安倍晋三が国民の生命をどう考えているか分かった2月29日衆院予算委岡田克也との2邦人殺害事件質疑

2015-02-21 12:16:54 | Weblog


 2015年2月19日の衆院予算委員会で民主党代表岡田克也が「イスラム国」による2邦人殺害事件の政府対応の妥当性と、その拘束が疑われている時期に安倍晋三と官房長官の菅義偉(よしひで)が二人共総選挙の応援演説に駆け回っていて首相官邸を開けていたことの国家危機管理に於ける政府対応の妥当性を追及、対して菅義偉は何ら問題はなかった、安倍晋三は対応に瑕疵はなかったと答弁している。

 堂々巡りの質問と同じ堂々巡りの答弁となって、ちょっと長いが、この質疑に関わる個所を全文文字起こししてみた。果たして皆さんはどんな判定を下すのだろうか。



 岡田克也「ISIL(アイシル)による日本人殺害について検証を政府に求められるということですが、やはり私は12月3日から1月20日の間に、その間に何ができたかということの検証が非常に重要だと思います。

 岸田外務大臣に聞きたいと思うのですが、大臣は12月3日に拘束が、後藤さんの拘束がメールで、奥様のメールで判明したというふうに答弁されていますよね。3日の何時ぐらいにお知りになったのでしょうか。

 もう一つは結局政府が直接返事をするということではなくて、色々な国とか関係各国とか、あるいは宗教関係者とか部族とか、そういうふうに働きかける道を選んで、政府は直接、その時はISILだと直接知られていなかったと思うのですが、そことメールを通じて交渉するということはしなかったんだというふうにおっしゃりましたが、そういうふうに決めたのは何時頃ですか」

 岸田文雄「先ずはご指摘のように12月3日から犯行ブループからのメールについて奥様から連絡を受け、この段階で後藤氏が何者かに拘束された可能性が高いことを認知した次第です。

 そして12月3日何時にこの報告を受けたのかという質問を頂きました。えー、今ちょっと手元に(背広の裾の両ポケットを探るジェスチャーをして)その日課の記録がありませんので、具体的に事務的な報告を受けたか、ちょっと今確たるお答えをすることができませんが、3日に連絡を受けて早々に私もそういった事態について連絡を受けたもだと承知をしております。

 そして直接交渉をしなかったご質問を頂きました。この点につきましては今申し上げましたように12月3日何者かに拘束された可能性が高いということは認知しましたが、その時点でISILによって拘束された可能性は否定できないものの、確たるその情報に接していなかった、そういうことでありました。

 そして12月20日にISILとよるものに見られる動画がネットに掲載された時点で、私、失礼、1月20日、えー、まあ、動画が掲載された時点でISIL関係者による犯行である可能性が高い。このように判断したわけであります。

 そしてそれに対する対応でありますが、後藤さんと湯川さん、二人を解放する上で何が最も効果的なのか、この観点から、政府として全体で検討をした次第であります。この観点で検討した結果、まあ、ISILと直接交渉する、接触するということではなくて、我が国が今日まで外交等に於いて培ってきた様々な関係国、その情報機関、あるいは宗教関係者さらには部族長、こういったあらゆるルートを活用して取り組むという対応を決定し、それを実行したということであります」

 岡田克也「いつ决定したのかと聞いているのです」

 岸田文雄「対応につきましては12月3日以降、こうした事態をしっかりと把握したのち、その時点では現地対策本部、それより遡って8月からスタートしておりましたし、外務省に於きましても対策室、官邸に於きましても情報連絡室、警視庁に於きましても連絡室、立ち上げていたところであります。

 そうした事態を把握したのち、いつの時点か、何日の何時だったのか、その点につきましては今把握しておりませんが、早急に対応を検討し、方針を確定し、それを実行したということであります」

 岡田克也「12月3日に拘束が判明して、すぐには決められなかったと思うんですね。相手が誰なのかそれは結局12月3日まで、1月20日迄分からなかったということですが、そもそも後藤さん、本当にメールの相手が後藤さんなのかということも、奥さんとのメールを何回か遣り取りする中で確認されたと思うんですね。

 ですから、直後ではないと思うんですけども、12月のどこかの時点でメールの相手と直接交渉するのではなくて、違う遣り方で、つまり今大臣がおっしゃった、私に申し上げた関係国部族長か宗教関係者のルートでやるべきだということを12月のどこかの段階で決めたという理解でいいのですね」

 岸田文雄「先程申し上げたように月3日以降、関係者で検討し、そして対応を决定した次第であります」

 岡田克也「官房長官にちょっとお聞きしたいのですが、官房長官、答弁の中でですね、参議院の予算委員会の中でですけども、(官房長官の参議院での答弁を記したボードを出して)『ISILはまともに交渉できる相手ではない』と。

