日本人人質の中にも犠牲者が出たようだ。安倍首相は「人命第一で対応すること」と、“人命優先”を至上命題としていたが、叶わなかった。
アルジェリアの治安当局が武装勢力に対して攻撃を開始したのは日本時間1月17日夜。
安倍首相は攻撃開始から1日以上経過した1月19日に入ってからも、午前6時からの対策本部会合で、「邦人の救出に全力を尽くしてほしい」指示を出していた。
《安倍首相“邦人の無事確認と救出に全力”》(NHK NEWS WEB/2013年1月19日 7時22分)
安倍首相「徐々に被害の状況が明らかになってきているが、いまだに全容が明らかになったとは言えず、依然さまざまな情報が錯そうしている。引き続きアルジェリア政府に必要な働きかけを行うとともに、アメリカやイギリスとも連携して、あらゆる手段で邦人の救出に全力を尽くしてほしい」
会合終了後に記者団に――
安倍首相「このような卑劣な事件は断じて許されない。今後とも、私が陣頭指揮をとって、政府一丸となって全力で事件に対処していく」――
「アメリカやイギリスとも連携して、あらゆる手段で邦人の救出に全力を尽くしてほしい」と関係閣僚に指示を出した発言は日本政府を直接的な交渉当事者に置いた発言であろう。
また、「政府一丸となって全力で事件に対処していく」にしても、自らを交渉当事国に置いた発言となる。
安倍首相はアルジェリアのセラル首相と1月20日午前0時半から15分間、再度の電話会談を行なっている。《首相 電話会談で緊密な情報提供要請》(NHK NEWS WEB/2013年1月20日 3時57分)
セラル首相「人質救出に向けたすべてのオペレーションが終了し、全テロリストは降伏した。現在、まだ見つかっていない人質を捜索中だ」
安倍首相「わが国として、テロは断じて許容しない。今回の事件は極めて卑劣なものであり、強く非難する。これまでアルジェリア政府に対し、人命を最優先にするようにと申し入れてきたが、厳しい結果となったことは残念だ。
現地の状況について、以前から情報が錯そうしている。日本および関係国に、アルジェリア政府が把握している情報を緊密に提供するよう重ねて求めたい」
セラル首相「あらゆる指示を出して最大限の協力をしたい」
電話会談後記者団に――
安倍首相「邦人の安否につい、厳しい情報に接している。今後とも、人命最優先で取り組んでいくし、邦人の安否の確認にも全力で取り組んでいく」――
電話会談での、自分が発言したとしているのだろう、「人命を最優先にするようにと申し入れてきた」という言葉は直接的交渉当事国をアルジェリア政府に置いた発言である。
現実にも直接的交渉当事国はアルジェリア政府であって、日本政府ではないのだから、日本政府ができることは“人命優先”の申し入れしかない。
対策本部会合で閣僚たちに、「邦人の救出に全力を尽くしてほしい」と出した指示が、アルジェリアの首相に電話会談で「邦人の救出に全力を尽くしてほしい」と要請することに当たるいうことでは決してないはずだ。
あくまでも前者は日本政府を交渉当事国に置いた発言であって、後者は逆にアルジェリア政府を交渉当事国に置いた発言となっているはずである。
問題はアルジェリア政府が“人命優先”の申し入れに対してどの程度応えるか、アルジェリア政府の意向にかかっている。アルジェリア政府が「テロリストとは交渉せず」の態度を原則としていて、イスラム武装勢力が日本時間1月16日午後2時頃、アルジェリアの天然ガス関連施設を襲撃、人質を取って立て篭もったのに対してアルジェリア政府が武装勢力に対して攻撃を開始したのは日本時間1月17日夜。
武装勢力の侵入から約1日半程度しか経過していないうちの攻撃である。武装勢力の要求に対して問答無用の攻撃が早ければ早い程、それが“人命優先”の日本にとって拙速に見えたとしても、アルジェリア政府から見た場合、「テロリストとは交渉せず」の原則の強固な証明となる。
いわば「テロリストとは交渉せず」の確実な表現となる。
このような強固な証明・確実な表現こそが再度の武装勢力襲撃の抑止策になると見ているからこその「テロリストとは交渉せず」なのだろう。
日本政府の“人命優先”の立場と異なるアルジェリア政府の「人命優先」を目の当たりし、尚且つアルジェリア政府の攻撃によって人質に犠牲者が出ていながら、当然、直接交渉当事国でないことのもどかしさ感じていていいはずだが、いわば日本側の“人命優先”が最早手遅れとなっている現実を突きつけられているにも関わらず、安倍首相は結果的に日本政府を直接的な交渉当事国に置いた情報発信を行なっている。
アルジェリア首相との電話会談後の記者団に対しての、「今後とも、人命最優先で取り組んでいく」にしても日本政府がさも直接的な交渉当事国であるかのような発言となっている。
もし意図しないまま混同しているとしたら、合理的判断能力はゼロということになる。
「政府一丸となって全力で事件に対処していく」と発言し、「邦人の救出に全力を尽くしてほしい」と閣僚たちに指示を出した以上、安倍首相自身や閣僚たちが「政府一丸となって」「邦人の救出に全力を尽く」す具体的なアクションを起こさなければならないし、起こして初めて、安倍首相の言葉は実体を持つ。生きた言葉となる。
だが、具体的なアクションの実体はアルジェリアのセラル首相に、“人命優先”で取り組んで欲しいと要請することと情報の速やかな提供でしかなかった。
勿論、人質解放の直接的な交渉当事国ではないからだ。
何のために日本政府を交渉当事国に置くような情報発信を行ったのだろうか。
一国の首相の情報発信である。意図しないものであっても、合理的判断能力ゼロは許されることではない。人質解放の直接的な交渉当事国であるかのように見せかけて“人命優先”が可能であるかのような情報発信、あるいは人質解放の直接的な交渉当事国であるかのように装って「救出に全力を上げる」が実行可能であるかのような情報発信は詐欺そのものである。
実現の見通しがないと分かっている政策を公約として国民に約束するのと同じ詐欺である。
日本政府の“人命優先”をアルジェリア政府に認めさせてこそ、邦人救出に全力を上げたことになり、「政府一丸となって全力で事件に対処」したことになる。
だが、認めさせることができず、攻撃によって人質に犠牲者を出している状況を見ながら、“人命優先”を言い続け、邦人「救出に全力」の情報を発信し続けた。
不正直としか言いようがない。
但しアルジェリアの天然ガス関連施設でアルジェリアの治安当局と武装勢力の間で繰り広げられている状況に関連付けずに安倍首相の一連の発言を表面的に解釈した場合、あるいは単に上っ面だけをなぞった場合、“人命優先”に懸命な姿勢だけは伝わってくる。
如何に“人命優先”に懸命となっている首相なのか、そうと見せるためのアリバイ作りではなかったのではないだろうか。兎に角自身の失態で1名でも邦人が犠牲になった場合、自身の首が飛ぶ。“人命優先”の情報を発信し続ければならない立場にあった。
アリバイ作りでなければ、直接交渉当事国でもないのに結果的に直接交渉当事国となるような発言を発信することはなかったろう。首相の立場にある以上、合理的判断能力を少しでも持っていたなら、そのような錯誤は自分自身、許さないはずだ。
国民がいつ自分たちの生命を預けるか分からないのだから、こういったアリバイ作りだったり、ポーズだったりの不正直は許されることではない
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