日本維新の会が3月30日党大会を開催、党綱領を決めた。自分たちが決めたことをどれ程理解しているか分からないが、橋下徹らしい立派な言葉を並び連ねている。
「都市と地域、個人が自立できる社会システムを確立」と三者の自立を同列に扱い、前二者を個人の自立の上に置いていない認識が否応もなしに理解不足の疑いを生じせしめる。
《維新綱領の要旨》(時事ドットコム/2013/03/30-16:54)
そもそもからして日本維新の会のウエブサイトには「党大会お知らせ」の項目はあるが、「日本維新の会党綱領」という項目が未だ記載されていない。前以て決めていた党綱領だろうから、党大会と同時にいち早く国民に詳細に知らせる情報共有の姿勢を取ってこそ、国民と共にあろうとする姿勢を窺うことが可能となるのだが、そうなっていないところを見ると、言行不一致、有言不実行を感じ取らざるを得ない。
では、記事が伝える綱領要旨の最初の2項目を見てみる。
1項目「日本維新の会は、都市と地域、個人が自立できる社会システムを確立し、世界で常に重要な役割を担い続ける日本を実現する。」
2項目「わが国の歴史と文化に誇りを抱き、良き伝統を保守しながらも、多様な価値観を認め合う開かれた社会を構築する。地域や個人の創意工夫、自由な競争で経済と社会を活性化し、賢くて強い日本を構築する。」――
「日本維新の会は、都市と地域、個人が自立できる社会システムを確立し」と言っていることは、現状では確立していないことの裏返しの表現であろう。
現実に於いても地方分権=地方の自立は今以て確立できていない。いわば地方は国家の地方に対する支配を許しているということである。
このような国家(=中央)による地方支配の構造を以って中央集権と言っているはずである。
では中央集権の由って来たる理由は何かと言うと、組織とか機構とかは個人の集団によって成立しているのだから、組織・機構が自立していないということは個人が自立していないことになる。
自立していない個人が組織している組織・機構だからこそ、組織・機構にしても自立していない状態に陥る。
個人個人が自立していたなら、組織・機構自体の自立をイコールとするはずである。
いわば個人の非自立が反映した組織・機構の非自立であるはずである。
では、中央に位置する国家自体は自立しているかというと、国家自身が自立していたなら、国家を構成する日本人だけが自立していない自己矛盾を生み出すことになり、個人の非自立に対応した国家の非自立と見なければならない。
もし国家が国家を構成する個人と共に自立していたなら、国家の自立は地方にも反映して、地方に対しても対等の自立を求めるはずだから、現実にはその逆の上に立つ国家が下に位置する地方等の組織・機構の自立を抑制していることになる。
この抑制の構造は国家が地方に対して相互に自立した対等な関係ではなく、対等とは反対の上に位置している上下の関係性が可能としている、国家の非自立に対応した下の自立に対する抑制であろう。
要するに兼々言っているように国家と地方は権威主義関係にあるということである。上を上位権威に置き、下を下位権威に位置づけて、上の権威が自らを絶対として下の権威を従わせ、下の権威が上の権威に従う上下の従属的関係性をそのまま反映させた上の非自立が強いることとなっている下の自立の抑制であり、相互対応としてある非自立ということであろう。
では、個人の非自立を反映させて国家・地方共に非自立の存在であることを前提として党綱領2項目の「わが国の歴史と文化に誇りを抱き、良き伝統を保守しながらも、多様な価値観を認め合う開かれた社会を構築する。地域や個人の創意工夫、自由な競争で経済と社会を活性化し、賢くて強い日本を構築する。」を見てみる。
自立した個人こそが他に支配されない、あるいは他に従属しない自立した認識を持ち得る。
逆に自立していない個人は他に支配された、あるいは他に従属した認識しか持ち得ない。
この最適の例として戦前の1937(昭和12)年3月文部省が「国体の本義」を刊行して全国の官公庁や学校に配布、国民の国家観、伝統観を支配・規定した例を挙げることができる。