 そういう中で国家安全保障局、内閣危機管理監、内閣情報室、警察、外務省で協議したと。それから、最終の判断を誰が行ったのかと問われて、(ボードには「後藤さんの奥様のメールに返信しないとの最終判断は誰が行ったのか」と問われて――と書いてある。)『私のもとで情報集約への会合を開いてそこで判断した』と、こうお答えになっておりますが、ちょっと不思議なのは、内閣とか、総理とか、外務大臣が入らない、情報関係者の中で決めたということですか。

 つまりどういう交渉をするかという非常に大事なこと、命に関わる大事な留意点、私間違った判断をしたと言うつもりはないんですけども、大事な判断を官房長官、情報関係者だけが決めたということなんですか」

 菅義偉「その前に申し上げたいんですけども、12月3日の日にですね、何者かに拘束されているというメールが入っているんですよね。その交渉についてですね、後藤夫人、民間のですね、専門家の方にですね、相談をされて、ずっと対応をしてきているんです。

 で、それに対して政府はですね、後藤夫人と警察、外務省がサポートして、(ここの個所聞こえない。)そして確か12月19日だったと思うんですけども、この夫人と犯人側との遣り取りの中でですね、後藤さんが確かに拘束されているという印象を持ったのが確か12月19日であります。

 そしてそこから、また民間の専門家を通じて、後藤夫人がですね、メールを交換して、それについて勿論、政府がサポートさせて頂いたと。その中で、しかし、具体的にですね、その犯罪者というのは誰かということの確証は得ることができなかった。

 結果として1月20日、あのような大きな動画によって発信をされて、そういう中で先程岡田委員の話になるわけですけども、私共、私と3人の官房副長官、そして当初から対応をしておりました内閣情報室、そして外務省、警察庁、専門家の中で様々ですね、対応について相談をして、その方向性をそこで見い出して、当然総理に報告をして頂いてですね、ISILというのは、先程申し上げましたけど、まさにテロリストであって、実体が定かでないと、そういう中で12月3日からですね、最も影響のある国家的な対応は何が必要なのかという中で、私共様々な相談をしたわけでありまして、そういう中でヨルダンを始め、周辺国、更には宗教の指導者、部族の長、そうした人たちにですね、一番効果的な対応はそこではないかということの対応で判断して、総理のところにご報告をして頂いてですね、私共が判断させて頂いということです」

 岡田克也「まあ、ですから、12月19日、映像が出たのは1月20日ですから、約1ヶ月間近くあったんですね。で、この間、直接コンタクトするんじゃyなくて、関係国やあるいは部族やあるいは宗教指導者(指折り数えて)、まあ、そういうあらゆるルートを使って、何とか後藤さんと接触できないかと政府は努力されたんと思うんですが、一つ私、よく分からないのは、現地の対策本部に十数名増員したと、それは1月20日以降だというふうに外務大臣答弁されているんですよね。

 国会で部族長や宗教関係者とコンタクトを取ろうとすれば、やはり土地勘のある専門家を早く現地に投入して、そして物量作戦ではありませんが、少しでも多くの人がしっかりとコンタクトをすべきだと思いますが、なぜ20日なってから、十数名の増員と、それまでは増員していないということになったのでしょうか。如何でしょうか」

 岸田文雄「元々ヨルダンの現地対策本部にはシリアから退避してきました大使館の関係者、そして元々いたヨルダンの大使館の関係者、このアラビアの、イスラムの専門家が常駐しておりました。現地対策本部はその態勢でこの対応をしていたわけですが、1月20日以前もですね、外務省本省、あるいは中東周辺の在外公館からは、例えばトルコに対しまして、シリアと接するトルコに出張ベースで数名ずつ何回かに分けてこの人員を派遣して情報収集を行う。

 また警察庁につきましてもシリア周辺国に人員を派遣して協力要請とか情報収集を行う。こういった形で様々な働きかけそして協力を得ていたと、いうことであります。
 
 ですから現地対策本部の人員という意味に於いては1月20日以降、人数を増やしたということでありますが、その外側で外務省、あるいは周辺の在外公館、あるいは警察庁、様々な関係者が周辺国に出張ベースで出かけて行き、働きかけを行い、協力を得てきました。こういった対応で臨んだ次第です」

 岡田克也「 ヨルダンが最も重要な国であると、そう考えたからこそ、そこに現地対策本部を設けたと思うんですよね。そこの現地対策本部の増員ではなくて、トルコや周辺国、それは分かりますよ。だけど、どうして一番大事だと考えたヨルダンの増員がなされなかったのかということが私には分からない。説明してくださいますか」

 岸田文雄「ヨルダンに現地対策本部を置いた理由ですが、今回の事案、シリアに於いて発生した事案でありますが、シリアに於いては他の周辺国も同じでありますが、治安の悪化に伴って大使館が退避しておりました。現実シリアには我が国の大使館が存在しないという状況でありました。

 そしてシリア大使館がヨルダンに退避している。こうした状況でありました。そうしたことに加えてやはりヨルダンというのは中東地域に於ける情報拠点としてもう一つ評価されている国である地域であります。こうした諸点を勘案した上で我が国としましてはヨルダンに現地対策本部を置いた次第であります。

