各種世論調査によると、在任5年間の小泉評価が経済格差問題と中・韓との外交関係以外は軒並み高い評価を受けている。郵政民営化関連法の成立や派閥政治の打破が主たる評価点らしい。
国民の高い支持率とそれを受けた断固とした挑戦的な改革姿勢が相乗効果をもたらし合って改革政策に成功色を与え、それが高い評価点につながったという側面があることも否定できまい。
小泉首相の姿勢に挑戦的な印象を植えつけた最大要素は言うまでもなくワンフレーズポリティックスと言われる政策説明の短い効果的な言葉の使用だろう。「郵政民営化なくして構造改革なし」、「官から民へ」、「古い自民党はぶっ壊す」、「公務員を減らすのがどこが悪いんです」、「格差はいつの時代も、どの社会にもある」。
しかし、格差を否定すべく発した歯切れのいい言葉だけは不評を買った。格差に関しては難しく考えなくても誰にでも理解できるからだろう。
ワンフレーズは短い言葉の中に刺激的・挑戦的な語呂のよさを持たせることでよりよく効果を発揮する。当り前のことだが、そこにストーリーを持ってきたのでは二律背反を起こし、ワンフレーズの機能自体を失う。
これも当然のこととして、政策説明にストーリーを用いないことと、小泉構造改革によって将来の日本の姿をどういう形に持っていくのかの未来図が見えないと批判される説明不足と照応し合うことになる。もしも未来図を懇切丁寧に国民の前に描こうとうとしたら、ワンフレーズでは用を足さないだろうからである。
しかし首相という一国の政策指揮者が取るべき一般的な姿は機会あるごとに自らの政策によって国をどういう方向に導くか、その全体像を言葉を尽くして語る姿でなければならないはずだが、個々の政策ごとの改革をワンフレーズで印象づけるのみで、それらが全体的にどうつながってどういう形を取るのか説明する義務を果たしていない。
ワンフレーズは聞く者をして思考作用の関与をさほど必要としない。印象だけが勝負となる。瞬間的な刺激の強弱・良否が印象の付与に深く関わる。その点大衆週刊誌の見出しや記事案内のキャプションに見える刺激的な片言隻語に相通じるものがある。如何に読者を釣るか、短い言葉で読みたい気持にさせる印象の与え具合が勝負どころとなるから、勢い刺激的な単語や言い回しを用いるようになる。
あるいは1時間かそこらのテレビ番組でヒナ檀に10人20人と並んだお笑い芸人を主とするヒナ檀タレントが人数と時間の関係から自分を目立たせるチャンスが限られているため、それが巡ってきた機会を逃さずに短い言葉で如何に自分の発言を印象づけるかどうかが自分の腕の見せ所となる状況と似ている。発言者が次々と変るから、聞く者に思考作用を煩わせる時間を与えるようでは折角のチャンスを無駄にすることになる。いわば出演タレントたちは効果的なワンフレーズを常に心がけていなければならない。と言うことは言葉の使い方に関しては彼らは小泉首相の立場にあり、小泉首相は彼らの立場にあるとも言える。
思考作用を求めない傾向はテレビニュースのドラマ仕立てを伴ったワイドショー化(このことは司会者にお笑いタレントが進出していることが証明している)へのテレビ局全体を含めた状況となって現れている。難しい内容では視聴率が稼げないことの反映として生じた、思考作用の関与を苦手とする視聴者へのニーズに応える供給であって、そのような思考関与の希薄化への道は元々コミュニケーションの一方通行が言われるテレビのなお一層の一方通行化を示す現象であろう。そこからテレビの情報に動かされるという現象が生じる。
視聴者をして考えさせて頭を疲れさすことなくニュースを面白おかしく刺激的に報道する。視聴者にしても、考える煩わしさを関与させずにニュースを面白おかしく受止める。小泉首相のワンフレーズは今の時代のテレビの報道手法と相互に通底し合う話法であり、そのことが小泉首相はテレビを、テレビは小泉首相を利用する相互依存現象を生じせしめていて、そのような思考作用を排除する形で成り立たせている相互利用が視聴者のニーズにも応えて、結果として三者が共に相互的な利益享受関係を結ぶこととなっている。
一方『総合学習』とは、「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する」(「1998年度改訂小学校・中学校学習指導要領」)能力の育みを目標とした教育である。裏を返すなら、子供たちがそのような能力に欠けていると見ていたからこそ、『総合学習』を必要としたと言うことだろう。しかし実際には子供たちだけではなく、大人がそういった能力に欠けていることを受けた子供たちの能力事情であって、日本人全体の問題である。大人自体が〝自ら考え、主体的に判断する〟能力が欠けているからこそ、テレビの思考作用を必要としないドラマ仕立てのニュース・その他の情報に簡単に動かされたり、小泉首相の政策を説明尽くしているとは到底思えないワンフレーズに簡単に飛びつく現象が起きるのであろう。
ワンフレーズの命は状況に応じて意図的、あるいは無意図的に演出した短い刺激的な言葉でもって聞く者をして思考作用の関与を必要とさせずに如何に瞬間的に印象づけるかにかかっているから、衆人に受けるためには『総合学習』が目標とする能力(特に主体的判断能力)を持たない人間の方が却って効果が期待できて、都合がいい。『総合学習』的能力はワンフレーズ効果の障害となる。
文部科学省が満を持して新たな学習指導要綱の目玉として『総合学習』を編み出し、スタートさせたものの、ゆとり教育に引く続く学力の低下を招き、基礎学力の充実の名のもと、従来の暗記学力強化へと方向転換したが、小泉首相は在任5年間、思考作用の介在を必要としないワンフレーズを振り撒き、それに力を与えることを通してテレビ共々間接的に「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する」能力の必要性を無力化させて、『総合学習』の敗退にある意味手を貸したのである。
例え本人が意図的に策した社会現象ではなくても、ワンフレーズに都合よく反応する有権者の短絡思考を結果として求めたことで、『総合学習』が言う思考プロセスを排除し続けた功績も、有権者は大いに評価しなければならないのではないだろうか。
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