空華 ー 日はまた昇る

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青春の挑戦 20 (小説)

2022-01-19 20:20:18 | 文化




20
松尾優紀はソファーに座り、テレビの前に釘づけになった。原発事故の状況は中野静子から電話で聞いた印象より悪かった。

ただ、不思議なことに、震度六強で、こんな事故がおきる筈がないように設計されているはずだ。大きな津波もおきていない、それに、その事故の直後に、銀色の円盤が原発の屋根の方から、宙に行き、去ったことを目撃した者が三人もいたのだ。

原発の敷地にいた二十五名ほどの人間が爆発と放射能で確実に死んだようだ。そして放射能の漏れによる汚染が伊方浜市一帯で心配される状況にあり、伊方浜
の周辺にあたる広い地域にも時間と共に悪い影響が及ぼされる恐れが出てきているようだった。
 死者の名は十二時のニュースになって明らかにされた。堀川善介という名前を見付けた時、松尾優紀はある衝撃を受けた。
 原発敷地内にいた堀川氏が死んだという思いは松尾にめまいを引き起こした。めまいが直ると目に涙が浮かんだ。原発事故で死んだことが一層 悲劇の主人公であるという感じを深くした。原発の職員の自殺の原因などを解明するために伊方浜の原発に足を運んでいた堀川が哀れであった。松尾の頭の中で堀川の姿があるイメージとなって浮かんだ。丁度、キャンプファイアーのようにたきぎが空高く積まれてそのたきぎの上に堀川の死体が置かれている。そして石油が浴びせられ、聖火台に火がともされるかのようにたきぎに火がつき、そしてそれは恐ろしい火炎に変わる。魔王のように激しくダンスする姿の火の舌。その舌に嘗められ、溶け、そして気体に変わっていく堀川の肉体。そして突如、号音と同時に、火炎に包まれたたきぎは崩れ、その中から放射能の渦が吐き出される。

 松尾優紀は昼食を取ると、堀川邸に行った。堀川邸はごったがえしていた。多くの知人、縁者が集まり、一階にあるフロアーのテレビの前のソフアーに座っていた。彼の知らない顔も沢山、混じっていた。NPO法人ニヒリズム克服同盟を最近名前を「ユートピア 」に変えた大山道長が松尾の姿を見ると立ち上がって近づいてきた。大山は濃いサングラスをかけていて、松尾は何故か、そのサングラスが好みでなかった。
「これは宇宙人のしわざかもしれぬ。人間のミスあるいは事故のようにみせかけているが。」
と大山は言った。奇人という感じの大山の言うことだから、と思ってみたが、松尾の頭には二つの原発事故のことが頭に浮かんだ。スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故だ。
この二つの事故のことが、まるで動画のように松尾の頭を横切った。
「大変なことが起きましたね」
松尾はそう言った。
「うん。奥さんがかなりショックを受けて閉じこもっている」
大山はそう言った。
「どこに?」
「うん、中野静子さんと一緒に二階の部屋に閉じこもっている」
中野静子のイメージが鮮やかに、頭に浮かんだ。森のポエムに満ちたような彼女がヴァイオリンを弾く姿は松尾の目に焼き付いている。

 松尾優紀は大山の指差した二階に通じる階段を見た。
「君なら大丈夫だろう。行ってみな」と大山は言った。
彼は階段を上がり、夫人の部屋をノックした。最初、中から声はしなかった。
「松尾優紀です」
彼はそう言ってノックした。
「はい」
夫人の声がした。
しばらくすると、ドアが開けられた。涙を流したせいであろうか、幾分 目頭を赤くして髪も乱れていた。後ろに中野静子がいたのには目を見張った。
又いとこの話は知っていたが、これほどのコミ二ケーションの仲であることを知らなかった。

「どうぞ、お入り下さい」とアリサ夫人が言った。
その広い部屋は家族団欒の部屋という感じがした。
「この度は大変なことが起きて、お悔み申し上げます」
テーブルの前の椅子に堀川の父が厳粛な顔をして座り込んでいた。
松尾は堀川の父の前に立って、同じようなお悔みの言葉を言った。
「生死はみ仏の御いのちなりです。死は誰にも来るものですが、事故は人間のミスなのか、宇宙人の仕業なのか分からなくなっている。この宇宙には今の科学では分からない未知の次元があって、そこから来た宇宙人かもしれない。もしかしたら、彼らの警告ということもありうる。」
松尾優紀は大山から言われた時は気にしなかったが、堀川の父まで言うので少々驚いた。宇宙人の噂はそこまで広がっているのか。

