先日読み終えました。 ハドソン川の奇跡のサリー機長が書いた本!
この本を基に映画製作が進行中と聞き、読んでみたくなったので。
(パイロットを引退されたので正しくはサリー元機長ですが、ここではサリー機長で通します。)
できるだけ多くの人に読んでもらいたいので、さくっとだけ内容をご紹介します。
4歳の頃はお巡りさんか消防士になりたかったけれど、5歳のときには飛行士になると決心していたという
サリー機長、もとい、チェズリー少年。
13歳のときニュースでキティー・ジェノヴェーゼ事件の報道を見てショックを受け、その時その場で
「自分の助けを必要としている人がいたら、誰かが危険な目に遭っていたら、必ず行動を起こす」 と誓ったそうです。
8歳のころ飛行機の模型をもらって喜ぶチェズリー少年と、湖に釣りに出かけた父親と妹さんとチェズリー少年。
父親が探してきてくれた、元空軍パイロットで現在は農夫のクックさんから軽飛行機の操縦を習い、
16歳で初めて単独飛行を経験します。 高校を卒業すると空軍士官学校へ進み、
厳し~いシゴキ訓練と勉強に耐え抜き、戦闘機パイロットを務めたあと、旅客機のパイロットに転身。
(空軍士官学校の描写を読んでいて、映画 『愛と青春の旅だち』 を思い出した私。 )
旅客機パイロットとしてのトレーニング中はとても貧乏で、ビールを頼むとついてくる無料のおつまみを
食事代わりにしていた頃もあったそうです。
8歳年下の奥様ロリーさんとは1986年に出会い、1989年6月に結婚。 サリー機長は38歳でした。
現在も仲睦まじいお二人です。
ハドソン川の奇跡に関してあれこれ読んでいた時、英語版ウィキには 「養子として迎えた娘が二人」 と
ありましたが、他では一切そういう記述はなかったので、(ウィキの誤り???)と思っていました。
サリー機長によるというブログ記事 Never Too Old To Be A Dad にも、
「ケイトが生まれたとき私は42歳・・・」 みたいな記述があったし。
でも二人の娘さん、養女でした。
子供を望んだものの妊娠の兆候がなく、辛いうえに高額な不妊治療も受けましたが、やがて妊娠を断念せざるを得なくなり、
養子を迎えることにしたそうです。
長く複雑な養子の申し込みプロセスを経て、妊娠したけれど子供は育てられないという夫婦や母親と会い、
養い親として選ばれ、お産が始まると病院に駆けつけ、生まれたその日のうちに赤ちゃんを引き渡されて
自宅に連れ帰り、育児を始めたのだそうです。
その他にも、夫婦で乗り越えてきた数々の困難が、率直に綴られています。
サリー機長は1951年1月23日生まれですが、偶然2人の娘さんも、1月生まれ。
長女のケイトさんは1993年1月19日、次女のケリーさんは1995年1月の・・・ たぶん7日生まれ。
たぶんというのは、1月6日に陣痛が始まり、24時間後に生まれたと記述されているからです。
そしてハドソン川が起きたのは、2009年1月15日。
サレンバーガー家にとって、1月は記念日続きですねぇ。
先ほどのブログ記事からは、サリー機長とロリーさんの、親としての娘さんたちに対する愛情と強い責任感がひしひしと伝わってきます。
私が特に感銘を受けたのは、この部分。
妻と私は、娘たちが幼い頃から、下の者に対する話し方はせず、相手が大人であるかのように話してきました。
二人の理解能力には驚かされました。 子供たちはまるでスポンジのように自分たちを取り巻く世界を吸収し、
意味がわからないながらもロリーや私が口にした言葉をオウムのように繰り返しました。
旅客機のパイロットとして週のうち少なくとも4日は家を空けていたので、家で過ごす時間はとても貴重でした。
長い時間二人を膝にのせ、本を読んで聞かせました。 読んで学ぶことに喜びを抱くようになった二人は、
幼くてまだ読めないにもかかわらず、おもちゃの代わりに本を持ってベッドに行くようになりました。
私たちが読んでやったことの記憶をたぐって、本のページを繰りながらお互いに “読んで” 聞かせてやるのです。
そんな二人をこっそり覗き見るのは、私たちの大きな喜びでした。
いいお父さん、もとい、いいご両親だなぁ・・・。
特に最初の、「親だからといって子供に対して見下した物言いをしない」 という部分。 頭が下がります。
うちのムスメを育児中に聞きたかったわ・・・・・
HIGHEST DUTY には、サリー機長と奥様がいつ娘さんたちに二人は養女であることを告げたのか
記述がありませんでしたが、こうして著作に堂々と述べられている以上、おそらくずっと前に伝えてあったのではないかと思います。
このご一家を見ていると、家族を結びつけるのは血でも遺伝子でもなくて、愛情なのだとつくづく思います。
実の親子より親子らしいもの。 こんな素敵な両親に育てられて、娘さんたち、本当にラッキー!
