中川農水相の8月15日靖国参拝を表明
8月8日(06年)夜のテレビ――
閣議後の恒例の記者会見だそうだが、中川昭一農水相が「毎年8月15日に靖国神社に参拝に行っている。今年特に変更する理由はない」と8月15日に参拝する意向を表明「二度とあのような戦争をしないという誓いのつもりで私なりに参拝したい」
「二度とあのような戦争をしない」とはストレートな受け止め方をするなら、戦前の日本の戦争の否定でなければならない。
だが、小渕内閣発足当時の農水相として入閣した中川昭一氏は記者会見で次のような〝歴史認識〟を披露している。
<――従軍慰安婦に軍の関与はなかったという考えですか。
「いろいろと議論の分かれるような、少なくとも専門家の皆さんがけんけんがくがく議論されていることについて教科書、義務教育の教科書に、すべての7社の義務教育の教科書にほぼ同じような記載で記述されていることに疑問を感じて、いろんな方の話を聞いて一冊の本をまとめたわけだ。強制性があったかなかったかを我々が判断することは政治家として厳に慎まなければいけない。歴史について我々は判断する資格がない。これは最初から我々の基本方針です。ただ、いろいろな方がないとかあるとか言って話が違う。これだけ議論が分かれているものを教科書にのせていいのかなというのが我々の勉強会のポイント。だから事実としてあるということに、我々が信じるに足るような事実がどんどん出てくれば、我々は素直にその事実を受け止める」
――現状ではまだ信ずるに足るような事実はそろっていないのですか。
「というか、議論がいろいろとまだ出ている最中だから、教科書に載っけるというような、大半の専門家の方が納得できるような歴史的事実として教科書に載せる、ということには我々はまだ、疑問を感じている、という状況だ。つまり、ないともあるともはっきりしたことが言えない」
――慰安婦についての河野官房長官談話は認めないのですか。
「私は今こういう立場である以上は、最終結論が出ていない以上は、内閣のメンバーの一員としては拘束されると思っている。河野談話にも」
――拘束はされるが内容についていいとも悪いとも言えないのですか。
「いや拘束されますから、今の段階で悪いとは言えない」>
(「正論/「朝日新聞よ、中川農水相と慰安婦問題をもてあそぶな」より)
「出ていない」とする「最終結論」とは、軍の関与を否定する「結論」であることは文脈から明らかに理解できる。軍の関与否定衝動が、「強制性があったかなかったかを我々が判断することは政治家として厳に慎まなければいけない」とする態度を生じせしめているだろうことも明らかに理解できる。
「従軍慰安婦」に関してのみであってはならないのは当然のこととして、「歴史について我々は判断する資格がない」とするかつての主張に反して、「あのような戦争」と、歴史について「判断」を下す矛盾を犯している。どういうことなのだろうか。
それとも「あのような」の真意はアメリカ如きに負けるようなという意味で、負けたことの否定なのだろうか。負けるような戦争は二と度しない、してはいけないという「誓い」で参拝する――。
だとしたら、首尾一貫性を見事に守り切った態度と言える。
侵略戦争であることを否定し、極東軍事裁判を否定したい衝動を抱える日本を否定したくない日本人には、「大半の専門家の方が納得できるような歴史的事実」へと進むことは永久に実現しないだろう。また「歴史的事実」なるものが例え「大半」の一致を見たとしても、その「事実」は否定される運命にあるだろう。そうと解釈したい自己の意志に於ける解釈の方向を曲げることはないだろうからだ。大体が「専門家」の中にも日本を否定したくない人間が多くいるから、永遠の不可能な〝一致〟と言うことになるだろう。
いわば彼らの〝事実〟はコンクリートで固められたように決まっていて、固定観念化している。「歴史について我々は判断する資格がない」は、認めたくない〝事実〟が事実として現れたとき、それを認めないで済ます自己都合の方便に過ぎない。
政治家であるなら、誰もが歴史観というものを持っていなければならない。過去の歴史を引き継いで、国の未来に向けて新たに歴史を創る先導者の立場に主体的に位置しなければならないのは歴史の「専門家」ではなく、政治家であるからだ。歴史観のない政治家に国の未来の歴史創りを任せられるだろうか。また、歴史観を持っていたとしても、どのような歴史観を持った政治家に国の政治を託すかは国民の決定にかかっている。
「歴史について我々は判断する資格がない」と言いつつ、歴史及び歴史認識問題に深く関わっている靖国神社に、しかも8月15日と言う日本の歴史を画期する敗戦決定の日に「二度とあのような戦争をしない」とする歴史判断で参拝する。単に矛盾していると言うだけではない。偽善、あるいは欺瞞に満ちているとしなければならないのではないだろうか。
小泉首相も首相官邸で臨んだ記者会見で次のように答えている
――8月15日に参拝しますか?
