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アイヌ民族・有識者懇初会合・・・福田首相。町村官房長官

2008年08月12日 | 川柳

 

 政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の初会合が11日、首相官邸で開かれた。アイヌを先住民族と認めるよう政府に求めた6月の国会決議を受け設置された。先住民族と認定する場合の先住権の扱いや新たな支援策などを検討、1年後をメドに報告書をまとめる予定。

 初会合では町村信孝官房長官が「アイヌが名誉と尊厳を保持し次世代に継承していくうえで必要な施策提言をお願いしたい」とあいさつ。座長に選ばれた佐藤幸治・京大名誉教授が記者会見し「アイヌにとって今、何が必要なのか具体的な施策を考えることを優先させたい」と述べ、よく分かっていない全国的なアイヌの実態調査を行う考えを示した。

 懇談会には北海道ウタリ協会の加藤忠理事長がアイヌ代表として参加。9月の次回会合では加藤理事長と高橋はるみ北海道知事がアイヌの現状や課題について説明する。

 アイヌ民族に関する政府の有識者懇は95年も設置され、96年に文化振興などを求める報告書を提出。97年、北海道旧土人保護法(1899年制定)が廃止され、アイヌ語や伝統的な民族舞踊などの普及・発展を図る新法「アイヌ文化振興法」が成立した。【千々部一好】

毎日新聞 2008年8月12日 東京朝刊

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1992・萱野茂氏参議院比例代表区での声明より

2008年08月12日 | 川柳

1992年参議院比例代表区での立起受諾にあたっての声明より

 

立起受諾にあたって

1992年3月7日
萱野 茂


1.その昔、いま、わたくしが住んでいる北海道という「でっかい島」には、わたくしたちの祖先であるアイヌ民族が、その島を自分たちの祖国として豊かに暮らしていました。その時代、この北海道を「和人」は「エミシ(アイヌ)」の住む島として「エゾヶ島」と呼び、わたしたちアイヌは「アイヌモシリ」と呼んでいました。
 アイヌとは人の意であり、「モ」は静か、「シリ」とは「大地」の意味です。アイヌは、自分たちが住むこの島を「人の住む静かなる大地」として、暮らしていたのです。

2.やがて、(15~16世紀)和人社会が統一国家の道を歩みはじめ、また、社会が生産社会を歩みはじめるにつれ、多くの和人がなだれのように、エゾ地に侵入してきました。
 わたくしたちの生活の場であるコタンも、私たちの生命を育んでくれる大地も自然も和人の活動の場となりました。
 和人によるアイヌ民族への侵略、迫害、搾取は、世界の多数民族が少数民族・先住民族を侵してきた歴史と同様、横暴を極め、私たちの祖先の抵抗にもかかわらず、アイヌ民族は滅亡の道を辿ることを余儀なくされてきました。

3.日本が近代社会をむかえる明治に至って、アイヌモシリはアイヌから奪われ、和人社会への「同化」がすすめられ、「旧土人」としての蔑みと差別の中で、民族が誇りとする生活、文化を失ってきました。
しかしわたくしたちの祖先はもちろん、わたくしたち今いるアイヌも
「一度として、このアイヌモシリを和人に売ったことも、貸したこともありません」。

4.不幸にして、世界の至るところで多数民族が少数民族を支配し、先進国といわれる国家がその領土的野望のために先住民族の生活、文化を滅亡させ、土地を奪いつくしてきたのです。
 その歴史は、いまもつづいています。
 わたくしたちが住む日本においても、アイヌ民族への永い歴史はもとより、日本を祖国としない人々への差別と蔑視があります。
 日本を代表する識者にも、自分たちの文化のみを進んだ文化とみなし、他の国や民族を蔑む風潮があります。
 わたくしはこのような異民族への蔑視の思想は、表れ方はちがっても性差別や障害者などへの差別と病根を同じくするものと思っています。

