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ぶらっと 水戸

水戸の見て歩き

水戸の十九夜塔(4)

2019-10-26 21:16:53 | 水戸
 十九夜などの石造物には、供養塔、塔、観世音といったいろいろな書き方があるようです。ここにはありませんが、ほかにも塚、念仏、尊、回向塔などとたくさんあります。その微妙な違いが私にはよく分かりません。
 
 
 
 
十九夜塔(岩根町)
 内の道角にある屋根をかけた石造物群の中にあります。文化2年(1805)とあります。
 
 
 

十九夜供養塔(観音堂 五平神社(五平町)東約100m)
 お堂前の、二十三夜尊をふくむ石造物群の中にあります。天保3年(1832)とあります。
 
 
 

十九夜観世(小林ふるさとコミュニティーセンター 小林町867-1)
 敷地内にある阿弥陀堂の横にある石造物群の中にあります。天保11年(1840)とあります。
 
 
 

十九夜観世(中原不動尊 中原町786)
 北側に並んだ石碑群のなかにあります。ここにも二十三夜塔があります。
 
 
 

十九夜供養塔(長福寺墓地 島田町)
 かつてあった長福寺の墓地内にある石造物群の中ににあります。水戸には、今ある塩崎町の長福寺のほかに、青柳町と島田町にも長福寺というお寺があったようです。
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水戸の実と種(14)

2019-10-25 19:38:29 | 水戸

タケニグサ(酒門町国道6号線沿い)
  ケシ科。茎が竹に似ているのでついた名前のようで、チャンパギク(チャンパはベトナムのことだそうです)ともいわれるようです。実が数多くたれさがるというイメージがあります。毒性がある植物のようです。(撮影日9/7)

 

 


トウキ(水戸市植物公園 小吹町504)
 セリ科。 当帰と書いて、「当に帰る」ということで、産後のひだちの悪い女性がこれを含む漢方薬を飲むことで嫁ぎ先に戻ることができたなどといった意味のようです。血液循環促進の効能がある薬草だそうです。(撮影日9/14)

 

 


ナガエコミカンソウ(水戸市植物公園 小吹町504)
  トウダイグサ科。ブラジルコミカンソウともいわれ、最近広がった帰化植物のようです。在来のコミカンソウとくらべて花や実のつく柄が長いのが特徴のようです。(撮影日9/14)

 

 


イヌホオズキ(常照寺池北側 酒門町)
 ナス科。バカナスともいわれるそうです、ソラニンという、ジャガイモの芽などと同じ有毒成分が全草にあるそうです。仲間がたくさんあるようですが、そのどれかは分かりません。(アメリカイヌホオズキかもしれません)(撮影日10/8)

 

 


アカネ(偕楽園南門近く 常盤町1-3-3)
 アカネ科。根の色が赤くて、赤っぽいあかね色の染色原料になるそうです。とげの多い茎がからまっていました。これから実は黒くなるようです。ちなみにコーヒーの木はアカネ科だそうです。(撮影日10/23)


水戸の実と種(13)

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ぶらっと歩きの風景(38)

2019-10-24 19:54:33 | 水戸
 
 
水のあふれた痕跡(飯富町)
 台風19号で被災された方たちには心よりお見舞い申し上げます。那珂川堤防上の道路で、藤井川、那珂川合流点と常磐自動車道との間で見た水があふれたらしい場所の写真です。上の写真は合流点方面、下は自動車道方面で、この2地点は互いにすぐ近くです。写真左側が那珂川です。上は、水の流れが急だったせいなのか、ほとんど泥は残っておらず、草が水の流れに沿って倒れていました。下は、泥をかぶり、草はそれほど流れに倒された感じはありませんでした。堤防の決壊は8kmくらい上流なので、このあたりであふれた水の量は多かったのかもしれません。水戸ではテレビで映されている所以外でも、あちこちでで相当水があふれたようです。
 
 
 

