1gの勇気

奥手な人の思考と試行

グルームの朝

2005-11-20 22:43:16 | 1gのおときばなし
とあるアパート。
カンカンカンカン。
ツトツクツトツク。

ドアの前に立った女性が一人。
ガッ...鍵穴を外した模様。
お前まで逆らうか!

...と言ってみてもますますいらいらするだけで。
月も高いこんな時間にドアを蹴る勇気もなく。
ぐりぐり回しながらなんとか鍵穴を見つける。

一度右に回し...回そうとして間違ったことにまたいらつく。
黙って左に回す。
今にも誰かを殴り倒しそうな勢いで。

がちゃ。
いつもの間の抜けた音。
どんなにやさしく回しても、どんなに乱暴に回しても音は一緒だ。

まるで、お前の力などその程度だ。と言わんばかり。
ガッと鍵を抜き乱暴に玄関の小さな靴箱の上にふん投げる。
翌朝鍵を探し回る羽目になるとも知らずに。

ふんふんっとパンプスのかかとを外し、馬が後ろ足で蹴り上げるかのように、はず...
れない。足がパンパン。
いらいらしつつ手でもぎ取る。

真っ暗な部屋。
電気をつける。
さすがにこれは失敗しない。

どんなに元気な時でも、どんなにいらついている時でも、電気のスイッチは同じ位置にある。
バックをどさっ。
束ねた髪をばさっ。

上着だけ脱いでソファーにどてっ。
いつもは意味もなくつけるテレビも無視。(リモコンが見あたらない。)
天井が見える。

白い天井。
タバコは吸わないので、壁紙の白が色を見せない。
ぼーっとしてると若干回る。天井が。

...死にたい。
もう、死にたい。
不思議と感情は動かない。もちろん涙も出ない。

けれども。
死にたい。
耳に残る流行り歌のサビのように、ぐるぐる回る。

感情は動いていない。
それでも、一筋の涙が、目からあふれる。
髪に吸い込まれる。

冷たい。
どさ。
何かが落ちる音がした。

気にしない。
どさ。なら何も壊れていない。
がさ。なら...コックローチ探すところだが。

何かが動く気配。を感じた。(さすがに首をそちらに向ける。かなりめんどくさそうに。)
テレビと自分の間にあるガラスのテーブルにはい上がる茶色の物体。
のこのこと、なんとか上がって、両足ちと開いて腰に手を当て、えっへん。

とする。くま。のぬいぐるみ。
...。
寝たまま向けた首をまた天井に戻す。

...立場のないくま。
おお、おい、おい、くまだぞくま。
とぬいぐるみの雰囲気を壊さない声でいう。かなり心外だ。

...。(無視。)
がおー。
ひらがなで吠えてみる。

どうせそういう設定なんでしょ?
今はそういう気分じゃないの。(自分の声に涙が混じっているのに気づくが、敢えて無視。)
...ますます立場のないくま。超常現象を無視かい。

せ、設定って...(泣きそうだ。)
夢でしょ。これ。
あ?(気に入らないくま。)

ま、まあ、夢がいいんならそうしておく。(がんばって気を取り直したくま。)
で、グルームちゃんが何の用?(どうでもいい声だ。)
ん?

用があるから出てきたんでしょ。ここ(夢)に。
お、おう、そ、そうだ。
まあ、なんだ。そんな簡単に死にたいなんて言うな。

いきなり深心に触れる、女心の分からないくま。(まあ、所詮くまだ。)
言ってないわよ。そんなこと。(本当のことだ。声には乗せてない。)
ふふーん。(ちとえらそう)、何年連れ合ってると思ってんだい。

こーんな小さい(ざっと30cmか)頃から見てる、おいらに聞こえないとでも思ったかい?
そう。3才の誕生日にもらった(らしい)ぬいぐるみ。
一緒に寝始めてから、かれこれもう20年になる。

