東日本大震災から6年目の今日は、朝から追悼など関連する番組が目白押しだ。毎年3月11日に行っていた安倍首相の記者会見は「一定の節目を超えた」ことを理由に打ち切られた。政府主催の追悼式典も東京で開催した。悼む気持ちも形式的で、時間が経てば関係ない人は忘れるだろうとの魂胆が透けて見える。東北の復興なくして日本の再生はあり得ないと大見えを切った御仁はどこのどいつか。
6年も経つのに未だ12万人余の人たちが全国に散らばり避難生活を続けている。
福島だけでも8万余の人たちが避難生活をしている。とりわけ世界最悪レベルの原発事故で避難している人たちは、子供に限らず大人までもが避難先でいじめに遭っている。
「ごく当たり前の普通の生活がしたい」という主婦。「思い出せば涙が出てくる。何年たっても変わんねえもんな」と言った漁師。一言一言が胸に突き刺さる言葉だ。特に気になるのが原発周辺の11市町村に出ていた避難指示を、帰還困難区域を除き9市町村で解除することだ。解除と同時に賠償金の縮小や打ち切りが画策されている。除染すら十分ではない地域に、病院も学校も商店もない元の場所にどうして帰ることが出来るか。
人生も住まう環境も何もかも失った人たちへの国の冷たい仕打ちと映る。私たちにできることは何かといつも思う。忘れないこと、声を上げ続けること、被災された方々の痛みを少しでも想像することだ。震災当日帰宅難民となった者として、細々とでも思い続けていこうと改めて思った。
ミコアイサ
6年も経つのに未だ12万人余の人たちが全国に散らばり避難生活を続けている。
福島だけでも8万余の人たちが避難生活をしている。とりわけ世界最悪レベルの原発事故で避難している人たちは、子供に限らず大人までもが避難先でいじめに遭っている。
「ごく当たり前の普通の生活がしたい」という主婦。「思い出せば涙が出てくる。何年たっても変わんねえもんな」と言った漁師。一言一言が胸に突き刺さる言葉だ。特に気になるのが原発周辺の11市町村に出ていた避難指示を、帰還困難区域を除き9市町村で解除することだ。解除と同時に賠償金の縮小や打ち切りが画策されている。除染すら十分ではない地域に、病院も学校も商店もない元の場所にどうして帰ることが出来るか。
人生も住まう環境も何もかも失った人たちへの国の冷たい仕打ちと映る。私たちにできることは何かといつも思う。忘れないこと、声を上げ続けること、被災された方々の痛みを少しでも想像することだ。震災当日帰宅難民となった者として、細々とでも思い続けていこうと改めて思った。
ミコアイサ