沖縄少女暴行対策と鳩山法相「冤罪ではない」発言とオウム信者住民登録拒否

2008-02-19 12:20:28 | Weblog

 取調べ刑事が被告の足を掴んで親族や職場同僚の名前を書いた紙を無理やり踏ませる「違法有形力行使」を犯してまで有罪とすることができる自白を引き出そうとした2003年の鹿児島県議選公選法違反事件。鹿児島地裁判決は無罪を言い渡している。

 どんな「踏み字」だったのか。「父親の名前 おまえをこんな人間に育てた覚えはない」

 取調べ刑事が自分はまともな人間に育っていると思っていたからこそできた「違法有形力行使」だったに違いない。

 「孫の名前 早く正直なじいちゃんになってください」

 実際に孫に正直でないと思われていて、正直になってくださいと言われたとしたら、泣かせる話だが、言われた方は形無しで豆腐の角に頭をぶっつけて自殺でもするしかない。事実は違って「落とす」目的の作り話に孫を持ち出す創作意欲には涙ぐましい努力まで窺えて頭が下がる思いがする。

 お笑いタレントが十二分に使えるネタでもあるが、偽りの方法で「正直」な人間だと認めさせるゴマカシにしても認めるゴマカシにしても嘘発見器が逆立ちしても敵わない巧妙な逆説性を漂わせている。果たすつもりもないウソの公約で自分を力ある政治家だと演出できる政治家の巧妙な逆説性といいとこドッコイの勝負だろう。

 鳩山法相は2月13日、法務省で開かれた検察長官会同(会同=会合のこと)の席上で「私は冤罪と呼ぶべきではないと考えている」と発言。冤罪の定義は「無実の罪で有罪判決を受け、確定した場合」であって、裁判の結果無罪判決を受けた場合は「冤罪」に当たらないと記者会見で自ら解説している。

 有罪か無罪かは裁判が決定する。罪が決定する裁判前の捜査の段階で警察は有罪と決めてかかって、有罪を前提に無罪の可能性を一切排除して有罪のみに導くべく「踏み字」といった「違法有形力行使」まで用いた。

 警察は捜査の段階で裁判所の役目まで担う越権行為を侵していたのである。しかも有罪のみに目を向けた断罪行為を行っていた。これを以て冤罪と言わずに何と言ったらいいのだろうか。警察が犯した「冤罪」なのである。鳩山法相は警察は冤罪を犯さない機関であり、裁判所だけが冤罪を犯すと思っていたようだが、単細胞に出来上っているからだろう。そのようにも単細胞の人間が法務大臣を奉職している逆説性も日本ならではの物凄さがある。

 多くの冤罪は警察と裁判所の共犯によって引き起こされるが、今回の例は警察が犯した冤罪を裁判所によって阻止され無罪を獲ち得たケースと言える。冤罪とは簡単に言うと、罪のないところに罪をつくることを言う。

 警察が犯した冤罪として日本の冤罪史に永遠に名を残すべきはオウム真理教が1994年に長野県松本市で猛毒のサリンを散布した事件の犯人を被害者でもある河野義行氏と断定、有罪を絶対前提に無罪の可能性を一切排除した違法捜査を挙げることができる。

 この冤罪には殆どのマスコミが加担し、煽りさえした。真犯人は河野義行だと有罪を絶対前提に無罪の可能性を一切排除した報道を率先垂範してタレ流し世間に流布させた。言ってみれば冤罪は裁判所や警察といった国家機関だけが犯すのではなく、民間も犯す特筆すべき例の一つに挙げることができる。

 松本サリン事件の真犯人に祭り上げられた河野氏は翌1995年3月に地下鉄サリン事件の発生を待ってやっとのことで冤罪から解き放たれることとなった。オウムが松本サリンのほとぼりが冷めるまでと息を潜めていたなら、警察の冤罪は裁判所の冤罪を巻き込み、有罪判決を受けた可能性すら考えることができる。勿論マスコミは裁判所・警察の冤罪に追随した行動を取っただろうということは間違いなく言える。

 オウム真理教あるいは「アーレフ」は現在でも団体規制法に基づいて公安当局によって危険団体とされ警察の観察下にあるが、まだ法を犯していないのに何をするか分からないという不安だけで、その対策として日本国憲法が定める「居住の自由」に反して日本各地の自治体が行っていた信者の転入届等の住民票の不受理は最高裁が違法とする判断を下しているが、人を見たら泥棒と思え式のオウム信者と見たら誰でも凶悪犯罪者だと思えの地方自治体による、あるいは地域住民による一種の「冤罪」行為ではないだろうか。

(【日本国憲法・第22条】「居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由」――(1)何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。 (2)何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。)

 「公共の福祉に反」した場合のみ、居住の自由は制限を受ける。

 オウム信者に対する上記経緯はかつての朝鮮人だから何をするか分からないと警戒した日本人の朝鮮人に対する、あるいは黒人だから危険だとする白人の黒人に対する精神的な「冤罪」に対応している。

 複数の人間を一個の邪な人格に一括りし、その物差しをすべての人間の人格に機械的に当てはめる。このことは冤罪以外の何ものでもない。あるいは親が殺人を犯すと、その子供まで「人殺しの子」と同じ人格を当てはめる冤罪と同根のものであろう。

 かつての日本人が朝鮮人を日本人よりも劣る人種としていたのも同じ類の「冤罪」である。今もそう信じている日本人が相当いるのではないのか。

 裁判所や警察、あるいはマスコミだけではなく、一般的な多くの人間があらぬ罪をなすり付けたり、ありもしない人格をなすり付けたりする「冤罪」を犯す状況から見たら、鳩山法相の「冤罪ではない」発言を批判してばかりはいられない。

