2025年3月28日付「NHK NEWS WEB」記事が、同3月28日に自民と立憲の幹部が政治とカネの問題を巡って自民党旧安倍派幹部の世耕弘成前参議院幹事長の参考人招致を行う必要があるとの認識で一致、それを受けて参議院予算委員会が世耕弘成の参考人招致を全会一致で議決したと伝えていた。
本来なら、参議院自公与党反対多数で否決されるのだが、昨2024年10月の衆議院選での与党過半数割れが安倍派政治資金パーティーの裏ガネ疑惑が主として招いた結末であり、今年2025年3月からの衆参政倫審で安倍派疑惑幹部が真相追及を受ける証言に立ったものの、真相解明には程遠く、却って疑惑を深めることになり、今夏の参議院選挙で衆院選の二の舞いとなって降りかかる逆風を恐れ、それを避けるために止むを得ず疑惑解明の積極的な姿勢を見せる必要性からの自公与党も賛成の全会一致ということなのは誰の目にも明らかであろう。
いわば自公与党側にしたら、議席を守りたいがための背に腹は変えられない全会一致といったところなのだろう。
世耕弘成の参考人出席は任意だが、世耕弘成には断る理由はない。政倫審の弁明で、「公式機関である東京地検特徴部が多大な人員と時間を割いて、多数の関係者から事情聴取を行い、関係先を捜索するなどして徹底調査された結果、法と証拠に基づいて私については不起訴嫌疑なしと判断をされたわけであります」と、内心、胸を張ってだろう、自らの潔白を宣言し、自民党佐藤正久の生ぬるい追及に対しては、「これは刑事的には私は不起訴、嫌疑なしですから、真っ白なわけでありますけれども」と主張、この「真っ白」の心境を言い換えると、恐いものなしということになるはずだから、何度参考人招致を要請されても、要請されるたびに正々堂々とした態度で身の潔白を訴えるはずだ。
安倍派幹部西村康稔、塩谷立、下村博文、世耕弘成の4人が出席した2022年4月の安倍晋三出席の会合で安倍晋三が申し渡した、安倍派政治資金パーティーでの派閥所属議員に課したノルマを超えた売り上げ分の現金還付中止について2024年3月1日政倫審で自民党の武藤容治に対する答弁の中で西村康稔は次のように証言している
「(安倍会長から)現金は不透明で疑念を生じかねないから、こうして現金の還付はやめると、まあ、還付そのものをやめるということで、我々方針を決めて対応したわけであります」――
要するに安倍晋三はノルマを超えた分の現金還付は、「不透明で疑念を生じかねない」性格のものだという理由付けで中止を指示した。透明そのもので、疑念を受けるような筋合いのものではないなら、中止する必要性は生じない。
例え世耕弘成の収支報告書不記載が嫌疑なしの真っ白だったとしても、現金還付を真っ白とすることはできないことを意味させていることになる。つまり還付現金の収支報告書不記載を未知の事実、全く知らなかったことだとしていたとしても、少なくとも真っ白とは言えない違法性を臭わしたと受け止めなければならない。
このことは4月の会合に出席していた西村康稔のみならず、その場に居合わせた塩谷立も、下村博文も、世耕弘成も、その時点で現金還付の違法性を既知の事実としていなかったとしても、現金還付そのものは真っ白ではないと違法性を暗示されたことをほぼ同じように共通認識としていなければならないことを示すことになる。でなければ、安倍晋三が「現金は不透明で疑念を生じかねないから、こうして現金の還付はやめる」と指示したとする事実を消し飛ばしてしまうことになる。
要するに安倍派幹部の4人が4人共に現金還付の違法性を既知の事実としていなかったとしたら、安倍晋三が自ら発した"不透明"、"疑念"のキーワードから現金還付はどう真っ白ではないのだろう、どのような違法性の指摘なのだろうかと少なくとも不審の念に駆られることになったはずだ。
そしてこのことは各幹部のそれぞれの政倫審での証言の中に見えてこなければ、現金還付が真っ白でないこと、違法性が関係していることを既知の事実としていて、それを隠すためにそれぞれが虚偽の証言をしていたということになる。
念には念を入れる意味で改めて断りを入れる。安倍晋三の現金還付中止指示、「不透明で疑念を生じかねない」は現金還付を真っ白とは扱っていない示唆そのもの――違法性の指摘そのものと受け止めなければならない。