5.わたくしの住む日高は、「エゾ地」では、早くから和人が居住した土地であります。また、北海道で、もっともアイヌが多く住む地域でもあります。産業の中心は、農業・軽種馬生産農業、林業、漁業の一次産業であり、多くは、谷間の山間地であります。
 ここでも、環境変化がすすんでいます。
 森は伐られ、川は流れを止められ、魚は住むことを阻まれ、土地もまた、やせおとろえ農薬による汚染がすすんでいます。
 地球の環境破壊や環境汚染はここでも十分見るとができます。
 かつてのわたくしたちの祖先は、生態系などの学問的知識がなくても、自然の摂理に従い、資源が枯渇しないようにつとめてきました。アイヌの生き方は自然を神として生き、自然を大切にする生活を営んできたのです。

6.1993年は、国連による「世界の先住民のための国際年(国際先住民年)」であります。
 この国際先住民年は、わたくしたちの住むこの地球から、民族的な差別観をとりのぞくとともに、侵されてきた先住民族、少数民族の権利の回復はもちろん、先住民族や少数民族の生活や文化を共に保証する社会を目指して行くものであります。
 わたくしは、世界のすう勢である先住民族の権利保障が日本にあっても普遍的な価値として受け入れらる社会を創るため皆さんに訴えたいと思います。
 かつて、わたくしたちアイヌ民族の祖国であるアイヌモシリを侵したのはあなた方ではありません。
 しかし、あなた方の祖先が犯した過ちを正せるのは
「今生きているあなたです」。
 あなた方の祖先が犯した過ちを正す行為は、決して恥ずべき行為ではないばかりか、差別のない共生と平等な社会にむけての出発点であり、日本が国際社会で生きていくための基本であると考えます。
 また、1992年(本年)は、「地球サミット」の年でもあります。
 すべての生物の生存を可能とする地球環境の保護こそ、人類が生きていく条件であることはすでに人びとが知っていることと思います。
 社会は、限りなく求めつづけられている「人間の欲望」をどう抑制するかの時代にあります。
 わたくしは、わたくしたちの祖先が生きてきた生活や文化に学びながら、カラス、キツネ、フクロウ、クマなどもろもろの生き物と一緒に生きられる地球環境を守るために共に全力をつくしていきたいと考えています。

7.わたくしたちアイヌ民族は、永年、「旧土人保護法」を廃止し、これにかわる「アイヌ民族に関する法律(アイヌ新法)」の制定を求めてきました。わたくしたちはこの中でアイヌ民族に対する特別な参政権(議席の保障)を求めています。
 参議院比例代表制度は、このわたくしたちの願いを実現しうる一つの手法であります。北海道ウタリ協会はこの選挙制度を活かしわたくしの推せんを決定いたしました。わたくしはこれまで平和と人権に深い見識を示し、アイヌ民族の諸権利の実現に寄与されてきた日本社会党の良心を信じ、日本社会党推薦の候補として参議院比例代表選挙を戦うことを決意し、立候補を受諾することといたしました。
 わたくしの立候補は、わたくしをご支援下さるアイヌ民族の仲間はもちろん、国内における様々な差別の撤廃を求める多くの人びと、そして限りなくつづく環境破壊を憂える人びととも共感しうるものであるとかたく信じています。

 わたくしはこの受諾にあたって、これまで述べてきた平和、人権、環境、とりわけ世界の先住民族・少数民族の地位の保障などのさまざまな課題解決に全力を挙げて取り組むことをお約束し、その政策とする目標をあきらかにいたしました。こころからのご支援をお願い申し上げます。

 


[ 補足 ]

  • 1992年の参議院議員選挙の結果、社会党は比例区において10名の当選者を出し、名簿11位におかれた萱野さんの当選はなりませんでした。(詳細は本多勝一著 『先住民族アイヌの現在』(朝日文庫)収録 「社会党参院比例区の当選議員は恥ずかしくないのか」 をご参照下さい。)
  • 萱野さんは1994年 参議院議員(比例代表区)に繰り上げ当選し、 1998年7月、任期満了により議員を辞職致しました。

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