 そしてその人員の状況につきましては先程申し上げましたような対応に基づいて具体的な増員は1月20日以降にさせて頂いた次第であります」

 岡田克也「まあ、大臣が何を言っているのかよく分からないのですが、大事な国だったら、もっと早く増員すべきだと。ま、そこは私は危機管理が足りなかったんじゃないかというふうに思いますね。周辺の国に人員を張りつけたのかもしれませんが、もっとヨルダンにも集中的に早く人を配置すべきだったんじゃないかというふうに思います。

 この点を更に議論させて頂きたいと思いますが、官房長官、ちょっとお聞きします。先程12月3日にですね、後藤さんの拘束が分かりました。官房長官、何時に官邸に入られましたか」 

 菅義偉「私は当時解散の選挙中でありました。自民党本部の要請に基づいて私は遊説に出向いておりましたので、私が官邸を留守にする間にですね、内閣法に基づいてですね、定めによって世耕副長官に私の職務を代行できるものがありますので副長官にお願いをして、私は不在をしておりました。

 ただ常に電話連絡は取っていたということであります」

 岡田克也「やはり拘束がはっきり分かってから直ちに官邸中心に対応を取ろうとしたら、官房長官、12月3日にいたことが(「官邸にいることが」か?)分かっていたんじゃないですか。この日の日程を見ますと、朝から静岡県、愛知県、10個所街頭演説をされて、最終的には名古屋新幹線口、JR名古屋駅口で演説をされていますから、恐らく官邸に入られたのは早くても21時前後ぐらいじゃないかと私は思うんですね。

 もし官房長官が官邸におられたら、もっと早く対応できたんじゃありませんか。反省ありませんか」

 菅義偉「ご理解を頂きたいんですけども、官房長官不在のときはそれは内閣法の定めによって官房副長官が職務代行することができるわけですから、それは私はそうさせて指名をしてですね、当時参議院の加藤副長官に代行をしてですね、対応できるよう手当をしていたということであります。

 それとですね、同時に12月3日というのは、後藤さんが拘束された、本当にそうかどうかということはその時点で分かっていなかったんです。12月3日、拘束されているというメールが来たわけです。で、先程申し上げましたけども、12月19日になって、それは後藤さんだと判明したわけですね。そう理解してください」

 岡田克也「官房長官、えひめ丸事件ご存知ですよね。森政権のときに森さんは横浜でゴルフをしていた。官房長官福田さんは群馬県で離れていた。結局総理と官房長官が共に官邸を離れていたことの反省に立って、官房長官、これ暗黙のルールであったんじゃないんですか。

 つまり官房長官は基本的に官邸周りにいる。離れるときは総理が代わりにいる。基本的にはそういうことじゃないですか。それは暗黙のルール。私はこれは暗黙のルールかもしれませんが、しかしこれは重要なルールだと思います。国家の危機管理としてね。

 いざというときに何か起こったら、しかもオペレーションルームに降りていって、指示しなければいけないでしょ、官房長官は。その人が遠くに離れていて、総理も遠くに離れていてそれで国家の危機管理できるんですかね。どうですか」

 菅義偉「私が申し上げましたようにですね、内閣法に於いて官房長官不在のときに予め官房長官の定める所によって副長官がその職務を代行する。そういう規定をですね、定めているところでありますし、それに基づいて私は世耕副長官をですね、代行できるようにしておいたわけでありますし、その日に後藤さんが12月3日にですよ、完全に拘束されているという3日の日は分からなかったんです。事実確認できたのは(語気を強めて)19日ですから」

 岡田克也「翌日、12月4日も官房長官は朝から茨城県に街頭演説に出掛けておられますね。選挙中に官邸におられたのは閣議があった12月9日午前中。 で、記者会見をそんとき、官房長官、やっておられますね。それだけ官邸をずっーと明け続けていた。

 後藤さん(の拘束)がはっきりしたのは19日かもしれなせんが、あらゆる情報を収集してどうなっているかということを、官邸はまさしく必死の思いでやっていたはずだと私は思うんでですよ。

 それから外務大臣が先程言われていた部族長や宗教関係者や色んな国との関係で情報を集めて、色んな情報がありますから、正しい情報、間違った情報、そういうものを精査をして、何とかして人質の命を助ける。

 そのために官邸は必死の思いでやっていたと私は思うんですが、それにしても毎日毎日街頭演説ですか。街頭演説されているんですか。いつ官邸におられるんですか。夜ですか。どうして昼おられないんですか。お答えください」

 菅義偉「夫人がですね、旧知の民間の専門家、その方を通じて遣り取りしていたんです。そして12月20日、あ、19日ですね、12月19日になってですね、その遣り取りの中で後藤さんが拘束されているという心証を持ったのは12月19日なんですよ。

 ですから、それまでの間に政権として私は当時選挙中ですから、選挙応援に行きました。しかし官邸には私の職務を代行できるという内閣法の定めに従って、世耕副長官がしっかりと対応した。このように思っています」

