大阪府知事だった橋下徹が府知事を辞任、府市二重行政の解消や大阪都構想を掲げて大阪市長選に出馬し、府知事は橋下徹と同じ大阪維新の会の幹事長松井一郎が橋下の後継として出馬した2011年11月27日投開票の大阪ダブル選挙は両氏の圧勝で終わった。
このとき、橋下の市長選対抗馬として戦った現職平松邦夫大阪市長の選挙応援に大阪市職員が勤務時間中に庁舎内で選挙活動を行っていたことから、橋下徹が問題視し、外部の弁護士等で構成の市調査チームを立ち上げ、市職員の政治活動や組合活動の実態調査を開始した。
《橋下市長 事前通知せずメール調査》(NHK NEWS WEB/2012年2月22日 16時44分)
調査の一環として、厚生労働省が職員に対する事前通知を指針としているにも関わらず、事前通知なしで市役所サーバー保存の約150人分の職員のメールデータの提供を市担当者に求め、受理していた。
橋下市長(通知なしのメールデータの提供について)「調査については了解していた。厚生労働省の指針の方が間違っている。事前に通知すれば削除されてしまう。生ぬるい調査では実態を解明できず、法律の範囲内の実効性ある調査で何の問題もない。大阪市役所の組合問題や政治活動の問題を徹底調査することが市民の求めだ」――
ごく常識的な疑問として、電子メールの本人に対する無断閲覧は通信の秘密の侵害に当たらないのだろうかという思いが浮かんだ。日本国憲法第21条「集会・結社・表現の自由と通信の秘密」第2項「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」と定めている。
通信(=信書)とは一般的に手紙や葉書を指すが、電子メールも個人間や会社間の遣り取りでは秘密の通信の側面を持つのだから、信書の内に入らないのか調べてみた。
『信書に該当する文書に関する指針(案)」パブリックコメント時の御意見と総務省の考え方』
『意見の概要』《全日本運輸産業労働組合連合会》
「近年、FAXや電子メールなど電気通信の利用が大幅に増えているが、信書との関わりについての考え方を明確にすべき」
『総務省の考え方』
「ファクシミリや電子メールによる通信は、電気通信役務です。また、信書の送達は、紙等の有体物に記載された通信文を特定の受取人に送達することです」
役所らしい紋切り型、固定観念に彩られた答弁となっている。通信手段や通信材料が問題ではないはずだ。通信内容自体の取り扱いが信書に当たるかどうかの問題には触れていない。
しかもこのページは日付が記されていない。他のインターネットページと総合勘案して、電子メールは依然として信書ではないとされているようだ。
だが、厚生労働省が電子メールのサーバーからの開示には職員に対する事前通知を指針としているということはそこに「通信の秘密」(信書であること)を認めているからではないだろうか。
だとしても、橋下徹は「厚生労働省の指針の方が間違っている」として電子メールに「通信の秘密」の要素を一切見なかった。
橋下徹は市職員の政治活動や組合活動の実態調査の一環として同時に職員の政治活動に関するアンケート調査を指示、業務命令として提出を義務づけた。
対して市の労働組合側は2月13日に不当労働行為に当たるとして大阪府の労働委員会に救済を申し立てを行い、一般の裁判の仮処分に当たる措置として既出のアンケートの廃棄を合わせて求めた。
判断は2月22日に示された。
大阪府労働委員会「組合の運営などに対して、市側が支配したり、介入したりする不当労働行為に当たるおそれのある項目がアンケートには含まれていると言わざるをえない」
大阪市側に対して最終判断が出るまでアンケートの続行を差し控えるよう勧告。
但し勧告に法的な拘束力はないそうで、アンケート実施の市の調査チームは労働委員会への申し立てが行われたことを理由に提出されたアンケートを開封したり、分析したりすることを凍結した。
いわば大阪府労働委員会の判断待ちということになったということなのだろう。
そして11カ月後の3月25日(2013年)になってようやく判断が出た。《大阪市政治活動アンケートは「違法」》(NHK NEWS WEB/2013年3月25日 14時33分)
〈大阪府の労働委員会は、組合活動への違法な介入にあたる不当労働行為だと認め、市に対して、このような行為を繰り返さないことを誓約する文書を組合側に提出するよう命じ〉た。
3月25日の関係3者の発言。
労働委員会、「アンケートは市長が職員の組合活動に否定的な見解を強く表明している状況のもとで、強制力を背景に、記名式で行われたことなどを考慮すれば、組合活動への支配介入だと言わざるをえない」