さすがに今は飾り物だが、捨てられない。
実家に置いてくることすら、ためらわれた。
側にはいても、いつもは存在を意識することはない。そんなくま。

...だったら何よ。
何が分かるって言うのよ、!
がばっと起きてくまを見据える。

くまは怯(ひる)まない。
プラスチックの黒い目が見上げる。そして言葉を発す。
はん、ちょっと仕事がうまくいかないくらいで、一人男をとりのがしたくらいで、

知った風にかぶりを振りながら。
頭(と顔)が真っ赤な歩美がくまの頭を、がしっとつかまえ...ようとしたが、よけられた。
まるでそれを予期していたかのような、瞬発的な動きで平手で思いっきりたたく。いや投げる。

台所の方へすっ飛んでいく。
どん、どて。
遠くでこけた音が聞こえた。

くまは何事もなかったかのように戻ってくる。
のこのこと。しかしすばやく。
お、意外と元気じゃないか。(負け惜しみっぽい。)

あんたに何が分かるのよ、!
立ち上がって怒鳴る。(もうよその家の迷惑なんて気にならないらしい。)
くまも怯まない。(というか、全然相手にしていないように見える。)

さすがにテーブルに登るのはあきらめたらしい。その場で言う。
そりゃー分かるさ。
顔に書いてある。

うぐっ。
くまが表情読むなんてバカな話だが、真実には逆らえない。
恐らく顔に書いてある。それほどひどい顔をしているはずだ。見ずとも分かる。

まあ、なんだ、あー、
ああ、そう、随分いい女になったじゃないか、お前も。
くまに言われたくない。

しかし20年一緒にいたという事実が多少なりとも言葉に意味を持たせる。
そして、急に恥ずかしくなり、バッと腰を引き、両肩を抱く。胸を隠すように。
どうもこのくまは男の子らしい。

しかし。今度は見上げるくまに、羞恥心を「見せたこと」が、恥ずかしくなり、顔を真っ赤にする。
くまは気にしない。(というか意味が分からないといった風。)
しかし、なんかやな間だ。

その間を取り繕うように言う。
まあ、でも胸だけは薄...
皆まで言う前に土手っ腹を蹴り上げられる。

どかっ。
台所へのドアの脇の壁に直撃。
これがマンガだったら2秒くらいは壁に張り付いているところだが、そうもいかずにさっさと落ちる。

くまはへこたれない。(しかしこれはちと効いたよう。)
両手でなんとか体を起こし、同じ場所へのこのこやってくる。
ちょうど蹴りやすい場所だ。

少しはすっきりしたかい?
さすがにもう蹴れない。その健気な姿を見てしまっては。
しかし、意味が分からない。すっきり?

...思い出す。
くまに言われたこと。
できれば向き合いたくなかったこと。

そりゃー、世の中うまくいかないこともあるさ。(いつのまにかテーブルの上に上がってる。)
けれども、そんなことくらいで死にたいなんて言うなよ。な?
そんなこと?

不思議と熱い気持ちはもう出てこない。
くまを蹴り上げたいとは思わない。
けれども、その言葉は受け入れられない。

くまに向き合うようにソファーに座る。
そしてちょっと身を乗り出して、くまに言う。
あなたはいいわよ、こんなつらい思いすることないだから。

そうよ、あなたに何が分かるって言うのよ!
小さく声を荒げる。
そしてすねたようにプイッと横を向く。

向いた先にはカレンダー。
クリスマスを過ごす楽しげなカップルの図。
今年も終わりだ。もう、自分も終わりたい。

こんな思いはもうたくさんだ。
何をやってもうまくいかない。
すべてが裏目に出ている感じだ。

自分の能力のなさも嫌というほどあじあわされた。
そして女としての自分も。
全てが否定された。

そんな思いがぐるぐるまわる。
そして。
何が分かるって言うのよ!(声が涙だ。)

