《 警告: お食事中おやつ中の方は、そちらを済ませてからお読みくださいませ。 》
それは、クリスマス前の水曜日(12月21日)に起こりました。
その日私は仕事がオフだったので、マジパンでクリスマス・カップケーキの飾りを作っていました。
午前11時過ぎ頃、2階で仕事をしていたオットー(在宅イラストレーターをしています)が下りてきて、言いました。
(我家は固定電話は解約したので各自のスマホしかありません。)
「ジェイン(=義妹)から電話があった。母さんがまた便失禁をして、寝巻きや手足に汚れをつけたまま、
居間の自分の椅子に腰掛けていたそうだ・・・」
小学校の教師助手をしている義妹は、毎週水曜日は仕事がオフなので、
車で片道小一時間かけて、ウスターから母親に会いに来ます。
水曜日だったその日も、午前10時頃着いて玄関をピンポンしたら、扉を開けた義母は
寝巻きのままで蒼白だったので、(何かあったな)とすぐに分かったそうです。
屋内に入ってみたら、カーペットが点々と汚れていて、義母自身もあちこちに汚れを付けていて、
ベッドには便の汚れがたっぷりと。
義母はパニックしてどうしたらいいかわからないままバスルームや居間を歩いたようで、
ドアの取っ手にも壁にも洗面台にも、汚れが広がっていたそうです。
そして途方に暮れた義母は、ただただ椅子に座り込んでいた模様。
義妹がシャワーを浴びるよう言い手伝いを申し出ても、当初は
「何もしたくない。ただこうして座っていたいのよ。いいから放っておいて・・・」
と、俯いたまま椅子から立とうとすらしなかったそうです。
時間をかけて説得した結果、ようやくバスルームに入ってくれましたが、
義妹の介助は断固拒否し、義妹をバスルームには入れなかったため、
義母がどの程度ちゃんと自分の体を洗えたのか、定かではなかったそうです。
義母のバスルームにはバスタブはなく、シャワースペースしかないのですが、
足元が不安定な義母に、自分で下肢や足の裏が洗えたとは思えません。
なぜ、実の娘の介助を受け入れられないの~っ!?
寝具カバーやシーツはあまりにも汚れがひどかったため、
結局丸めて外のゴミ箱に捨てたそうです。
「これからカーペットの汚れにタックルする」と、義妹。
オットーが「手伝いに行こうか?」と申し出ましたが、義妹は
「一人で何とかなると思うわ、助けが必要だったらまた電話する」
と、とても勇敢だったそうです。
画像がないとつまらないので・・・リハパンで~す!
Lサイズは8枚入りで9.50ポンド(1520円)、つまり1枚だと190円。
これは普通の下着に似せたタイプ。比較的若い人に好まれそうです。
これはスーパー・テスコの自社ブランド品。かなりおトクなお値段です。
来月95歳になる、独居の義母。
老化のため、日常生活に支障が出ています。
オットーと義妹の願いを聞き入れ、ようやく新しい掃除機を買ってくれたのが昨夏のことでした。
それをきっかけに、私もときどき掃除を手伝うようになりました。
が、義母、相変わらず介護ヘルパーさんの導入は拒んできました。
義母の頭の中では、自分は誰の助けも借りず、まだまだ自立して暮らしているのです。
実際はもう二年以上、掃除も洗濯もしていないんですけどね。
料理だってしなくなったし、昨夏頃から冷凍のレディー・ミールすら
温めて食べることをほとんどしなくなりました。(←減っていないので分かる。)
どうやらビスケット、ケーキ、スナック菓子とコーヒーで、お腹を満たしているようです。
そうそう、オットーも義妹も義母の最初の便失禁のあとで、せめて夜間は介護用おむつ
(日本ではリハパンと呼ぶようなので、以下はリハパンとします)を履くよう義母に懇願したのですが、
当初義母は「私には必要ないわ」と、それも拒否していました。
心配した義妹が主治医に依頼し、独居高齢者の自立生活を査定するチームに往診してもらいました。が、
「ご自分で掃除はできていますか?」
「洗濯はどうですか?」
「一日一回は料理したものを食べていますか?」
などと質問されると、義母はすべてに対し、肯定。
「もちろんですよ、全部自分でちゃんとやっています。」
「昨日は鶏肉を焼いて、茹でたジャガイモと芽キャベツを付け合せて食べました。」
などと答えたそうです。
これは事実ではないので、義母は
① 大っぴらに嘘をついている
② 認知症のため記憶がごちゃまぜになり、昔の記憶をつい昨日のことと思っている
のどちらかと思われます。
義母は夏の間は室内トイレを使っていなかったようなのですが、
寒くなったらまた使い出しました。
でも中味が空けられていることは、2日に1日の割合です。
ときにはかなり満タンに近い状態になっていることも。
ベッドや椅子を守るための使い捨てマット。
二度目の便失禁があったあと、オットーも義妹も重ねて義母に、せめて夜間はリハパンを履くよう、
強く要求しました。が、義母は、二度便失禁したことを覚えていませんでした。
義母が覚えているのは「一度だけ、それもベッドの端にちょっとだけ」だったそうです。
オットーに「じゃあ俺が嘘をついていると思うの?」と訊かれると、義母は、
何も言わずに口をへの字につぐんでしまったそうです。
あるとき義母は、オットーに面と向かって
「あなたはお父さんにも優しくなかった」
などとまで言ったそうで。
これには私、カッチーン!ときましたね!
