涙だ。)
もう一度言う。(本人は二度も言ったとは思っていない。)
くまはだまって見つめてる。
わからんね。
意外なことを言う。
死にたいなんていうやつの気持ちなんて。
...さっきと言ってることが違う。が、そんなことは誰も覚えてない。
今に始まったことではないだろ。
どじなのも、薄いのも。(薄いはよけいだ。)
それでも立派に生きてきたじゃないか。
こんなにいい女になったじゃないか。
もうひと言いいたいが、所詮はくまだ。言葉が続かない。
歩美はだまって見つめてる。涙を拭くこともなく。
そう、がんばってきた。
いっぱいいっぱいがんばってきた。
でもね、結局無駄だった。
涙を隠すように天井を向く。
もういいの。
こんな思いをするのはもういいの。
で、逃げ出すのか?
挑発したつもり。けれども。
返ってきた答えは。うん。
許してくれるわよ。みんな、きっと。
がんばってきたんだもん。
もう、いいわよね。
ね。
くまをみる。
くまは言葉を探してる。
歩美は、くまの両脇に手を入れ抱き寄せる。
キュッと。
いや、ギュッと。
どのくらい時間が経ったか。
力が緩む。
くまが見上げる。
もう涙はない。
あるのは化粧の落ちたひどい顔だけだ。
決してすっきりした顔ではない。
死にたくないと顔に書いてある。
かといって、それをやめたわけでもない。
どうしていいかわからないようだ。
そんなに自分を殺したいなら、まずはおいらを殺しな。
やさしく言葉をかける。
え?
言っている意味に気づくのに少し時間がかかった。
なんで?
くまは、両手から抜け出して横に座る。
おいらはお前のためにある。
一緒にいたいと言うから、いてあげてるんだ。
20年も。(ちょっと不満げだ。)
おいらはお前自身でもある。
だから、まず、おいらを殺してみろ。
それができないようで、自分を殺せはしない。
横に座るくまを見下ろす。
いつもより小さく見える。
これが今の自分の姿...か。
...できないよ。
グルームを殺すなんてできないよ。
くまを手に取り、じっとみつめる。
プラスチックの目がきらんと光る。
うぅ。
感情が止まらない。
一人では声を出してなんて泣けない。
けれども、今は。
ギュッと(くまの言うところの薄い)胸に抱いて。
ひとしきり、思いを出したところで、ふと力が抜ける。
どてっとソファーに横になる。
くまの頭を愛しげに撫でながら。
---
ん、んー...
ん?
あ、朝...
カーテンも閉めずに寝ていたらしい。
朝日が眩しい。
目覚ましは鳴らない。セットしてないので当然だ。
くまは胸の中。
何年ぶりだろう。
グルーム抱いて寝たの。
夢?
じゃあなぜグルームがここに?
真実はわからない。
けれども、分かったことが一つ。
グルームは男の子だ。
昔からそうだとは思っていたが、今日はっきりした。
そして、もう一人の自分。
この姿を見ていると、この子の前でしたこと、いろんなことが思い出される。
中学生まではいろんなことをくまに愚痴ってた。誰にも言えないことを。
そのグルームが自分を殺してはいけないと言っている。
たぶん、それは自分の言葉だ。
深なる心が叫んだ言葉。
ふぅ。
そうね、どじなのも胸が...のも今に始まったことではない。
だいたい、あんな男こっちから願い下げ!
カレンダーを見る。幸せ気な男の子と女の子。
心がちくりとするが。絵の中の女の子にひと言。
がんばってね。
そして、腕の中のくまにも。
ありがとう。
ふと、時計を見る。...あー、もうこんな時間。
女の朝は忙しいのです。
しかも化粧したまま寝たもんだからもう...
どたばたはいつものこと。
心に新たな朝光を得た歩美にはそれすら楽しい。
そんな姿を見て安心して眠りにつく、くま。
いつの間にか、いつもの定位置(どうやって登ったんだ?)戻ってね。
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