では、2024年3月14日午前中の参議院政倫審から世耕弘成の2022年4月の会合に関わる証言が現金還付を一切の違法性抜きに真っ白なのものと扱っていたのか、違法性を疑い、真っ白とは扱っていなかったのかを見てみる。前者なら、虚偽の証言を混じえていたことになる。
日本維新の会の音喜多駿は参院政倫審で世耕弘成に対して「令和4年4月に安倍元首相はキックバックをやめると言ったとき、安倍元首相は違法性の認識を持っていたかどうかお分かりでしょうか」と質問しているが、安倍晋三自身が口にしたとしている"不透明"、"疑念"のキーワードから現金還付を真っ白とは扱っていなかった、違法性を臭わせたと読み解くことができなかったようだ。
対して4月の会合の場に居合わせていた世耕弘成の答弁。
世耕弘成「そのミーティングではですね、違法性についての議論は一切行われなかったと思います。先程申し上げましたけれども、安倍会長からですねえ、ノルマ通りの販売にするからというご指示が出た場だというふうに思っています。私はそこで意見を述べるというよりは、参議院側にそのことをしっかり伝達をする役割として呼ばれてるというふうに認識をしておりました」
「違法性についての議論は一切行われなかったと思います」と言うことは、その場では現金還付は違法でも何でもなく、真っ白だと見ていた。安倍晋三の"不透明"、"疑念"のキーワードから現金還付は決して真っ白ではないことの心証を持つことすらなかった。ただ単に中止指示が出た場に過ぎなかったとしている。
安倍晋三の"不透明"、"疑念"のキーワードが持つ現金還付制度の性格と世耕弘成自身が受けた心証との矛盾を解くとしたら、世耕弘成の答弁自体を偽証そのものとしなければ整合性は取れないが、ごく自然な当たり前の心証を機能させるべきを機能させることができなかった理由は4月の会合自体が実際には存在しなかった作り事と見るほかない。
実際に存在した会合なら、安倍晋三が口にした現金還付中止のキーワードから真っ白とは言えない違法性を考慮して、その違法性に終止符を打つべく、現金還付を違法とはならない方法に変えて、若手や中堅議員の政治資金の手当てに役立てると同時に従来の現金還付は4月の会合後に直ちに廃止に(中止ではなく、廃止にである)持っていくべく実行に移していたはずだ。
ところが安倍派幹部の誰もが一旦は中止したが、誰が決めたのか、従来どおりの違法性を持たせた現金還付が再開されていたなどと無責任丸出しなことを決め込んでいる。4月の会合での安倍晋三の"不透明"、"疑念"の言葉が示した真っ白とは言えない違法性を厳格に考慮すべきを、そうしなかったことになるのだから、この一事を以ってしても、実在した4月の会合とは言えない。
世耕弘成の還付金の仕組みについての答弁に関しても偽証かどうかを窺ってみる。自民党佐藤正久の質問に答えた世耕弘成の証言。
「この還付金の仕組みがですね、いつ始まったかこれ本当に分かりません。あの何年前と言えればいいんですけれども、少なくとも10数年前には始まっていたというふうに思います。
ただ私はですね、若い頃はノルは達成が精一杯だったというふうに思ってますので、その還付金制度っていうものを殆ど意識しないでですね、パーティー権の販売をしてきてました」
竹谷とし子議員(公明党)「世耕議員が以前はノルマ以上に売れなかったけれども、最近は売れるようになってきたということで、ノルマ以上に自分ご自身が売っている。そして還付金の制度があるということを知っているということは、自分にも還付があったというふうに思うのが、感じるのが普通じゃないでしょうか」
世耕弘成「いやいや、ですから、還付金があったということ自身はですね、(2022年)11月の報道で明らかになったあと、私は知ったわけであります。還付金はですから、若い頃はそもそも完付金が貰えるような立場になかったので、先程もご説明したように2012年からは私自身、自分で自分の事務所の会計を日々細かくチェックすることができなくなったので、その頃にはもう相当ノルマが上がってきてますから。私は逆にノルマ売れてるのか心配で、一度にはノルマ行けてるかって言ったら大丈夫ですと言われて、それ以降報告がないので、私は自分のとこはノルマ通りに売ってるもんだというふうに、これは結果としては誤った認識ですけれど、認識をしていたわけであります」
共産党山下芳生に対する答弁。