 岡田克也「この間の奥様とISILとのメールの遣り取りの、これも色んなアドバイスを政府としてはしていたと思うんですが、そういう作業、それから先程申し上げました関係部局とで情報収集や分析、部族長、宗教関係者必死になって日本国政府としては対応していたはずですよ。

 そのときに中心になる官房長官が昼間いないということが私には理解できないんですよ。はっきりと(拘束であるということが)固まっていなかったからいいという話では私はないと思います。総理如何ですか」

 安倍晋三「もう一度官房長官から答弁させて頂きますが、官房長官の仕事は何かということなんだろうと思います。そしてこうした事態が起こって、まだISILかどうか分からない段階に於いて基本的には(内閣)危機管理監が対応します。で、そこに、これは当たり前なんですよ。それは日々色んな起こっているわけですから、実際に。

 で、世界中色んなことが起こってんですよ。で、そこでですね、定かではないという情報、邦人がいなくなったという情報は結構あるんですよ。で、そん中でですね、どう対応していこうかということはここは危機管理監のところで対応していきます。

 今回のことについては後藤さんの奥様からご連絡があった。(ヤジ)少し静かにしてください。(民主党の)山井さん、私が一生懸命答弁しているんですから。(委員長『静かに」)

 いいでしょうか。そこでですね、そういう中に於いて官房長官のところにも勿論情報が入っておりますが、選挙中でもありながら、私共のところにも秘書官がずっとついているわけですから、これは情報が入ってきます。メールも電話もあるんですから、常時ですね、と言うことに於いてはオペレーション自体何の支障もないわけですし、そこで次々とオペレーションを進めていくという指示を出さなければいけないという段階ではないんですよ。残念ながらですね、この段階では。

 情報もかなり限られておりましたし、その段階ではないわけでありました。ですから、そこでまたISIL側ともですね、まだISILかどうかってことも分からないわけですから。そもそも政府としての立場はテロリストとは交渉しない。これが基本的な立場です。

 しかし接触等についてはですね、この段階ではまだISILとは明らかになっていないわけですから、明らかになっていないのにそこに接触して聞くというのはこんな馬鹿げたことを勿論ないわけですから、そこで部族長等々とですね、さらにですね、我々は情報収集等を展開をしていたわけでありまして、そんな中で残念ながら、なかなか収穫がないという状況が続いたと、こういうことであります」

 岡田克也「ま、ですから、相手がはっきりしないけれども、ま、ISILの可能性が高いということは容易に想像できたと思うんですねえ。後藤さんの行き先から見ればですね。そういうときに、しかも公務じゃないんですよね。選挙演説ですから。ま、私はその感覚が、感覚が分からないですよ。ああ、それでいいって開き直るなら、いいんですよ。だけど最終的に国民の命、そこに責任を持つ、危機管理に責任を持つのは総理であり、官房長官じゃないですか。その程度の認識でいいんですか、本当に。

 私はね、選挙期間中に記者会見で申し上げたことがことがございます。残念ながら記事にはなっていませんが、やはり官房長官があれだけ選挙で官邸を離れているは如何なものかと。

 例えばあのときにエボラ熱の感染が国内に広がる可能性がありましたね。北朝鮮のミサイルの話も、どうなるか。いつ何が起こるか分からない。勿論、国内外のテロだって分からない。そういう様々なリスクがある中で、ずっとノンキに昼間連続して官邸を空けていいんですか。公務ではない選挙をやってですよ。

 官邸を空けていたという、そういう感覚が私はわからないと言っているんですよ。如何ですか」

 安倍晋三「危機管理ができているかどうか、民主党がそんなことを言えるんですか。それはそういう(言いたい)気持になりますよ。それははっきりと申し上げてですね(激しいヤジ)。で、私がですね、先程えひめ丸の例を挙げましたが、えひめ丸の例を挙げましたがね、あのとき私は官房副長官で、東京でそれを担当しておりました。

 ですから、実際ですね、私は官房副長官としてオペレーションを担当しておりましたけど、これは官房長官の代理として職務を果たしていたと思いますよ。で、そん中に於いてあのときですね、外務省に対しても、あるいは海保に対しても様々な指示を出しておりましたし、アメリカとの連絡に於いても官房副長官としての役割を果たしてまいりました。

 ですから、官房長かですね、離れていたからダメだということではなくて、それは法律でそうなっているわけですから、だから官房副長官というのはそういう覚悟を常に持ち、準備をしながら、そういう態勢を整えながら、当然官房長官や総理と直ちに連絡を取れるようにしていくということであろうと思います。

 で、また選挙でありますから、安倍内閣の考え方を国民に選挙という機会を通じて国民に伝えていくということも、これは政治家としての側面でもあるわけですから、これは一つの当然ですね、l民主党にとっては官房長官が選挙で回るということはイヤなことかもしれませんがね、そこはですね(ヤジ)、その仕事との関係に於いてはですね、何ら支障はないということははっきりと申し上げておきたい。

 その段階では官房長官を中心にオペレーションをしなければいけないという状況では全くないわけでありますから、そこについてですね、そういう、いわば官房長官がボーッとしていたが如くにですね、ご指摘は私は当たらないと、そこは失礼な指摘ではないかと、このように思います」