堀川の父は唇をかみしめて言った。目には涙が溢れていた。「原発の事故だなんて、もう日本もおしまいだな」
「本当に僕もどう考えて良いやら、頭が混乱していて」
「ええ、あたしも同じですわ」とアリサ夫人が言った。彼女はこの災難を乗り切るためか、緊張した雰囲気を漂わせていた。「伊方浜に行くのは無理かしら?」
「原発の事故ですよ、放射能の汚染がひどい所に行ったら、あなたまでやられてしまうじゃないか。そういうことを良く考えて、もう少し様子をみなさい」
 堀川の父の語気は強かったせいか、細い目に赤みがかった頬が白髪の額縁に包まれたようだった。
「お父さんのおっしゃる通りだと思います。今、現地に行くのは危険でしょう。もう少し、様子を見るべきです」
松尾もそう言った。
「そう、やはり無理なのね。確かに、その通りだわ。相手は放射能ですものね。静子さん。ヴァイオリン持ってきてくださったわね。弾いて下さらない。」
「はい。何を」
「何でもいいのよ。あなたの好きな曲を」
彼女は黒のスーツを着ていた。箱から、ヴァイオリンを出すと、それを胸にあて、弾きだした。悲しみの中に浄化された悲しみの音色が美しい音の波となって、松尾の耳にも入ってきた。その時、松尾が強く感じたのは、詩人としての自由闊達な彼女ではなく、静かな天界の人のような顔つきをする彼女の顔だった。
彼女のヴァイオリンを弾く姿を見るのはこの間の町の広場でのと、二度目だったことを思い出した。詩人としての彼女の顔には明るいものがあって、どこかに茶目っ気があり、まだ子供のような心をのぞかせて、可愛いいという気持ちは持っても、アリサに対する初恋の火だねを胸の中にかかえている松尾にはそれ以上に進まなかった。それがヴァイオリンを弾きだすと、途端に芸術の世界に入り、静子の魂は数段 飛躍して天界へのぼってしまい、そこで松尾に問いかけているようにも思えた。彼は胸に熱いものを感じるのだった。アリサは静かに聞いていた。


 松尾優紀はソ連のチェルノブイリの事故を思い出した。今だに、ヨーロッパ全域にわたって食品汚染の問題が深刻だと聞いている。今回の伊方浜の事故の規模はあんなに大きなものではないにしても、いずれ時間と共に風とともに、広島県一帯の空と大地を放射能で汚染することはありうることではなかろうか。
松尾は広島の原爆資料館で見た原爆の様子を思い出した。これほどの悲劇に襲われた多くの人達のことを思うと同時に、「長崎の鐘」という映画も思い出した。研究室で、白血病にかかった医師が自分の寿命はあと三年だと妻に、告げて、病院に出勤したその日、原爆が落とされたのだ。医師は自分の深い傷にもかかわらず多くの人を助けた。家に帰ると、家はがれきの山となり、妻は骨となっていた。そのショックと深い悲しみの歌も思い出した。それで、松尾は胸が締め付けられるような思いがした。


 尾野絵市や奈尾市に住む人達にとっても、すぐに人命に影響を受けることはないにしても、長い目で見ればガンの多発とかという形で健康破壊がすすむことは確実だろう。
もう遅い。彼はそう思った。
「奈尾市が住めなくなったら、おしまいだな」 堀川の父が小声でそう言った。
「住めなくなるということはないと思います。ただなんらかの放射能汚染に悩まされることになるかもしれません」
「このあたり一帯もいずれ子供には住めなくなる。子供が可哀想だ。子供のいる家は移住だな」
息子を失った悲しみに急に老人になったような堀川の父があきらめきったような口調でそう言った。
「はい、そうなる可能性はありますね。放射能は人間の細胞にあるDNAを傷つけますから。特に子供は」と松尾は言って、言葉に詰まった。
「こわいですね」 アリサがそう言った。
 松尾はしばらくみんなの話を聞いていた。そして彼等を慰めたあと、階下のフロアーにおりて行った。大山の所に行こうと思ったが、大山は隣の紳士となにやら、真剣な表情で話をしている。どうしょうかと思って、佇みながらテレビの方を見ていると大山の声がした。
「松尾さん」