世耕弘成「そういう還付金という仕組み、ノルマをオーバーすれば、そのオーバー分を返してもらうという仕組みが、清和会にはあるということは、私は随分前から、ま、10年以上前だと思いますけれども、認識をしておりました。
でも、それを自分が受け取ってるということはですね、全く思っていなかった。若い頃はノルマ通り売るのが精一杯でしたし、段々勤続年数が長くなった、ポストが上がっていくとノルマもすごく高くなっていく中で事務所の方からノルマ、オーバーしましたという報告がない限りは、ノルマ通り精一杯売ってるんだろうというふうに思っていました。ですから、還付金という仕組みはあること。それを知ってましたが、まさか自分が受け取ってるとは思っていなかった。そして受け取ってると思っていなかったので、その還付金が政治資金収支報告上、どういう処理をされてるかということについては、私自身深く考えることがなかったということであります」
ノルマを超えた分の現金還付の制度があることは10年以上前から認識していた。但し若い頃はノルマ通り売るのが精一杯だったし、勤続年数の長期化とポスト上昇に応じてノルマとしての売り上げ金額が高くなって、いわばノルマに応じるのが一杯一杯で、還付金をまさか自分が受け取ってるとは思っていなかった。
この答弁にウソ=偽証を紛れ込ませているかどうか見てみる。
勤続年数の長期化とポスト上昇に応じてノルマ金額が上がっていったということはノルマを超える売上を長期に亘り十分な実績としていて、その実績がポスト獲得へと貢献する形にもなったことの結果であって、実績としていなければ、ノルマ金額を上げても、それだけが上がって、実績は変わらないというムダな現象を招くだけのことだから、世耕弘成自身のノルマが上がったということは、当然、売り上げ実績に対応した応分の要求であって、「ノルマに応じるのが一杯一杯」は虚偽証言以外の何ものでもないと指摘できる。
また、売り上げ実績がないままに勤続年数だけが長期に亘ったとしても、派閥に対する貢献度は低く評価されて、人材として特に優秀な部類に入らなければ、派閥を後ろ盾としたポストの獲得は容易ではないだろう。
さらに言うと、世耕弘成の上記発言は安倍晋三が「現金は不透明で疑念を生じかねないから」とした現金還付の、いわば真っ白ではないという違法性を取り去った扱いをしているのと同じく、ノルマを課す意味をも取り去っている。
ノルマを課す意味は派閥が所属各議員に勤続年数や役職経験等に応じて要求する貢献の基準と看做していることにあるはずである。各議員側にしても、売り上げの額そのものが派閥に対する貢献の度合いを示すことになる。上昇志向の強い野心ある議員にとってノルマ超えの売り上げに奮闘し、しかもノルマ超えは現金で還付されるから、派閥に対して自分がどれ程に貢献したかが数字で示すことになる上に還付現金を表に出ないカネとして政治活動にも自由に使えることから、一石二鳥としての有り難い価値を持っていただろうし、否応もなしにノルマを大きく超える売り上げに励み、反対給付としての役職の提供を望つつノルマの効用に応える努力を果たしたはずである。
また、世耕弘成がノルマどおりに売っているに違いないなどと悠長に構えていることができる程度におとなしい上昇志向の持ち主だったなら、安倍派参議院の約40人もいる清風会の会長を2016年から裏ガネ疑惑を受けて2024年2月に解散するまで約7年間も務めてはいないだろうし、2024年の総選挙で参議院からポスト獲得の機会がより多い衆議院に転身して、当選を果たすこともしなかったろう。
この上昇志向は世耕弘成の2018年から2022年の時効分5年間の収支報告書不記載金額合計1542万円が示すノルマ超えの売上にも現われている。
いわば世耕弘成はノルマを超える売上げに頑張ってきたのであり、その頑張りは上昇志向の程度そのものの現われでなくてはならないし、上昇志向の数値化がノルマを超えた1542万円という金額そのものとなる。しかも時効分の2018年までの金額だから、それ以前を含めると、相当な金額となり、「段々勤続年数が長くなり、・・・事務所の方からノルマ、オーバーしましたという報告がない限りは、ノルマ通り精一杯売ってるんだろうというふうに思っていました」は明らかに偽証そのものと言える。