 岡田克也「まあ、総理は言いたいことを言われましたけども、あとでよく精査されて、削除された方がいいと思いますが、2年前の選挙のとき藤村官房長官は自らの選挙は厳しかったけど、藤村さん選挙中1日しか地元に戻っていないんですね。そのときには総理が官邸にいたと、

 で、彼は落選しました。勿論、それが原因で落選したわけではないかもしれませんが、責任感はあったということですよ。責任感はあったということなんです。

 それが普通なんです。今までの自民党の歴代内閣、選挙期間中、どうなんですか。官房長官が選挙で駆け回っているっていう内閣ありますか。今回初めてじゃないですか。そう言うことは、あの、集中的オペレーションしている時期ではないと総理おっしゃったんですが、では聞きますが、東日本大震災並みの地震があったときに総理が官邸からどこか遠く離れたいたら、誰がオペレーションルームに入って各大臣に対して指示するんですか。副長官がやるんですか。

 それはやっぱり官房長官が必要だからこそ、官房長官の存在があるんじゃないんですか。つまり副長官ができますか。総理お答えください」

 菅義偉「先ずですね、副長官はできます。このことは明言しますよ。先程私は申し上げているじゃありませんか。内閣法の中で官房長官が不在のときは予め官房長官が定めるところによって官房副長官が代行する旨が規定されているわけですから、それに基づいて私はしっかりと対応していたわけでありますので、それは官房副長官が指揮できるということはこれは明言しますし、それと同時に岡田委員もですね、外務大臣やられたと思います。邦人保護、これは危機管理。それと外務省、これで対応するというのが、これ基本ですよね。

 それでその時点に於いて先程来申し上げておりますけれども、12月3日の時点に於いては拘束されたの一報だけで、それが事実かどうかさえ確認できなかったわけです。それでありとあらゆるところで情報収集をした。それと同時にメールもですよ、メールも、その頻繁に交わしていることじゃなくて、それはプライバシーの部分もありますけども、後藤夫人はですよ、旧知の民間の専門家の方にお願いをしていたわけであります。

 そうしてその最終的に後藤さんが拘束されていると分かったのが12月19日です。そこは危機管理は全く問題なかったと思います」

 岡田克也「まあ、私が申し上げたのは、何が起こるか分からない。これから国内のテロだって起こるかもしれない。そういうときに総理も官房長官もいなくて、それで危機管理を万全に尽くしたって言えますかってことを聞いているわけです。総理如何ですか」

 安倍晋三「そのためにですね、例えば危機管理監がオペレーションについて様々な邦人保護については危機管理監がいるわけであります。そして例えば、東大日本大震災のことが急に起こったら、どうかその段階では勿論、例えば私が離れていたら、総理大臣である私が責任者でありますから、基本的にはですね、勿論官房長官が官邸に於いては指示を出すことはできますよ。

 でも、それは基本的に総理大臣が指揮を取るわけです。どこにいたって、どこにいたってです。私の場合は多くの秘書官が大体帯同して行っておりますから、そこで直ちに連絡を取るようにしてしておりますし、自衛隊が常に待機、ヘリコプターが待機してですね、直ちにヘリコプターで帰京できる態勢を常に整えながら行動をしているわけでございます。

 そういう段階に於いては総理大臣が直ちに対応する。あるいは外にいてもですね、官邸にいなければですね、何も指示を出さないという状況ではないんですから。
 
 ですから、余り形式的に陥ってですね、結果としてですね、逆に結果を出さないとことになるわけですから、官邸にいるときにしか指示を出せないわけではないですよ。私が外にいても指示を出せるんですよ、これは。

 例え外国にいても、私は指示を出せますよ。今までも指示を出していました。ですから、そういう意味に於いては危機管理上、問題なかったということははっきりと申し上げて置きたいと思います」(拍手が起こる)

 岡田克也「私は拍手する人の気がしれませんね。私も危機管理として官邸におりましたが、ちょっと感覚違い過ぎます。それじゃあ、総理、確認しますが、これからも総理、官房長官が共に官邸を離れると、普通にあるんだということですね。如何ですか」

 安倍晋三「それは今迄ですね、ずっと、この2年、この少しの実際の状況を見て頂ければ、明らかなわけですから、あれは選挙の期間だから、ああいうことがあったわけでございますが、(場内笑い声。後ろで西川農水相が献金疑惑を抱えていながら、笑っていられる場合ではないはずだが、笑う。)それ以外に於いては大体、しかしですね、でも、それは絶対ダメかと言えば、そうではないわけでありますし、で、基本的にですね、極めて形式、形式主義的におっしゃっているのは、えー、私も、第1次政権と比べれば、3年以上総理大臣をやっておりますし、また官房長官1年、官房副長官3年やっております。

 これは形式主義に陥るのはよくないんです。ある意味、官僚主義的でね。そこはどこにいてもですよ、やはり基本的には総理大臣がやっぱ指示を出すんですよ。官房長官がいようと。副官房長官がいようとね。

