①9月5日真夜中の3時ごろ、地震があった。震度5?・・体感的には3:5くらい。
ゆらゆら遠心力がいい感じで横揺れだったせいで落下物は何一つなく、居間の壁に孫たちの写真が飾られている15くらいのフォトパネルも波に揺られる感じだった。
すぐ娘に電話、娘のマンションに水も出ないことを知る。
②停電・・・すぐ点くだろうと思ってまた、眠りについた。
③朝になっても停電。小樽の親友・帯広の姪に電話。・・・どうやら全道が停電だと知った。会社はパソコン業務はできず、アナログ仕事は休まず営業できた。
④6月6日の午前中、東京の甥から電話。・・現況が分からないので彼の知っている情報をもとに、・・・全道が大変なことになっているのを知った。
⑤とりあえず、娘用の水確保。娘孫たちの分の食糧調達。朝9時前にスーパーに並ぶ。真っ暗な店内に社員さんと同行して、冷蔵冷凍ものは全く買えず、非常食野菜お菓子などいろいろ買ってきた。
店外に出たら・・長蛇の列。(善は急げだな!)暇なので、手洗いで洗濯をごっそりし・・・昔のたらい洗濯を思い出し・・・なぜか楽しかった!!
⑥夫が娘分の電池その他買い物ツルハへ。夕方には客足は途絶えていた。
⑦6月6日の夜はソーラー電気とLED懐中電灯があり・・・全く明かりは問題なかった。その夜8時半ごろ電気がついた。我が家の裏は北斗市七重浜の住民センターと体育館が併設されており、避難所にもなっている。
娘の昭和町は商業高校と、昭和小学校のすぐそば。6月7日の昼11時に電気水が復旧。
●そんな中でのんびり反省したことは、ラジカセに乾電池を入れておくべきだった。
●お金もガソリンもたまたま余裕であったので・・・カード決済をあまりしない自分を・・・これでいいんだ!!と確信できた。
中国が北海道と同じようになったら・・・死ぬぞー…と思った。
日本人はカード決済が進んでないと言われるが中国の真似などせんでいいんじゃ!!
ところで・・・官邸は北海道道民の安否も頭痛の種だろうが・・・一番の指示命令は・・原発・火力発電の警備。各自衛隊の防衛の指示。陸海空の警護。
同時にすごいことになってるなーと思いながら・・・石破の総理戦を伸ばすべきだ!!の発言に・・・・また、安倍総理に神風が吹いたと思っただよ!!
安倍ウォッチャーをしている私にとって、この方はもう10回くらいの奇跡的な神風が吹いているのを…やっぱり…安倍晴明のルーツかと思ってしまう。
こんな危機管理が必要な時に・・・石破に総理になってほしいと思う人種のほうが頭おかしいよ!
◎中国も・ロシアもせめて来なかったけれど・・・世界がこの危機管理をお手本にするだろう。
政治の裏も表も知っている博学の友人がいつも言っていた言葉を思い出す。
「北海道民のルーツを辿れば・・屯田兵とアイヌと新政府軍と戦って脆弱だった江戸幕府を守って戦った残党の北海道へ流された藩主と民。そして遊女の多さ。
どちらにしても、我慢に我慢を重ねた血筋を政府は鹿児島・と並んで北海道民と鹿児島県人にはいつも支配下に置いておく考えがあるのだよ。北海道民は危機管理にDNAが発揮する時が政府は怖いのだよ!」
・・・江戸っ子の彼女からいつも聞かされていた言葉。
今回の出来事で、道民の冷静さが素晴らしいし、道庁の危機管理体制が機能していたと思う。
とりあえず・・・北海道民の冷静な判断力の底力が垣間見えました。
帯広の姪が・・・オール電化にするんじゃないわ!!小樽のいとこたちも今朝、電気回復。
家の建てる条件も、リスク管理の分散もよーく垣間見えた、良い体験でした。
昨日孫から「おばあちゃん・・・電気点いたよ!」「よかったね!・・・人間は電気がなくても生きていけるけど、水がなければ生きていけないからね!」と教えた。
「ところで・・・感想は?」「ふつー」‥笑っちゃうね!彼らはキャンプ感覚で、各自の部屋からママの部屋で抱き合って寝ていたそうで楽しかったようだ。
それにしても真冬じゃなくて良かった。温泉も昨晩は入れた。
ところで、我が家はセントラルヒーティングの石油燃料でも‥電気がなければボイラーが機能しないので・・・非常時用の石油ストーブポータブルを買うことにします。
正直言うと・・孫たちにいい体験ができたと思っている。
被害に合われた方々には申し訳ないが…都市直下型でなくて良かった。。。みんなそう思っていると思います。
ところで・・・今月末、北湯沢空ニワへ孫たちと宿泊予定。地震が来ませんように・・・。。