橋下市長「厳粛に受け止め、命令に従う。不当介入ということであれば、大変申し訳ないので、組合に対しては謝罪もしなければいけない。
労働組合の活動に対して、正すべきはしっかり正していくが、これからは法にのっとった行政運営をするということを組合に対してしっかり意思表示したい」――
午前中の記者会見での発言だそうで、意外なと思う程謙虚に判断を受け入れている。
上谷高正大阪市労働組合連合会執行委員長「アンケートの違法性が指摘されて満足している。今回の命令は、橋下市長が進めてきた組合事務所の退去などの組合活動への介入を是正するよう求めたもので、今後の団体交渉で労使関係の健全化を進めていきたい」――
市役所サーバー保存のメールデータの提供問題はどうなったのか、どの記事も触れていない。
何れにしても一件落着かと思った。
ところが、午前中の発言を一転させ、同じ日の夕方になって再審査の申し立てを行う考えを示した。《橋下市長 再審査申し立ての考え示す》(NHK NEWS WEB/2013年3月25日 22時26分)
橋下市長「組合側は、自分たちがこれまでやってきたことをすべて棚に上げて、鬼の首をとったように、自分たちが正義で、市長は襟を正せと言うのは市民感覚にはそぐわないと思う。市民の代表として、それは違うと言わなければいけない」――
記事を読む限り、市の労働組合が大阪府労働委員会に申し立てて争った事案は大阪市長選挙期間中の市職員の勤務中の選挙活動・政治活動に対する市長指示のアンケート調査の妥当性であって、だからこそ記事は労働委員会のアンケートに対する判断を伝えているのであって、市職員労働組合のすべての活動を判断対象として正義だと認定しているわけではないはずだ。
当然、橋下徹はあくまでも大阪府労働委員会のアンケート調査に対する判断の妥当性に限って再審査申し立ての対象としなければならないにも関わらず、「組合側は、自分たちがこれまでやってきたことをすべて棚に上げて」と、すべての活動を非正義と判断、そのことを感情的な背景とし、且つ「市民の代表」をダシにして再審査申し立ての理由とする考え違いを犯している。
要は組合の活動を個別的に取り上げて個別に批判するなり争うなりすべきを個別を活動全体とすり替えて悪とするペテンを働かせている。
こういった心理が起きるのも、組合が「自分たちが正義で」どころか、自分自身を正義に置いているからこその、組合全活動非正義の発想であろう。
問題は午前中に大阪府労働委員会の判断を受け入れる意思表示を示していながら、その日の夕方になって一旦こうと決めた意思表示を再審査申し立ての意思表示に一転させたことである。
理由は二つあるはずだ。
一つ目は大阪府労働委員会が出すであろう判断に対して、それがいずれを支持する判断であっても、前以て理論武装をしておく危機管理態勢を取っていなかった。
二つ目は、理論武装を怠っていた上に判断が出た時点で自分の頭の中で考えを巡らせずに決めてしまった、熟考しなかったとしか考えることができない。
だから、午前中と午後とで発言を変えることができる。当然、その言葉は軽くなる。
過去に於いても普天間基地の移設問題で関空で引き受けるようなことを言って、あとになって発言を変えているし、大飯原発再稼働問題でも当初は絶対反対を言っていながら、夏季限定での稼働を認める発言をしている。
簡単に言うと、熟考せずにその場で思いつくままに決めてしまう性癖があるからだろう。熟考し、他とも議論を尽くした上で決めたことの発言を後で変えるとしたら、無責任極まりないことになる。
悪いことに自分が正義だと思っていて、その正義を熟考しないまま、あるいは相手との議論を経ずに他に強制するから、独裁性が生じることになる。
日銀総裁選出問題でも日本維新の会国会議員団が日銀総裁に黒田東彦アジア開発銀行総裁を推しているのに対して橋下徹は反対、その反対を国会議員団に押し付けようとする独裁性を発揮したときも両者間で議論を存在させなかった。
自己が常に絶対正しいとは限らないにも関わらず、誰とも諮らず、誰とも議論を尽くさずに自己を絶対正しいとして押しつける独裁性である。
多分、自分を正義だとしている思いが大阪府労働委員会判断受入れの午前中の意思表示が我慢ならなくなって、朝令暮改さながらに夕方になって変えるに至ったといったところではないだろうか。
自身を正義とする価値感の訂正は、それがほんの僅かなものであっても、自身の独裁性を損なうと同時に自尊心をも傷つけることになって、橋下徹という人間には耐えられないのかも知れない。
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