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天満村寺尾九兵衛(6)「西条藩領内図八折屏風」に描かれた元禄の天満村

2024-07-28 08:09:25 | 趣味歴史推論
 寛永~寛文~元禄の天満村を描いた絵図を探していたら、加藤正典「伊予西条藩の歴史研究余話」が、「西条藩領鳥瞰図屏風」を詳しく読み解いているのを見つけた。1)この屏風は、西条郷土博物館所蔵で「西条藩領内図八折屏風」と称するもので、西条誌指定有形文化財である。2)「歴史研究余話」では、この屏風と新居浜市所蔵(天保8年頃描)の屏風を対比して領内の様子・時代変遷を調べている。西条郷土館所蔵の屏風が元禄の天満村の状況と考えられるので、以下はこの屏風からの知見について述べる。
「西条藩領内図八折屏風」=「西条藩領鳥瞰図屏風」
紙本金砂粉著色 地名は朱筆書き 高さ122cm幅386cm。8つのパネル(扇)を連ねたもので、向かって左端の第8扇に天満村が描かれている。

加藤正典「伊予西条藩の歴史研究余話」(2021)より
「1. 描かれた年代 一柳直興が寛文5年(1665)に改易となり、5年後の寛文10年(1670)紀州家初代徳川頼宣の次男松平頼純が西条三万石を就封した。西条藩主は定府大名で参勤交代の義務を免除され江戸に定住していたので領内の地形は不明である。従って、藩主頼純は領地の景観を把握する必要から屏風を作らせたと推察される。入部は寛文11年(1671)から宝永5年(1708)の間に5回あるが、2回目の元禄7~8年(1694~1695)(松平頼純53歳)に描かれたと推定される。その根拠は、「有田村」の名前の期間が入部時期(1回目、2回目)と重なること、第7扇右上部に「あかゝ祢山」(あかがねやま 銅山)と書かれていることである。(著者は「あかがね山」を元禄4年開坑の別子銅山とみている。西条藩領の立川銅山の可能性もあるのではと筆者は思うが)
 2. 絵師 紀州藩の御用絵師の可能性が高い。」

解説
第8扇の天満村近辺で朱筆された地名は、手前の海側から①新居郡境宇摩郡 ②本とけ崎 ③天満村 ④天神 ⑤大西山田村 ⑥天満の内西山田村 ⑦天己う である。
②「仏崎」は、右側の大きく突き出た岬の所に書かれるべきである。
「千々の木川」(ちちのき)の河口が広かったことが分る。
天満村 幕領である。西条藩領ではないが描かれている。
天神は現在の天満神社。白鳳2年(673)大地山の北面中腹に八幡神を鎮守化していた所へ、文明9年(1477)天満天神(菅原道真公)を勧請し合祀した。爾来、八幡宮・天満宮と称し、村名も「天満村」と改めた。本殿は、元禄8年(1695)11月焼失、大庄屋寺尾九兵衛の寄進により元禄11年(1698)再建された。3)
大西山田村 村の口伝によれば、幕領である。すなわち下天満村に属する。天満村と並んで人家が多かった。
天満の内西山田村 「天満の内」は大くぐりには天満村の内ということであろう。西山田村は、大西山田村の東に位置する原久保市場付近であり、西条藩領(上天満村)である。
天王(てんのう)は、旧称 牛頭天王宮(ごずてんのうぐう)。すさのをのみことを祭って、推古25年(617)に社殿建立と伝えられる。元徳2年(1330)北野・畑野・土居・上天満 4ケ村の氏子中初めて祭典を行った。文明15年(1483)近郷に疫病流行、村民祈願してその害をのがれ、大いに威徳を崇めて、翌春社殿を修補。天正15年(1587)宮山より現在の山麓に遷宮。明治2年(1869)八雲神社と改称した。4)
西山田村と天王宮周辺は西条藩領(上天満村)である。
 なお井源寺(旧清賢寺)は描かれていない。天正13年(1585)秀吉軍の侵攻で焼失し、寺尾九兵衛らにより再建されたのは正徳4年(1714)である。

まとめ
1. 元禄時代の西条藩領内図八折屏風には、仏崎・天満村・天神・大西山田村・天満の内西山田村・天王が描かれていた。
2. 千々の木川の河口が広かった。


 本屏風の写真掲載に当たっては、西条郷土博物館館長真鍋和年様、写真撮影(2014.5.8)の三浦聖様、写真所蔵の加藤栄子様のご協力をいただきました。お礼申し上げます。

注 引用文献
1. 加藤正典「伊予西条藩の歴史研究余話」p134-190(発行加藤正典 2021.5)
加藤正典:郷土史家(1935-2021)主な著書「西条の手漉き和紙の歴史と文化」(2005)「別子銅山・炭の古道」(2019)
2. パンフレット「西条市立西条郷土博物館」 この屏風は田中大祐翁から昭和27年に郷土博物館へ寄贈された。西条市指定文化財(昭和39年)
3. 本ブログ「伊豫軍印(3)八雲琴創始者の中山琴主が奉納した可能性が高い」(2023.3.19)中の八雲神社由緒
4. パンフレット「天満神社沿革」

写1 「西条藩領内図八折屏風」の第8扇 天満村付近


写2 「西条藩領内図八折屏風」の第7扇 右上部に「あかがね山」あり