日本という国を天皇を親として、国民をその子ども――赤子と位置づけることで皇室を宗家とする一大家族国家と規定して、天皇への絶対従属を説き、そのことの正当化理論として共産主義の温床と理屈づけて個人主義を排撃し、西洋文化を排除、国民を日本文化と伝統を絶対とする全体主義に導いた。
もし当時の日本人がそれぞれに自立していて、自らの考えで自らの行動を決めていく姿勢を獲得し得ていたなら、現在でも自立していないのだから、あり得ない仮定選択肢なのだが、「お国のために、天皇陛下のために」と無条件・無考えに戦争遂行に協力することはなかったし、勝敗逆転が不可能とな敗色濃厚となった早々の時点で国民自身が戦争を止める自立した力となり得ただろうが、国民が軍国日本の意志代弁者であることから離れて自らの意志を示すことができたのは日本がポツダム宣言を受け入れて敗戦が決まってからであった。
だからと言って、自立した存在となり得たわけではない。単に戦争の責任を怒りに任せて政府と軍部になすりつけた意志表示に過ぎなかった。
要するに「わが国の歴史と文化に誇りを抱き、良き伝統を保守」するについても個人の自立を基本としなければ、その人独自の生きた知識・教養として身につき、その人独自の自立した行動性に結びつかないということである。
勿論、戦前のように上が解釈した歴史と文化、伝統に一律的・画一的に従属した全体主義的な行動性は期待できる。「国体の本義」がその重要な役割を担った。
上記記事が紹介する日本維新の会党綱領の最後の2項目、「日本が世界で名誉ある地位を占めることを実現する。価値を共有する諸国と連帯し、世界の平和に貢献し、文明の発展と世界の繁栄に寄与する。」にしても、「国家再生のため、決定でき責任を負う民主主義と統治機構を構築するため体制維新を実行する。」にしても、日本人全体が自立した存在たり得ていなければ、「世界で名誉ある地位を占める」ことも、「国家再生のため、決定でき責任を負う」ことも困難となる。
自立するということはまた、主体的存在となるということ意味する。主体的であることが可能とする「世界で名誉ある地位」であり、「決定」と「責任」だからだ。
主体的でない存在が組織や機構を代表して決定し、責任を負うということは矛盾そのもので、大した決定も責任もできない。当然、どのような名誉ある地位も期待できない。
以上書いてきたことを振り返ると、党綱領が立派な言葉を並べて決めたことの実現のすべては個人の自立を何にもまして要件とすることによって出発点とし得ることになる。
だが、立派な言葉を並べただけで、そのことへの視点を欠いている。
日本の教育自体が教師が伝達する知識・情報に従属させるだけで、結果として児童・生徒が自ら考えて自分なりの知識・情報へと高める過程を欠き、その過程で獲得していく個人の自立を阻んでいるのである。
日本の教育が児童・生徒に対して個人の自立を促す教育たり得ていない以上、日本の教育システムを根本的に替えなかればならないはずだが、教育に関しては「基本的な考え方」として、教育の機会平等の保障にしか触れていない。
この記事の冒頭で、「自分たちが決めたことをどれ程理解しているか分からないが」と書いたのはこの点を指す。
学校社会が一般社会に送り出す人材を自立していない人材として送り出す循環を繰返していたなら、日本維新の会党綱領がいくら立派な言葉を並べ立てたものであっても、絵に描いた餅と化しかねない。
例え地方分権がそれなりに体裁を整えることになったとしても、自立していない人間が地方を組織するという滑稽な状況が生じる。上の権威に位置する官僚が自立していないままに権威のみを力に国家を運営しているようにである。
当然、満足に機能する「決定」や「責任」は望むことはできない。満足な「決定」や「責任」の存在しない場所に迅速かつ生産性の高い役割は期待できない。
中央と地方の上下関係が両者間の格差の原因となっている効率性の悪い中央集権であっても、兎に角国家運営を成り立たせているように、形式だけの地方分権であっても、格差や過疎化を抱えたまま地方を成り立たせていくことはできる。
個人の自立への視点を欠いたまま。
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