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川柳・ボートっていいね!北海道散歩

川柳・政治・時事・エッセイ

『泥』いのちへの賛歌・・・青葉テイコ

2007年08月04日 | 川柳
  現代川柳『泥』  いのちへの賛歌・・・青葉テイコ

続き・・・
 
長い空白が続いた。そして私は、昭和五十八年、地元川柳社の門戸を叩いた。
 しんしんと雪の降る十二月の寒い日だった。

 私の目前に和服の襟元も清しい女性が凛としておられた。
・・・・おいくつになられましたか・・・ぶしつけな私の問いかけにも微動だにせず答え    くれた。
         かたじけなや天皇さまの八日姉

 なんと、川柳で返辞があった。それから私の川柳行脚が始まった。川柳は人生、人生は川柳、これでもか、これでもか、と思えるほどの過酷な神の試練が待っていた。

 春夏秋冬、川柳は私を見放すことなく侘んでくれた。

 不肖の分身を吐露し続けることによって、精神の均衡を辛うじて保っていた。私はあらゆる発表の場で、ペルソナの一部を晒した。それは、わが裸身を晒すにも似て氣恥ずかしい気がしたが、それが私自身なら、と達観した時、巷の心ないそしりも怖じぬオンナに変貌していた。

        川柳という表現形式を選んだことは誇りである。

 一行詩としての美しさを追い続けながら、いまだ未熟の城を低迷している。巷は現代川柳だ、伝統川柳だと論が渦巻いているが、革新であれ伝統であれ、人間としての優しさ、人格を投影するものであれば、色別の必要はあるまい。

 現代川柳の衣をはらりと脱げば、伝統川柳が頭をもたげる、というのも粋なものではないか、と、この頃しきりと思うようになった。

 いま、なぜ泥なのか。私の中に巣喰うモヤモヤとした得体の知れぬもの、行方定まらぬ
まま右往左往している川柳の鬼、あの虹の彼方に、私の握り占めたい川柳があるような気がしてならぬ。

 本音で川柳を語りたい仲間が、胆振という沃野でめぐり逢うた。魂が触れあうた三本の
矢は、個々のビジョンを携えて泥まみれのまま声をあげた。この仲間との出遭いが幸運かどうかは未確認物体のままだ。ただ信じあえることを強固な味方にして・・・・。

 詩人、原子修氏の透明感溢れる序文、『泥』詩は、私の心を揺さぶり、『泥』発刊への華を添えて頂いたことは、望外の喜びであり、心より感謝を申し上げたい。

 川柳は生きざまの表出というなら、潔い生き方とは縁遠い私は、いまだ迷走し続けているからこそ、川柳もまだ混迷状態、それでも怖じず生きる私は、痛切な戦きにも似たものが、わが体内に蠢きはじめた。それは何を意味するのか、私にも解らない。このまま泥の中を這えずリ回って終わるのか、あるいは強靭な根を張り、美しい花を咲かせることができるのか。不安と怖れがよぎる。

 満身創痍覚悟で、あえて船出する我が同胞よ、海図無き船出はどんな嵐が待っているのか、期待で胸が高鳴る。 

 長い景気の低迷と比例して、決して甘くはない川柳界、石の礫をはっしはっしと交しながらの航海もまた愉しからずや、と、平和呆けした私は不遜にも考える。

         いま川柳歴史の渦中にいるあなた、  
               泥と一緒に模索していきませんか。
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