救援衣類を送る運動(日通㈱水戸支店 城南1-2)
 連合茨城が取り組んだ31年目の活動だそうで、今年は10月3日から8日まで行われ、段ボール1,838箱、約35トンの寄付された衣類が、タイ、ラオスに送られたそうです。
 
 
 

七五三詣開運碁盤(常磐神社  常磐町1-3-1)
  七五三のお参りに来る子供たちが、立派な大人になり、人生・勝負の運を開くための儀式用に置かれているようです。碁盤に上がり、神社に向かって一礼して、次に南を向いて飛び降りるのだそうです。
 
 
 

本堂階段に付けられた手すり(定善寺  酒門町363)
 東関東大震災で被災して、再建された本堂には、くねくねした、ユニバーサルデザインで、グッドデザイン賞を受賞しているという手すりが設置されています。
 
 
 

キアゲハ幼虫(元吉田)
  アシタバで、たくさんのキアゲハの幼虫が食事をしていました。これだけたくさんいるということは、たぶん育った蝶を見るために屋外飼育しているのでしょうが、通行人の反応はどうなのでしょう。
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水戸の工事(5)

2019-10-23 20:54:24 | 水戸
 偕楽園が11月から有料化されるので、料金所の工事が急ピッチで進んでいます。その進行具合をご紹介します。有料化で、入口は4カ所となり、御成門(おなりもん)の入口はなくなるそうです。4カ所というのは、正門、東門、南門、吐玉泉(とぎょくせん)口だそうです。
 
 
 
 
東門料金所 ここから入る人がほとんどでしょう。入口にあるニセアカシアはもっと知られてもよいような気がします。
 
 
 

表門料金所 本来の入口で、杉林の暗から梅林の明にいたるといった、劇的効果をねらったりしているようです。写真右に少し見えるのが好文亭表門です。
 
 
 

南門料金所 徳川光圀が高枕亭(現在の徳川ミュージアム)へ通うのに千波湖を舟を使っていったそうですが、斉昭も好文亭へは舟を使っていって坂をのぼったようです。また、何陋庵での茶席が行われるときにはこの道がよく使われたのではないでしょうか。この道にある門は、茅葺きでなくて、こけら葺きだそうです。
 
 
 

吐玉泉料金所 崖下にある小川を渡る手前に建てられていました。太郎杉とその根元あたりからも湧き出ている水も見てください。
 
 
 

御成門 なくなる前の今のうちに写真を撮っておくとよいでしょう。明治23年におこなわれた昭憲皇太后(明治天皇の皇后)行啓のときに作られた入口だそうです。
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水戸の富士神社(3)

2019-10-22 21:01:09 | 水戸
 なぜ、富士神社に浅間ということばがつくのかなと不思議に思います。「あさま」という語根の悪い意味も持つ荒々しさを、神社の名前にして、その後「せんげん」と読むようになったのではなどということが頭に浮かんできます。さらに、ひょっとすると、富士の名前より浅間(あさま)という名前方が古かったのでは、長野県の浅間山も同様の発想からつけられた名前なのでは、などと勝手な想像がふくらみます。
 
 
 
 
五平神社(五平町)
 境内社に石造の富士浅間神社があります。祭日が7月1日となっています。この神社では、同じ境内社である石祠の山倉山大六天王宮の祭事も行われていましたので、この神社の祭事も行われているのでしょう。
 
 
 

大山阿夫利神社・冨士浅間神社(下入野町富士山)
  二つの神社が二つの部屋を持つ一つの石祠にはいっています。右側が冨士浅間神社です。
 
 
 

芳賀神社(栗崎町1677)
 5社が合祀された木造社です。左から二番目が富士浅間神社です。道路工事でこの建物は移動していましたが、今はもとの位置に戻っています。
 
 
 

手子后神社(元石川町1728)
 ここは、4つの木造の神社が、さや堂の中に並んでいます。富士神社は左から2番目です。
 
 
 

伊勢神明社(柳河町411)
 富士神社が境内社にあると書いてありますが、これがそうかどうかは今のところわかりません。
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