その時、柱にくくりつけられていた鳥かごにいるインコが「松尾さん」と言った。
松尾は緑の羽をしたインコの愛嬌のある顔を見て、微笑した、それから大山のまなざしを見た。その時、大山はサングラスをはずして、素顔を見せていた。口ひげをはやしているが、以前のいかつさは消え、意外と思われるほど童顔ぽい顔になっている。
大山は立ち上がって近付いてきた。
松尾は頷いて、大山のまなざしを見た。大山は耳元に囁くように言った。
「堀川君の兄さんが来ておられる」
そういう風に言われて、紳士を見ると、帽子をかぶったその紳士は堀川善介にどこか似ている。弟よりは太っているし、老けた感じがするが、目のあたりがそっくりだ。
「紹介する」
「はい」
二人はその紳士に近づいた。大山とのやりとりがあったあと、紳士は立ちあがり、松尾に挨拶をして、名刺を差し出した。
松尾は挨拶をしたあと、その名刺を見た。
名刺には大会社の営業部長の肩書きの元に堀川春介と書かれてあった。
「弟さんとは、親しかったので、こんなことになって大変なショックを受けました」
「死ぬことは運命としてあきらめますが、アリサが可哀そうですね。原因が原発の事故となりますとね、複雑な気持ちです」
松尾はアリサが気の毒だという兄の愛の言葉を聞いて、はっとした。
自分ははたしてこの兄ほど、アリサの気持ちを察していただろうか。
堀川の原発による死はショックであったが、それ以上の深い悲しみに沈んでいる彼女の心を推察することはしなかったのではないか、そういう自分が何故か不思議であった。

「原発の悪を糾明しようとしていた堀川弁護士の志が無駄にならないように祈るばかりです」
三人はソフアーに座り、当面の情勢判断の意見交換と今後の対応の仕方について打ち合わせをした。
 話が途絶えると、テレビを見た。
あちこちのソファーではひそひそ話をしたり、テレビを見ていたり、落ち着かないままにうろうろしている者、まるで病院のロビーのような雰囲気だった。
 夜になると、ロビーにいる人達の夕食を注文することが知らされたが、彼は夕食を家でとるということにして取り敢えず、自宅に戻った。
外は満月と降るような星の夜だった。満月と星だけは放射能の不安にもかかわらず、美しかった。自然はこのように美しいのに、人間はその自然を汚すことばかりやっているではないか。科学とはいったい何だと、松尾は思わざるを得なかった。


 松尾優紀は夕食の最中にかかってきた島村アリサ夫人との電話でも、原発の事故の状況と善介の死が話題になった。
その後のテレビの報道はより詳しくなったが、伊方浜市の状況の深刻さは同じだった。
 翌朝、ニュースで株の暴落が始まったことが告げられた。午前中テレビの前で過ごした彼は事態が原発の大事故をきっかけにして株の暴落を予感させ、日本経済を揺さぶる可能性を感じ取った。

お釈迦様の発見された縁起の法は今の科学でも言われている。全ては関連しているのだと松尾優紀は思った。生態系の中でも、全てがつながっている。
虎のような美しく逞しい生物が危機にあるということは、人類の危機でもあるのだという認識が必要なのだ。
海や川そして森という日本の美しい自然をこわしていく鈍感さはやがてIC工場によるトリリクロロエチレンの地下水汚染や原発の大事故につながる。そしてやがて日本経済の落下にもつながっていくのだと思った。もっと早い時期に手を打っておけばこんなことにならなかったのにと松尾優紀は考えた。
 しかし、既に遅い。原発の事故による死者は発電所の内部にいた者に限られている。堀川はたまたま調査に行っていて亡くなった。
この放射能は徐々に松尾の住む尾野絵市にまで押し寄せてくる。いや、もう放射能によって汚染されているかもしれない。
 松尾が座禅の修行に行った寺のある奈尾市は地下水も汚染され、空も汚され、いずれ大地も放射能によって汚されていくに違いない。もはや天界の町というキャッチフレーズは通用しないのだ。
 ことに地下水のように目に見えない形で人間の命の元である水を汚されてしまうことに我々は鈍感になりやすい。しかし、そうなる前に既に車の排気ガスによって空気を汚され、騒音によって静寂を奪われ、事故によって時には生命を奪われるという風に目に見える形の公害も数多くあった。

(つづく)


[ 久里山不識 ]
小説は創作された物語です。それを新聞記事のように読む人がまれにいるようです。今回、宇宙人を登場させましたけど、作者がそれを信じているから、出したのではありません。この物語の中に、登場させれば 話が興味深くなるだろうということと、何かの象徴的な意味に使っているだけです。
それを新聞記事のように読んで、作者が宇宙人を信じているなどという考えを持つ人がまれにいるようです。それは違いますよと念のために書いておきます。
(宇宙人を信じる、信じないは個人の自由だと思います。)

【この音楽は 十五分ぐらいかかります 。時間のある方はどうぞ 】


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