日本プロ野球の錚々たるメンバーを揃え、「金メダルしかいらん」と臨んだ北京オリンピック野球で、星野ジャパンは銅メダルも獲れずに4位で終わって帰国した。その成績に各方面から批判が集中しているという。
楽天の野村監督が「仲良しグループをコーチに選んだ時点で、だめと思った」、「投手出身の監督は視野が狭い。今年の岩瀬はオープン戦から調子が悪かった」(「asahi.com」)とコーチや選手の起用方法の間違いを指摘したと言うことだが、そういった技術面のことは専門家に任せるとして、そもそもの間違いは「金メダルしかいらん」と金メダル獲得を「絶対」としたことではないだろうか。
「金メダル欲しいね」、とか、「ここまで来たら、金メダル獲って帰ろう」とかの強い願望を超えて、それしかいらないと戦う前から獲得を「絶対」と決め付けたのである。
本人としては選手の意識を金メダル獲得に向けた一点に集中させ、金メダル獲得へとモチベーションを高めさせる目的で公言したのだろうが、選手も当初はその気になったとしても、そこに少しでも狂いが生じると、逆に選手を余裕のない断崖絶壁に追い込むことになる諸刃の剣であることに星野監督は気づかなかったらしい。
少々大袈裟なことを言うと、独裁権力を以てしても「絶対」を実現させるのは難しい。ヒトラーはドイツ民族の優越性を掲げて世界支配を目論んで戦争を仕掛けたが、世界支配どころか、戦争に敗北し、ピストル自殺する惨めな結末を迎えている。
戦前の日本は天皇絶対主義に裏打ちさせた日本民族優越論のもと、世界の頂点に立つ資格のある民族だと信じて中国侵略、アジア侵略の戦争を仕掛けたが米国に阻まれ、惨めな敗戦で終わっている。
確かに日本のプロ野球の一流選手を集め、金メダルを獲ってもおかしくないメンバーだが、野球といった団体競技の場合はレスリングや柔道といった一対一の個人競技の闘いと違って、同じ一人の人間が試合を終始支配するわけではない。同じ一人の人間を相手とした駆け引きを含めた技術の差、気力の差、体力の差、コンディションの差等で戦いが支配を受けるわけではない。一人が複数の人間を相手にし、同時に複数が複数を相手とする競技である。一対一の個人競技でさえも「絶対」は存在しないのだから、ましてや複数の人間が相戦う団体競技に「絶対」は存在しようがないはずである。
監督は自チームと相手チームの複数の選手を相手としなければならないし、監督自身が直接プレーするわけではないから、監督の試合に対する支配は常に間接的であって、直接的戦う選手にしても常に「絶対」は存在しないのだから、間接的となると、「絶対」とは程遠い試合に対する支配となるはずである。例え試合に勝ったとしても、反省点のない勝利はまず存在しないだろう。
優勝した韓国チームにしても「絶対」が保証した優勝ではあるまい。
同じ個人競技でも水泳とか陸上競技といった場合は戦う相手は自分自身であろう。他の選手の記録が気になることはあっても、基本的には戦いに臨んだときの自身の集中力、技術力、コンディション等が競技を支配する。泳ぎ切る間、同じレースに臨んだ他の選手の力の支配を直接的に受けるわけではない。自分のみの力の発揮――どれだけ力を発揮できたか、競技をどれだけ支配できたかで成績が決まってくる。
競泳の北島はアテネに続いて100と200の平泳ぎで連続の2冠、金メダル獲得を成し遂げたが、どうレースを支配するかは直接的には自身の力にかかっているから、自分が「金メダルしかいらん」と金メダル獲得を「絶対」とすれば可能となる、だから金メダルを獲得できた言うことはできるが、金メダル獲得に向けてどうモチベーションを高めていくか、どうコンディションを最高潮に高めていくかは本人の集中力、精神性、技術力にかかって左右される発揮であって、左右される以上、その「絶対」は相対的なものでしかない。
スタート台からプールに飛び込んで水を一掻きしたとき、自らの調子におや、おかしいぞと思うこともあるだろうし、そう思った途端になかなか力強く前に進まなくなるだろうし、逆に最初の一掻きに力強さを感じたなら、その力強さは一掻き一掻きしていくうちに確かな手応えを伴って増幅していくだろう。 常に「絶対」ではないのだ。
「絶対」は存在しない。「絶対」が存在したなら、ピッチャーは投げるたびに完全試合を成し遂げることになるだろう。打者は打席に立つたびにホームランかヒットを叩き出すことになる。当然、「この楯はどのような矛も防ぎ、この矛はどのような楯も突き通す」といった話になってくる。
大体が星野監督の日本のプロ野球での監督の成績は中日ドラゴンズ時代の11年間で2回の優勝、阪神時代は2年間で1回の優勝を果たして確率は高いものの、いずれの場合も日本シリーズでは敗れている。いわば、星野監督自身が「絶対」ではなかったのである。
「金メダルしかいらん」といった金メダルを「絶対」とする精神主義だけでは片付かないと言うことだろう。
星野監督は戦う前から「金メダルしかいらん」と金メダル獲得を「絶対」とした。星野ジャパンチームを戦う前から金メダルの位置に置いた。チームに選抜された各選手が星野監督の言葉を受けて、自分たちは日本のプロ野球の一流選手たちばかりだから、金メダル獲得は当然だと思ったとしたら、星野監督同様に選手たちも金メダル獲得を「絶対」としたことになる。戦う前から星野監督同様に選手自身も自分たちのチームを表彰台の金メダルの位置に置いたことになる。
相手の力、相手の調子、相手との駆け引きで決まる自分たちの力であって、「絶対」は存在せず、常に相対的力なのだから、そのことは監督も選手もペナントレースで学んでいるはずだが、そのことを忘れて自分たちの力を金メダル獲得を「絶対」とする高みに置いたことになる。その時点で既に戦いに関する合理的判断能力を失って思い上がっていたことになる。
金メダル獲得を「絶対」とする以上、大事な緒戦でもある金メダル候補のキューバとの一戦を勝利しなければならないはずだが、4対2と敗れて、「絶対」の出鼻を挫かれてしまった。「絶対」が如何にあやふやなものか学ばずに、星野監督はあくまでも金メダル獲得に拘り、金メダル獲得を「絶対」とし続けた。
金メダル獲得「絶対」を基準として戦うことになるから、ちょっとした失敗も許されないことになる。エラーも凡打も三振も許されないことになる。金メダルが遠のくにつれ、ちょっとした失敗も許されないという緊張感が強まっていったに違いない。選手に覇気がなかった、チームとしてのまとまりがなかったという指摘は「絶対」の前に萎縮した姿がそう見せたのではないだろうか。
「金メダル獲得に向けて頑張る」なら理解できる。あくまで「獲得に向けて」の願望であって、獲得を「絶対」としていないからだ。「絶対」からスタートするのではなく、願望を実現するにはどう戦ったらいいかという場所からスタートすべきだったろう。願望でさえも相手の力との相対関係で決まる。
星野監督は韓国とキューバの決勝戦を「(韓国が)勝てと思って見ていた。アジアの野球のレベルの高さが証明された」(「asahi.com」)と言ったということだが、「アジアの野球」の中には日本の野球も入っているのだから、日本の野球のレベルも高いとする前提に立った発言となる。
だが、日本のプロ野球チームから一流選手を掻き集めた星野ジャパンは4位に終わった。確かに日本の野球はレベルが高いだろが、北京オリンピックではそのレベルの高さを証明できなかった。
レベルの高さにしても常に「絶対」ではないことを失念した、「金メダルしかいらん」と金メダル獲得を「絶対」としたのと同じく星野監督の合理的判断能力を失った「アジアの野球のレベルの高さが証明された」の発言であろう。
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