「適切に判断します」
――5年前の首相就任時に8月15日に参拝すると公約しましたが、その公約はまだ生きていますか?
「まだ生きています」――
それで終りとなった。「8月15日参拝が公約でありながら、一度も8月15日に参拝しない理由は何ですか」となぜ追い打ちの質問を発することができなかったのだろう。「適切な判断でしなかっただけだ」と答えたなら、「適切な判断の内容を知らせてください」と迫る。例え在任最後の年の8月15日に公約を果たしたとしても、それまでの4年間に公約を果たさなかった「適切な判断」なるものを知る権利が国民にはあると思うのだが、そうではないのだろうか。
自作HP「市民ひとりひとり」の第78弾・「日本が信頼されない一風景としての靖国参拝」(05.1.25.アップロード)に「小泉首相が、『二度と戦争を起こしてはならない』ことを祈る靖国参拝だといくら言い張ったとしても、過去の戦争をきっちりと検証してから、そう誓うべきで、事実あったことを曖昧にする姿勢を変えないことには、その誓いは〝過去〟の肯定のための否定の線上で把えられ、〝信用の置けなさ〟を新たに重ね着するだけで終わるだろう」という一文をかつて書きつけたことがある。
「〝過去〟の肯定のための否定の線上」とは、便宜的に「否定」しているだけという意味だが、中川農水相についても言えることではないだろうか。きっちりと検証しないまま「あのような戦争」では、どのような戦争としているか不明である。
河野洋平氏が発表した「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」は1993年8月4日の発表となっている。
「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」
(「慰安婦」戦後補償問題──日本の対処はどのように進んだか)から抜粋。
自・社・さの村山政権時代に「与党戦後50年問題プロジエクト」の「いわゆる従軍想安婦問題についての第一次報告」が行われたのは平成6年(1994)12月7日。
それには次のように書いてある。「1.いわゆる従軍慰安婦問題への取組み
政府は、いわゆる従軍慰安婦問題に対する調査の結果、かつて数多くの慰安婦が存在したことを認めることとなった。
その実態は、慰安所が当時の軍当局の要請により設置されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接に関与したものである。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等本人の意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下で非常に痛ましいものがあり、いずれにしても、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけることとなったわけである。
したがって、政府及び与党としては、戦後5 0年を機会に、改めて、数々の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた女性に対し、この際、心からお詫びと反省の気持ちを表す必要がある。
私たちは、こうした我が国及び国民の過去の歴史を直視し、道義を重んずる国としての責任を果たすことによって、今後こうした行為がなくなるようにしたい。」(同上HP)
中川昭一氏が小渕内閣の農水相で入閣したときの記者会見で述べた「いろいろと議論の分かれるような、少なくとも専門家の皆さんがけんけんがくがく議論されている」とする慰安婦問題に関する発言は1998年7月である。河野洋平官房長官談話から5年、村山政権時代の「いわゆる従軍想安婦問題についての第一次報告」から3年と7ヶ月。
それだけの時間が経過していながら、「いろいろと議論の分かれるような」とか、「議論がいろいろとまだ出ている最中だから」としてきた。果たして「あのような」を素直に受け止めることのできる人間がどれほどいるだろうか。まさしく「日本が信頼されない一風景としての靖国参拝」としか言いようがなく、中川氏に対するそうと解釈したい自己の意志に於ける解釈の方向を曲げることはないだろうする印象が間違っていないことを示す中川氏の態度ではないだろうか。
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