あのクソ野郎義父に寝室まで追いかけられて、オットーにSOSの電話をしてきたことを忘れたのか!と。
オットーは歯を食いしばって、理不尽に怒鳴りつけるクソ野郎に耐えていたのに!と。
還暦を過ぎてまでオットーがクソ野郎をサポートしなければならなかったのは、
義母がクソ野郎から離れようとしなかったためだったのに!と。
義母が少しでも長く、できれば最後まで自宅で生活できるように、オットーも義妹も
助けようとしているんですけれどね。
頑なにリハパン着用も介護ヘルパーさん導入も拒む義母に、万策尽きて
「勝手にしやがれ!」
と、匙を投げたい気分になりました。
ただ、重なる説得の結果、年末までに義母は、ようやく夜だけはリハパンを履くようになってくれました。
が、使用済みのリハパンの処理が、これまたできなくなっているようで・・・
使ったリハパン用の大きなゴミ箱が、その旨表示されてバスルームに置かれているにもかかわらず、
義母は朝リハパンを脱ぐと、尿ジミや便の軽い汚れが付いていていも構わずに、
それを枕の下や、椅子に重ねた衣類の下に、隠すのです。
シミや汚れが見えないのか?
見えているけど、まだ使えると思うのか?
不明です。
なので義母を訪れるたび、オットーはさりげなく義母の寝室に入り、
使用済みリハパン・ハントをし、室内トイレの中味をチェックして必要があれば捨て、ブリスター・パックから
薬をちゃんとのんでいるかを確認するのが習慣になっています。
『老いては子に抗え』 !?
まさか義母が、ここまで頑固になるとは予想していませんでした。
義母はクソ野郎義父とは正反対の、素直で穏やかで分別ある性格だったはずなんですが・・・
認知症のせいで、性格が変わってしまったのでしょうか。
あ、義母は、まだ認知症と診断されたわけではないんですよ。
不思議なんですが、オットーをはじめとする家族の誰も、義母が認知症であるか否かの診断を
してもらうことには消極的です。
年齢が年齢だから仕方ないし、特効薬があるわけでもないのだから
診断してもらっても無駄、と思っているようです。
義母は、介護ヘルパー導入の是非を自分で決められる段階はもう超えてしまったと、
オットーと私は思っています。二度目の便失禁のあと、義妹も同意見でした。
でもクリスマス後、義妹がまた態度を軟化させてしまい、「お母さんを説得してからにしたい」と・・・。
そこでオットーと私は成り行きを静観することにしました。
さて、先週の、19日木曜日。
仕事から帰った私に、オットーが話してくれました。
午前11時頃、救急隊員からオットーに電話があったそうです。
「あなたの母親が家で転倒し自分で救急車を呼んだが、床から起き上がれず玄関ドアを
開けられないので、合鍵を持って来て欲しい」と。
救急隊員は義母の医療情報を見て、緊急連絡先であるオットーに電話してきたのでした。
オットーが車で駆けつけ合鍵で義母宅に入ると、寝巻き姿の義母は、
ソファに背中をもたせかけた状態で、床にぺたんと座っていたそうです。
転倒したのは午前9時頃で、義母は、
「寝室のラジエーター・ラックに下着を干そうとしていたらバランスを崩してしまった」とのこと。
しりもちをついた格好になり、でも体を反転させて四つん這いになりベッドに両手をついて
体を起こすことは思いつかず、そのまま両手両足とお尻を使って、じりじりとゆっくり
寝室から居間まで移動したようです。
首から非常用ボタンを下げてはいたものの、やや長押ししなければならないことを
忘れてしまっていたので、押したタイミングが短すぎて、
オットーの電話に緊急コールが入りませんでした。
コードレス電話が手元にあったおかげで救急隊員を呼べたのはよかったものの、
緊急性はないと判断され、2時間待ちになったようです。
幸い義母に怪我はなく、あれこれチェックされたあと「搬送は必要なし」と判断され、
救急隊員は帰っていきました。
そのあとオットーが義母の寝室を見に行くと、ラジエーター・ラックに大きな安全ピンで
留められていたのは、使用済みのリハパンだったそうです。
どうやら義母は、普通の下着とリハパンの区別もできなくなっている様子・・・
でもこの事件に後押しされ、義妹が介護ヘルパー導入を決心してくれたのは、ラッキーです。
ヘルパーさんに定期的に来てもらうようになれば、「一人は寂しいわ~」と言っている義母は、
ヘルパーさんの訪問を心待ちにするはず。
最初は週2回くらいから始めて、徐々に日数と訪問時間を増やしていければと思っています。