「若い頃はノルマ通り売るのが精一杯だった」としていることも、世耕弘成の家系を見ると、正反対の答しか導き出すことができない。世耕弘成の祖父の世耕弘一が近畿大学創設者であると同時に大臣も務めたことのある衆議院議員であったこと。近畿大学の総長であった伯父の世耕政隆が衆議院議員時代に自治大臣兼国家公安委員会委員長として入閣したこともある政治家であり、世耕弘成自身が世耕政隆の死去に伴う1998年11月の参議院和歌山県選挙区の補欠選挙に自由民主党公認で出馬し、初当選したこと。さらに父親の死去に伴い、2011年9月から就任した近畿大学理事長職が現在まで10年以上に亘っていること等々をベースとした様々な自他の関係性や縁故関係が自ずと築き上げることになったであろう幅広い人脈を考えると、若い頃であっても、パーティ券を売るツテに不自由することは先ず考えにくく、「若い頃はノルマ通り売るのが精一杯だった」は限りなく偽証の疑いが出てくる。
以上、世耕弘成が政倫審証言で偽証していることとこれらの偽証との関係で4月の会合がデッチ上げとしか見えない様子は質疑に入る前の弁明発言に別の意味解釈を与えることになる。
その発言をいくつか挙げてみる。
「私自身は派閥で不記載が行われていることを一切知りませんでした。とは言え、今回の事態が明らかになるまで事務的に続けられてきた誤った慣習を早期に発見・是正できなかったことについては幹部であった一人として責任を痛感しております」
「今回の事態が明らかになるまで、自分の団体が還付金を受け取っているという意識がなかったため、還付金について深く考えることはありませんでした。
もっと早く問題意識を持って還付金についてチェックをし、派閥の支出どころか収入としても記載されていないこと、自身の資金管理団体でも収入に計上されていないことに気づいていれば、歴代会長に是正を進言できたはずとの思いであります」
「私が積極的に還付金問題について調査をし、事務局の誤った処理の是正を進言しておれば、こんなことにはならなかったのにと痛恨の思いであります」
自身に対する現金還付も還付現金の収支報告書不記載も2022年11月の報道で知ったとしている関係からしたら、前以ってできるはずもないことを、「早期に発見・是正できなかったことについては幹部であった一人として責任を痛感しております」だ、「問題意識を持って還付金についてチェックをしていれば」だ、「収入に計上されていないことに気づいていれば」だ等々、不可能をさも可能であるかのように仮定して、「歴代会長に是正を進言できたはずとの思いであります」と言い切るこのマヤカシは底が知れない。
特にこの「歴代会長に是正を進言」は4月の会合で安倍晋三が口にしたとしている「現金は不透明で疑念を生じかねない」と中止を指示した現金還付そのものに対して真っ白とは言えない違法性を嗅ぎ取る対応すらしなかったことになるのだから、ヌケヌケとした見せ掛けに過ぎない偽証そのものと断定できる。
嗅ぎ取るのが人間のごく当たり前の認識であることからすると、嗅ぎ取らなかったこと自体が4月の会合の存在自体の否定材料となる。4月の会合が存在しなかったからこそ、「当たり前の認識が機能するシーンを想定することができなかったということである。
世耕弘成の弁明でのできないことをできるかのように、あるいはするつもりもないことをしていたかのように仮定するこの物言いは典型的なウソつきがよく使う手で、世耕弘成をウソつきの部類に入れることができるが、これまでに指摘した偽証と4月の会合をデッチ上げと見ると、これらの弁明発言に別の意味解釈を与えなければならないことになる。
実際には還付現金の収支報告書不記載を前々から知っていたことだが、そのことを隠すために、「気がついていれば」とか、「問題意識を持って還付金についてチェックをしていれば」等々、実際にはできもしなかったし、するつもりもなかったことをできたかのように、していたかのように装う逆説手法の言い回しを用いることで事実知らなかったことだと強調できる利点を持ち、そのことを表面的には成功させている。
いわば誤魔化しの誤魔化しによって身の潔白の、現金還付も収支報告書に不記載処理されていたことも知らなかったことだとする証明としている。
誤魔化しの誤魔化しをさらに裏返すと、ノルマ超えの現金が還付されていたことも、その現金が収支報告書上不記載処理されていたことも知っていて、自由に使える裏ガネとして利用していたということになるはずである。