和光院不動堂(田島町415)
宝暦5年(1755)に上総(千葉県)の大工がつくったという3間四方の端正な作りのお堂だそうです。このお堂に安置されている不動明王には、秘法の胎内仏があるそうです。また、不動明王から出た血で描かれたという血不動もあるそうです。建物は市の指定文化財です。
笠原不動尊
銀河寺不動院だったそうですが、徳川斉昭の天保の改革で、廃寺になったそうです。昭和になって元の地に再建されたそうですが、その後の修繕がされていないようで、かなりひどい状態になっています。龍が宝剣に巻きついた倶利伽羅不動が本尊のようです。
中原不動尊(中原町786)
東光院というお寺だったそうですが、明治20年代に廃寺となり、今は中原集落センターの敷地の一部になっているそうです。屋根は瓦ぶきのようにみえる金属がはられていますが、本来は茅ぶきだったそうです。不動堂厨子の中には不動尊が安置されているそうです。
宝鏡院不動尊(城東1-11)
真言宗四檀林に選ばれていた大きなお寺だったそうです。東隣が三九郎河岸という那珂川の荷揚げ所だったそうです。斉昭によって処分され、今は不動堂のみがあります。「お不動さま」と呼ばれて地域で信仰されているそうです。戦災にあって昔の面影は見られませんが、石像の宝剣が庭に残っています。
金上山(瓦谷)不動尊(瓦谷4-1)
勝田町(現・ひたちなか市)金上(かねあげ)から瓦谷に移った宝船寺で、加持祈祷の護摩を焚く修法に多くの信者が集まりたいへんにぎわったそうです。向かいの金剛橋は信者によってつくられたそうです。