 沖縄の少女暴行事件を受けて(容疑者は否認している)、政府は基地外居住の米兵に対して居住の条件や新たな基準を設ける厳格な制限と基地内居住米兵に対しても夜間外出制限の厳格化を要求しているそうだが、これもオウム信者に対する住民票不受理に相当する米兵すべてを性犯罪者だと一括りした「冤罪」措置に当たらないだろうか。

 2月18日(08年)の東京新聞朝刊インターネット記事≪出口なき怒り・不安 少女暴行1週間 逮捕米兵なお否認≫が次のように伝えている(一部引用)

 <米兵が集まるクラブの案内係の女性(65)は「今日は日本人の女の子も少ない」と話したが、通りで米兵と声を交わす二人の二十代女性は「怖いことなんてない。遊び方を知ってれば事件に遭うことはない」と素知らぬふり。>

 「今日は日本人の女の子も少ない」は普段はそれなりにいることを示している。米兵との「遊び方」がセックスをするところまでの若い女性がいるとしたら、そのことへの期待からその意図のない若い女性であっても時間と場所、あるいは服装で対象と判断され、それ相応の誘いを受けることになる。見知らずの相手からの誘いはその応諾の度合いで関係の度合いまでも推測されて、度合いに応じた期待と準備行動へとつながっていく。例え今回の少女がオートバイに乗っただけのことでセックスまでいくつもりはなかったとしても、声をかけられてオートバイに乗ったことで相手に期待を持たせた事実は消しようもなく、期待に形だけでも応える女性が存在する限り、米兵全体を性犯罪を犯す集団だと一括りした米兵のみに向けた判断と予防措置は彼らに対してある意味「冤罪」を犯していることにならないだろうか。それも正義感を振りまわしながらの「冤罪」となっている。不公平なことだと思うのは私一人なのだろうか。
* * * * * * * *
 ≪出口なき怒り・不安 少女暴行1週間 逮捕米兵なお否認≫(東京新聞)

 <沖縄の中三少女暴行事件は十七日で発生から一週間。県議会と十六市町村議会による抗議決議など沖縄で広がる反発に、日米両政府は事件再発防止を模索するが、県民の怒りと不安を収める有効な手だては見えてこない。逮捕された米兵は依然容疑を否認。県警が車や衣服を押収し、裏付け捜査を進めている。
 事件は十日夜発生。実効性のある対策を求める沖縄県に対し、政府は十四日、基地周辺の繁華街への監視カメラ設置検討を表明した。
 だが基地の街の飲食業者らは「警察官やMP(米軍の憲兵隊)がかなりの数いても、米兵のいざこざは起きている。ビデオが抑止力になるとは思えない」「防犯カメラより米兵の上官にもっと巡回させた方がコストもかからず効果的では」と懐疑的だ。
 在日米軍は綱紀粛正のため一カ月以内に教育プログラム見直しなどの結論を出す方針で、県も新たに設置する作業チームで米軍への要請を強めていくが、具体策につながる見通しは立っていない。
 沖縄では米兵絡みの事件などに超党派で数万人規模の抗議集会を開いてきた“伝統”がある。一九九五年の米兵による少女暴行事件では、県民大会が日米両政府を米軍普天間飛行場返還合意へと動かした。昨年九月、沖縄戦の「集団自決」をめぐる教科書検定に抗議して開かれた大規模な大会も県民の記憶に新しい。
 しかし今回は県議会の与野党間に、米軍再編問題をめぐる思惑の対立があり実現は難しい状況。教科書問題への対応で、今年に入り表面化した与野党間の亀裂も微妙に影を落としている。野党側は水面下で超党派の大会開催を働き掛けていくが、仲井真弘多知事も「いろんな意見が出てきてから判断したい」と慎重だ。

基地の街米兵の姿少なく 沖縄・ゲート通り

 中三少女暴行事件で米海兵隊員の逮捕後、初めての週末を迎えた基地の街。沖縄県沖縄市の「ゲート通り」では十六日未明、前日がペイデー(給料日)だったにもかかわらず、事件の影響から米兵の出足は鈍った。
 「見ての通りさ」。ライブハウス「JET」店内に米兵の姿は少ない。「いつもなら海兵隊も多いけど、今日は空軍だけだね」と古堅喬オーナー(57)。「事件のたびに客足が遠のくから経営に響くよ」と首を振った。
 ゲート通りには、週末を楽しもうと繰り出した米兵グループの姿も見られたが、地元タクシー運転手(64)は「いつもの週末の半分ぐらいだね」。傍らを三人一組の見回り米兵が、肩を怒らせ厳しい表情で通り過ぎた。
 アーケードの入り口で話し込む二十代前半の三人の海兵隊員。「ペイデーだから、ほんとならもっと大勢出歩いてるはず」と事件の影響を否定しない。二週間前にイラクから戻ったという三人は「事件が事実なら許せないね」と口をそろえた。

 米兵が集まるクラブの案内係の女性(65)は「今日は日本人の女の子も少ない」と話したが、通りで米兵と声を交わす二人の二十代女性は「怖いことなんてない。遊び方を知ってれば事件に遭うことはない」と素知らぬふり。

 暴行事件の被害少女が声を掛けられた胡屋十字路付近では、米兵の車とタクシーが衝突。警察官に米軍の憲兵隊も加わり事故処理に当たった。タクシー乗客の男性の怒鳴り声が通りに響いた。>


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