 ですから、大切なことは総理である私が指示を出す。今回のことについても基本的には私のところに情報が入っていましたし、私から最終的な指示を、官房長官が報告をした上に於いて指示を出しているわけであります。官邸にいなければ何もできないというようなことは基本的にはですね、勿論官邸に帰ってきますよ。しかし同時にですね、官邸にいなくたって連絡できないわけではではありませんし、えー、それは当たり前のことなんだろうなあと、このように思いますよ。

 ですから、例えばアメリカですら、アメリカですら、一時9・11のときに大統領も副大統領も両方ワシントンを意図的に離れるわけであります。それはむしろ意図的に離れている中に於いて、ですね、上空からこれは指示を出して、日本はそこまでいっていないわけですが、これは事実としてですね、そうなわけであります。

 このように我々はあの選挙のときはそうだった(9・11のような事態であった)わけでは勿論ありませんが、ですから形式主義的にですね、官邸にいなければ仕事ができない、いわば官邸にいる人がやらなければいけないということとはないです。様々な危機対応には危機管理監が対応すると、これが基本だということは知って頂きたいとこのように思います」

 岡田克也「総理、言うことを欠いてアメリカのテロのときの話はちょっとおかし過ぎますよ。あれはワシントンにいて二人狙われる可能性がある。そういうことでバラバラにワシントンを離れたわけですが、きちんとハード的には対応できるということがあるわけじゃないですか。日本にはそういうのがないわけでしょ。

 そしてオペレーションルーム。オペレーションルームにいれば色んな情報が集まるし、直ちに出される。そういう仕組みになっていますよ。それに代わるものがありますか。だからこそ、やっぱり官邸なりに総理か官房長官、どちらかがいなければいけないことになっているんじゃないですか。

 その程度の認識ですか、国家の危機管理について。私は全く理解できないですよ。大丈夫ですか。これ。大丈夫ですか、これから。色んなことが、酷なことが起こるかもしれませんよ、総理。

 総理に危機管理監なり、官邸の中でやっぱ官房長官かどちらかが官邸にいるべきだっていうアドバイスをした人がいませんか。私、そうした人いなかったとしたら、おかしくなりますよ。それだったら、そういうことも含めて是非しっかりと対処してください。

 私は更にこの問題を議論して頂きたいと思います。何か一言あれば、おっしゃってください」

 安倍晋三「内閣法があるんですから。内閣法に則ってですね、指示を出せる人がいるわけですよ。で、まさに官邸にいなければ対応できないというわけではないです。今まで私は外国や何かに行ってますから、そこからしっかり指示を出しているわけですから。

 山梨のときだって、そうですよ。最終的に指示を出したのは私が指示を出して、海外から指示を出して、その通り対応を出しているわけであります。形式的に官房長官が官邸から出していることはあるかもしれませんが、私がちゃんと官房長官に指示を出して、出しているわけであります。

 これはそういうものなんです。ですから、そん中に於いて私はしっかりと対応できていて、瑕疵はなかったと言うことははっきりと申し上げておきたい。

 形式だけを整えておけばいいということではないわけでありまして、法的にはしっかりと我々は対応できているわけでありますし、実際のオペレーションに於いてそれは問題なかったということは申し上げておきたいと思います」

 岡田克也「私も外務大臣を経験して海外に行ったときにいろんな情報に接するということは何度もありましたが、官邸にいて様々な情報に接するのと海外にいるのではやっぱり違うです。

 いや、是非ですね、私、とにかく総理と官房長官の危機管理についての認識を今日聞いて非常に驚きましたが、国民の皆さんはどう思われたでしょうか。今はこの辺にこの問題はしておきたいと思います」(以上)
 

 岡田克也は「イスラム国」による2邦人殺害事件の政府対応の妥当性よりも安倍晋三と菅義偉が首相官邸を空けて選挙応援に駆け回っていた危機管理対応の妥当性に重点を置いて追及した。

 安倍晋三、菅官房長官の自己正当性の理由は内閣法に則って副官房長官を代理に任命、首相官邸で官房長官の職務を代行させていたから何の支障もなかったということ、基本的な指示発出者は総理大臣であり、例え選挙応援で官邸を留守にしても、あるいは国内のどこにいても、外国にいてすらメール、携帯で指示を出すことも情報を受け取ることもできて危機管理を機能させることができるから、居場所は問題ではないと言うことに置いた。

 2邦人拘束疑惑中の首相官邸を留守にした選挙応援の具体的な妥当性理由は12月3日に後藤夫人への犯行グループからのメールで拘束されたらしいという可能性を知ったのみで、拘束の事実の印象を持ったのは同じく後藤夫人への犯行グループからのメールで、それが12月19日のことで、そして翌日の1月20日に「イスラム国」から2邦人解放と引き換えの2億ドルの身代金要求の動画がネット上に配信されて初めて犯行グループを特定でき、拘束された事実を確定することができたのであって、選挙応援はそれ以前のことだから問題はないとしている。

