パンアメリカン航空103便爆破事件が起きたのは、30年前の12月21日。
時限爆弾の爆発により空中分解したボーイング747型機は、スコットランドの田舎町ロッカビー(Lockerbie)に墜落した。
赤ピンが指すのは、住民11人が巻き添えで犠牲になった、シャーウッド・クレッセント。
今日に至るまで、英国史上最悪のテロ事件であり続ける“ロッカビー事件”。
搭乗していた乗客243名・乗務員16名の計259名と地上の11名の、合わせて270名が犠牲になった。
オンライン・ニュースで“ロッカビーの当時と今”の画像を並べていたので、紹介させていただきます。
ふたつ並ぶ画像の左が当時、右が現在です。
推定時速800km超で落下してきた両翼の主要部と胴体中央部分がシャーウッド・クレッセントに激突。その衝撃によって、長さ47m・容量560㎥のクレーターができた。
地上に激突した胴体部分は巨大な火の玉となって火災が発生。地中のガス本管も損壊されたため火災に拍車をかけた。
19時04分に入った一般市民からの最初の非常通報は、「大規模なボイラーの爆発が起きたらしい」だったという。
事件当時の主要道路は、現在は高速道路になっており、その向こう(西)側には新しい住宅地ができている。
クレーターから600mほど離れたローズバンク・クレッセントには長さ18mの胴体部分が落下。
しかし主に庭部分に落ちてくれたため、ここでは奇跡的にも死者は出なかった。
現在ここには、爆破事件の犠牲者を追悼する小さなメモリアル(下右)がある。
21軒の家々が取り壊しと再建を余儀なくされた。また多数が大がかりな修理を要したという。
幸いにも住宅を逸れて路面に落下してくれたエンジンの一部。
コックピットを含む機体の先端部分は、クレーターから東に4kmほど離れたタンダーガース教会近くの畑地で発見された。
機長、副操縦士、フライト・エンジニア、客室乗務員1名とファーストクラスの乗客数人は、機首部分の内部で、シートベルトを着用したまま発見された。
客室乗務員は農夫の妻が発見したときまだ息があったが、助けを呼ぶ前に息を引きとったという。他にも墜落後に生きていた者があった可能性があり、病理医は「少なくとも2名は、もっと早くに発見されていたら助かった可能性がある」と結論づけた。
下は同じ墓地と思われる墓地の、ストリート・ヴュー画像。
先月70歳の誕生日を迎えたチャールズ皇太子が、30年前、40歳になった翌月にロッカビーのタウン・ホールを追悼に訪れたらしい。まだダイアナ妃が生きていて、チャールズ皇太子とダイアナ妃が離婚する前で、ウィリアムとハリーの両王子が幼かったとき。(と考えると、ほんっと!昔だなぁ~・・・ )
近年のタウン・ホール界隈のストリート・ヴュー。時計塔あり、天使の像あり、羊の像ありで、なかなか良さげ
クリスマスを数日後に控えた12月21日に起きた、英国史上最悪のテロ事件。
犠牲者のご遺族は、その後のクリスマスは今年に至るまでずっと、心から祝う気持ちにはなれなかったことだろう。
今さらながら、犠牲になった方々のご冥福をお祈りします。
《 ② につづく 》