これまで私は、パイロットなんてずば抜けて優秀な人しかなれないのだから、一度パイロットになれば
あとは高給が保証されて、残る人生何の心配もないのだと思っていました。
だから 「以前は宇宙飛行士に続いて憧れ尊敬される職業」 だったパイロットが、現在は
「バス運転手よりは上かもしれないけれど、年金では負ける」 と聞いて目からウロコ。
年棒や年金が大幅にカットされたため、定年退職を迎えたあとも仕事を探して働き続けなければならないケースが多いそうです。
また航空会社の経費削減により、パイロットはフライト中の食べものまで自分で用意しなければなりません。
ファーストクラスの乗客がステーキを頬張るとき、コックピットでサンドイッチを食べる機長たちって・・・ 何か気の毒。
1549便の前のフライトが遅れたためランチの時間がなくなったサリー機長は、
フライト中に食べるつもりでサンドイッチを買っていましたが、哀れそのサンドイッチは川水漬けに。
でもサリー機長はハドソン川の奇跡のおかげで有名になり、定年を待たずに引退することができました。
突如として名声と経済的利益を得たわけですが、それに値する偉業を成し遂げたのだから、当然です。
良心に従い、常に正しいことをするよう心がけて生きてきたサリー機長。
安全性の向上に真摯な態度で取り組んできたサリー機長。
ハドソン川の奇跡は、世間が大いに耳を傾ける価値のあるサリー機長にスポットライトを当てるべく、
神様が導いた事故だったんじゃないか? そんな風に、私には思えます。
ご本人もおっしゃるように、サリー機長は事故前はただの一市民でしかなかったのですから。
しかし、たった5分のフライトが、すべてを変えた。
私は理数系はからきしだし航空関係にも興味皆無ですが、サリー機長の真摯な生き方に魅せられて、
HIGHEST DUTY は辞書を片手に6日で読み終えました。 (もちろん、仕事と家事もしながらですよ!)
読み易い文章だったので、(やっぱり知能指数の高い人の書く文章は違うな~!)と感心しつつ。
不時着水に関する主な部分は後半に入るまで始まりませんが、それでもまったく飽きることはなかったです。
本当に学ぶことが多くて、読んでよかった。 クリスマス休暇で戻ったら、ムスメにも読ませようと思っています。
あの日の1549便の機長が、サリー機長ではなかったら?
他のパイロットにも、無事に機体を不時着水させることはできたかもしれません。
でも208秒間という恐ろしく限られた時間の中で、現状を把握し、最善を選択し、実行に移せたか? となると・・・ 大いに疑問です。
1549便の機長がサリー機長でなかったら、結果は(考えたくないけど)かなり違ったものになっていたかも・・・・・
次回の里帰りが待ち切れないので英語で読むしかありませんでしたが、
今度里帰りしたら買っちゃうかもしれません。 邦訳版も。
やっぱり私は日本人。 日本語で読むのが、一番しっくりくるので。 (自分の意訳はアテにならないし?)
映画化も進んでいることですし!
皆様もいかがですか? たとえばクリスマス プレゼントにとか・・・
(注: 私は静山社の 回し者ではありません。)
あぁ~、映画の公開が待ち遠しいなっ!
《 映画 “SULLY” 見てきた! に続く 》