 一つ疑問なのは後藤さん拘束疑惑の情報を得たのは2月2日参院予算委員会では外相の岸田文雄が11月1日だと答弁している。

 岸田文雄「後藤さんですが、11月1日に後藤さんが行方不明になったという情報を得ています。ただこの段階では、何者によって拘束されたのか、これについては、あのーえー、十分に情報を得ておりませんでした」

 11月1日が12月3日になぜ、いつ変更されたのだろうか。変更の理由は何なのだろうか。12月3日にしたら安倍政権側に好都合な理由があるから、そうしたのだろうか。

 例えば解散は11月21日である。11月1日に拘束の可能性を把握していながら、国民の生命の安全を他処に解散したと受け取られることの不都合を12月3日に持っていくことで既に解散も公示日も決まってしまっていたことで仕方ないとすることで解消できる好都合である。

 繰返しになるが、選挙期間中の遊説に問題はないとしている菅義偉の発言は次のようになっている。

 菅義偉「確か12月19日だったと思うんですけども、この夫人と犯人側との遣り取りの中でですね、後藤さんが確かに拘束されているという印象を持ったのが確か12月19日であります」

 菅義偉「最終的に後藤さんが拘束されていると分かったのが12月19日です。そこは危機管理は全く問題なかったと思います」

 選挙で官邸を留守にしても、副官房長官を代理に置いたとしていることについての答弁は次のとおりである。

 菅義偉「私は当時解散の選挙中でありました。自民党本部の要請に基づいて私は遊説に出向いておりましたので、私が官邸を留守にする間にですね、内閣法に基づいてですね、定めによって世耕副長官に私の職務を代行できるものがありますので副長官にお願いをして、私は不在をしておりました。

 ただ常に電話連絡は取っていたということであります」

 安倍晋三も同じようなことを言って、自己対応を正当化している。

 8月に湯川さん拘束情報を得て、官邸、外務省に対策関係の部署を設け、ヨルダンに現地対策本部、今回は12月3日に後藤さん拘束情報を受けて、同じく官邸、外務省、警察等に対策関係の部署を立ち上げてまでし、更にヨルダン現地対策本部の人員を増員したのは、単なる疑いであっても、拘束が事実の場合を想定した危機管理からだろう。

 拘束が疑いの範囲を出ない、あるいは疑いの可能性に過ぎないと見做して危機管理対策を発動したわけではあるまい。

 何が起こるか分からない。何も起こらないかもしれない。だが、何が起こっても早急に手が打てるようにという想定が危機管理である。

 つまり12月3日は単なる拘束の可能性であり、犯行グループが特定できなかろうと、12月19日に拘束の事実の印象を持とうと、12月20日になったやっと犯行グループが特定でき拘束の事実が確定しようと一切関係ないということである。

 「国民の生命と財産を守る」使命を負っている国家の義務として、特に安倍晋三も「国民の命と幸せを守る」と言っていることに反しないためにも拘束が事実の場合を想定した危機管理を発動し、そのような危機管理は拘束されたのでも何でもない2邦人の無事を確認するか、解放して身体的な保護を確保するか、あるいは無事の願いも虚しく悲劇が明らかになるまで継続しなければならない。

 このことは選挙中だろうと、そうでなかろうと同じだということである。選挙中だからと言って、その期間中、拘束が事実の場合を想定した危機管理を停止することができるだろうか。

 停止できる「国民の生命と財産を守る」使命など聞いたことはないし、国家の怠慢・不作為そのものとなる。

 だが、安倍晋三も菅義偉も意識しないままに停止状態に置いた。国家の怠慢・不作為そのものである。

 内閣法に基づいて副官房長官を代理として首相官邸に詰めさせたということは理由とならないし、基本となる指示を出すのは首相だから問題はないとする安倍晋三の主張も理由とならない。
 
 確かに基本的な指示を出すのは首相であり、このことは外国にいても可能である。首相官邸から連絡を受けつつ、指示を出して危機管理を機能させることはできる。

 だが、具体的にどのような内容の情報が必要で、必要とするには誰を対象にどういった方法で、どう収集するか、危機管理のスタッフと謀りつつその指示を出すのは立ち上げた組織のトップであることに越したことはない。

 なぜなら、指示・命令はそれを出す者の地位が負っている権威の大小に応じた有効性と権威の大小に応じて指示・命令を受ける者との間に構築される信頼関係の有効性に従って機能することになるからだ。

 いわば信頼関係が構築されているという前提で、地位が上の者程、その指示・命令は効力を備えることになる。

 首相を除けば、副官房長官よりも官房長官ということになる。

 官房長官が首相からの指示だからと出す場合と、副官房長官が首相からの指示だからと出す場合と効力は自ずと違ってくることは誰に目にも明らかであろう。後者の方が効力を有しているとしたら、地位が上でありながら、権威も信頼関係も失っていることを意味する。

 また、指示・命令や情報収集の円滑性・迅速性を確保する最善にして最的確な場所は国家危機管理に関わる指揮・監督、あるいは統率の司令拠点としている首相官邸であることは断るまでもない。

