安倍晋三が4月22日(2015年)、インドネシアのジャカルタで開かれたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議で演説した。2005年、当時の小泉純一郎が先の大戦の反省と心からのお詫びに触れたのに対して安倍晋三が触れるかどうか、今夏発表予定の「安倍晋三70年談話」との関係でマスコミが取り沙汰していたが、先の大戦への「反省」に言及する一方で、「おわび」には触れなかったと伝えていた。
小泉純一郎がどう触れたか、首相官邸HPにアクセスしてみた。
《アジア・アフリカ首脳会議における小泉総理大臣スピーチ》
小泉純一郎「我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します」・・・・・・
対して今回の安倍晋三。《アジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議における安倍晋三スピーチ》
卑劣なテロリズムの世界での蔓延、感染症や自然災害の常態化した猛威等に関して、「強い者が、弱い者を力で振り回すことは、断じてあってはなりません。バンドンの先人たちの知恵は、法の支配が、大小に関係なく、国家の尊厳を守るということでした」と言い、「どの国も、一国だけでは解決できない課題です」と言って、「共に立ち向かう」ことを誓った上で、【日本の誓い】と題して次のように発言している。
安倍晋三「日本は、これからも、出来る限りの努力を惜しまないつもりです。
“侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。”
“国際紛争は平和的手段によって解決する。”
バンドンで確認されたこの原則を、日本は、先の大戦の深い反省と共に、いかなる時でも守り抜く国であろう、と誓いました。
そして、この原則の下に平和と繁栄を目指すアジア・アフリカ諸国の中にあって、その先頭に立ちたい、と決意したのです」・・・・・・
要するに日本の「植民地支配と侵略」を小泉純一郎のように直接的に取り上げて「深い反省の意」を改めて表明して、その上で今後の日本の進むべき道を示すのではなく、「“侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。”」、そして「 “国際紛争は平和的手段によって解決する。”」と確認したバンドンの原則を守り抜いていくことを今後の日本の進むべき道とする決意を述べ、その決意は「先の大戦の深い反省と共に」あるとすることで、原則と反省を一対のものとする同時進行形の形を取らせているが、侵略等の軍事的脅威はあくまでも今後の備えとする、そのことにウエイトを置いた位置づけとなっている。
このような位置づけをマスコミは中国の海洋進出が念頭にあるのは間違いないと伝えているが、中国の海洋進出と可能性として想定される侵略を牽制するためには日本がかつて起こした戦争について一言反省の文言を入れなければ整合性が取れないための「先の大戦の深い反省」であるなら、単なるご都合主義からの方便と化す。原則と反省の一対化も形式に過ぎないことになる。
日本の「植民地支配と侵略」を直接的に言及しなかったことも頷くことができる。
大体がバンドンの原則を掲げて、「“侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。”
“国際紛争は平和的手段によって解決する。”」と言い、今後の日本の進むべき道だ決意としていること自体がご都合主義で成り立たせている。
ロシアが国際法とウクライナの主権と領土の一体性を軍事力で以って侵害し、2014年3月18日にロシアに併合する以前の3月7日、アメリカは敏感に反応してロシアとウクライナの個人、企業対象の制裁を発動する大統領令に署名している。
同じ3月7日、安倍晋三はオバマ大統領と電話会談、ウクライナの主権と領土の一体性を尊重することが重要だという認識を一致させたものの、対ロシア制裁に関しては支持する発言を回避したと伝えられている。
安倍晋三は中国に対して常日頃から“力による現状変更”に警告を発していた。ロシアがクリミアにウクライナ政府に対する反政府軍に装わせたロシア軍を派遣して軍の活動を活発化させ、クリミアを事実上掌握して“力による現状変更”を着々と進めているにも関わらず、そのことに対する拒絶反応は鈍かった。
安倍政権が2014年3月11日の親ロ派武装勢力によるクリミアのウクライナからの独立宣言後は口では、「ロシアがクリミア自治共和国の独立を承認したことはウクライナの統一性、主権 及び領土の一体性を侵害するものだ」、「力を背景とした現状変更の試みを決して看過でない」と抗議をしたものの、ロシアに対して制裁を科したのは6日後の3月17日になってからで、その内容も日ロ間の渡航者のビザ発給手続きを簡略化するための協議停止、新投資協定や宇宙協定、危険な軍事活動防止に関する協定などの日ロ間の新たな交渉開始を見合わせるといった、アメリカ、EUがロシア政府やロシア政府高官、ロシア企業、あるいはロシアと深い関係を持ったクリミア企業に対してビザ発給停止や貿易停止、資産凍結、投資停止等と比較して直接的な打撃とはならない当り障りのない格落ちの制裁に過ぎなかった。
だから、マスコミから欧米とは周回遅れの欧米に形だけ追随した実効性の薄い制裁と言われることになった。
ロシアの“力による現状変更”に、プーチンとの深い関係からだろう、普段口で言っている通りに素早い反応で原則を貫くのではなく、逆に原則を投げ捨て、事勿れな形式的な対応で応じるご都合主義に終始したのである。
にも関わらず、アジア・アフリカ首脳会議では、「“侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立を侵さない。”」ことと、「 “国際紛争は平和的手段によって解決する。”」としたバンドンの原則を掲げて、その原則を守り抜いていくことを今後の日本の進むべき道とする決意を宣言した。
この決意宣言を言葉通りには受け止めることができるだろうか。ご都合主義の前科がある。
「“国際紛争は平和的手段によって解決する。”」としていることも、日本国憲法第9条を厳格に守ってこそ掲げることのできる原則であって、憲法解釈による集団的自衛権行使の法制化を進め、自衛隊の海外派遣を策し、米軍やその他の外国軍隊の後方支援を自衛隊の任務とすることを考えている関連から言うと、原則を原則としないケースも想定されることになって、想定が事実となって現れた場合、原則はその時々の都合によって原則を離れるというご都合主義の形を現すことになる。
安倍晋三のバンドン会議での演説はかくかようにご都合主義で成り立っている。もし安倍晋三が小泉純一郎のように日本の「植民地支配と侵略」を直接的に取り上げて「お詫び」や「深い反省の意」を言葉にしたなら、それがご都合主義からの発言であっても、そのようには解釈されずに後世にまで言葉にしたままに事実と解釈されて記録されることになるだろう。
そのことを避けるためにその言葉を巧妙に回避して、今後の侵略の脅威を前面に出した文脈で「深い反省の意」を潜り込ませたご都合主義なのは間違いないと見たが。