もう一度言う。(本人は二度も言ったとは思っていない。)
くまはだまって見つめてる。
わからんね。

意外なことを言う。
死にたいなんていうやつの気持ちなんて。
...さっきと言ってることが違う。が、そんなことは誰も覚えてない。

今に始まったことではないだろ。
どじなのも、薄いのも。(薄いはよけいだ。)
それでも立派に生きてきたじゃないか。

こんなにいい女になったじゃないか。
もうひと言いいたいが、所詮はくまだ。言葉が続かない。
歩美はだまって見つめてる。涙を拭くこともなく。

そう、がんばってきた。
いっぱいいっぱいがんばってきた。
でもね、結局無駄だった。

涙を隠すように天井を向く。
もういいの。
こんな思いをするのはもういいの。

で、逃げ出すのか?
挑発したつもり。けれども。
返ってきた答えは。うん。

許してくれるわよ。みんな、きっと。
がんばってきたんだもん。
もう、いいわよね。

ね。
くまをみる。
くまは言葉を探してる。

歩美は、くまの両脇に手を入れ抱き寄せる。
キュッと。
いや、ギュッと。

どのくらい時間が経ったか。
力が緩む。
くまが見上げる。

もう涙はない。
あるのは化粧の落ちたひどい顔だけだ。
決してすっきりした顔ではない。

死にたくないと顔に書いてある。
かといって、それをやめたわけでもない。
どうしていいかわからないようだ。

そんなに自分を殺したいなら、まずはおいらを殺しな。
やさしく言葉をかける。
え?

言っている意味に気づくのに少し時間がかかった。
なんで?
くまは、両手から抜け出して横に座る。

おいらはお前のためにある。
一緒にいたいと言うから、いてあげてるんだ。
20年も。(ちょっと不満げだ。)

おいらはお前自身でもある。
だから、まず、おいらを殺してみろ。
それができないようで、自分を殺せはしない。

横に座るくまを見下ろす。
いつもより小さく見える。
これが今の自分の姿...か。

...できないよ。
グルームを殺すなんてできないよ。
くまを手に取り、じっとみつめる。

プラスチックの目がきらんと光る。
うぅ。
感情が止まらない。

一人では声を出してなんて泣けない。
けれども、今は。
ギュッと(くまの言うところの薄い)胸に抱いて。

ひとしきり、思いを出したところで、ふと力が抜ける。
どてっとソファーに横になる。
くまの頭を愛しげに撫でながら。

---

ん、んー...
ん?
あ、朝...

カーテンも閉めずに寝ていたらしい。
朝日が眩しい。
目覚ましは鳴らない。セットしてないので当然だ。

くまは胸の中。
何年ぶりだろう。
グルーム抱いて寝たの。

夢?
じゃあなぜグルームがここに?
真実はわからない。

けれども、分かったことが一つ。
グルームは男の子だ。
昔からそうだとは思っていたが、今日はっきりした。

そして、もう一人の自分。
この姿を見ていると、この子の前でしたこと、いろんなことが思い出される。
中学生まではいろんなことをくまに愚痴ってた。誰にも言えないことを。

そのグルームが自分を殺してはいけないと言っている。
たぶん、それは自分の言葉だ。
深なる心が叫んだ言葉。

ふぅ。
そうね、どじなのも胸が...のも今に始まったことではない。
だいたい、あんな男こっちから願い下げ!

カレンダーを見る。幸せ気な男の子と女の子。
心がちくりとするが。絵の中の女の子にひと言。
がんばってね。

そして、腕の中のくまにも。
ありがとう。
ふと、時計を見る。...あー、もうこんな時間。

女の朝は忙しいのです。
しかも化粧したまま寝たもんだからもう...
どたばたはいつものこと。

心に新たな朝光を得た歩美にはそれすら楽しい。
そんな姿を見て安心して眠りにつく、くま。
いつの間にか、いつもの定位置(どうやって登ったんだ?)戻ってね。

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