 いわば2邦人の拘束が事実の場合を想定した危機管理は官房長官が首相官邸で極力陣頭指揮を取って始めて、よりよく機能させることことが可能となり、そうすることこそが国家の義務としての「国民の生命と財産を守る」使命に違わない姿勢を取り続けたことになる。

 「次々とオペレーションを進めていくという指示を出さなければいけないという段階ではない」とする安倍晋三の主張も首相官邸を空ける理由にはならないし、拘束の事実確認ができたのは12月20日だからと、それ以前は可能性に過ぎなかったからということも首相官邸を空ける理由とはならない。

 拘束が事実の場合を想定した危機管理を怠った。それも「国民の命と財産を守る」ことよりも選挙を優先させるためにである。

 これで二人が口で何と言おうと、それらしい立派なことをどのようにどう言おうと、国民の生命(いのち)をどう考えているか分かったはずである。

 菅官房長官が言うように「危機管理は全く問題なかった」と認めることはできないし、安倍晋三の言うように国民の生命に関わる危機管理に「瑕疵はなかった」とすることはできない。

 岡田克也は二人の発言が様々に問題点を抱えていながら、的確に把握して追及に変えることができなかった。だから、同じ言葉を繰返す堂々巡りの質問となり、答弁の方も堂々巡りとなった。

 岡田克也が首相と官房長官が同時に官邸を離れていた例としてえひめ丸沈没事件を持ち出すと、安倍晋三はその事件のとき「私は官房副長官としてオペレーションを担当しておりましたけど、これは官房長官の代理として職務を果たしていたと思いますよ。で、そん中に於いてあのときですね、外務省に対しても、あるいは海保に対しても様々な指示を出しておりましたし、アメリカとの連絡に於いても官房副長官としての役割を果たしてまいりました」とさも副官房長官でも危機管理上の役目を果たせるかのように頭が悪くなければ言えないことを言っているが、森喜朗が首相に就任したのは2000年4月5日、ハワイ沖で日本の高校生の練習船「えひめ丸」がアメリカ海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没したのが2001年2月10日、岡田克也が言うように当日ゴルフをしていて沈没第一報が入ってからも1時間半もプレーを続行したことが災いして支持率を下げ、それから約2ヶ月後の2001年4月26日に辞任している。

 要するに福田官房長官も安倍晋三副官房長官も国民の生命の安否に関わることだから、直ちにプレーを打ち上げて帰京し、首相官邸に入るようにとは指示を出さなかったか、出したとしても、森喜朗が無視したかどちらかだった。

 後者だとしても、説得させるだけの危機管理の点で二人とも能力を発揮できなかった。にも関わらず安倍晋三は「官房副長官としての役割を果たしてまいりました」と言うことができる。

 安倍晋三はまた官邸にいなければ対応できないわけではない例として、「山梨のときだって、そうですよ」と言っているが、昨年2014年4月11日の熊本県多良木町の養鶏場で「H5」型の鳥インフルエンザウイルスに感染して4月11日から4月13日に かけて飼育中のニワトリ5万6000羽のうち約1100羽 が大量死したときと、同じく昨年2014年8月20日の広島土砂災害のときのことを指すはずだ。

 両方共ゴルフを続行した。特に広島の土砂災害の場合は8月20日午前3時20分頃の土砂崩れで土砂に埋まった子ども2人のうち1人が午前5時15分頃心肺停止の状態で発見されていながら、心肺停止が限りなく死の危険に近い状態であることも構わずにゴルフを続け、ゴルフ場から官邸に指示を出していたと強弁、万が一の死の発生を想定した危機管理を怠り、首相官邸に入らずにゴルフの楽しみを優先させた。

 この土砂災害では74人の死者を出している。

 ゴルフを優先させるような危機管理意識が2邦人拘束が事実の場合を想定した危機管理を怠り、選挙を優先させることができたと考えると、双方の危機管理を相互対応させることができる。決して二つのことは無関係ではないはずである。

 最後に岸田文雄は1月20日に身代金要求の動画が掲載された時点で、「二人を解放する上で何が最も効果的なのか、この観点から、政府として全体で検討をした次第であります。この観点で検討した結果、まあ、ISILと直接交渉する、接触するということではなくて、我が国が今日まで外交等に於いて培ってきた様々な関係国、その情報機関、あるいは宗教関係者さらには部族長、こういったあらゆるルートを活用して取り組むという対応を決定し、それを実行したということであります」と言っているが、この発言からも安倍晋三にしても菅義偉にしても岸田文雄にしても12月3日を起点とした拘束が事実の場合を想定した危機管理体制を本格的には取っていなかったことが分かる。

 つまり1月20日以前は湯川さん拘束の疑いが出でも、後藤さん拘束の疑いが出ても、「様々な関係国、その情報機関、あるいは宗教関係者さらには部族長、こういったあらゆるルートを活用」することはなかった。

 この本格的であることを欠いていた事実からも、国民の生命をどう考えているかを窺うことができる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする