空華 ー 日はまた昇る

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青春の挑戦 21 (小説)(悪夢)

2022-01-27 19:58:29 | 文化


21 悪夢

ある夜のこと、松尾優紀は悪夢を見た。松尾は何故か、改良型のロボット菩薩に変身していて、町を歩き、困った人はいないか探していた。
彼の前を塞ぐように地上の広場に円盤状の形をしたUFOが着陸していた。その周囲にテーブルと椅子を出し、十人ほどのあの丸い銀色に光る目をした宇宙人が酒でも飲んでいい気持ちになっているようだ。一人の宇宙人が松尾の前に立ち、「おい、松尾。原発事故が起きたぞ。」と金属的な声で言った。「お前たちがやったのだろう」と松尾が言った。「事故だよ。先ほど地震が起きたろ。それで、やられたのだ」と宇宙人は答えた。
松尾は町を見た。町は放射能にやられ、廃墟となっていた。色とりどりの薔薇だけが燃えるように美しく、町を取り囲んでいるのが異様に思えるほど、沢山の壊れたビルと荒れた人家の中は、人がいない。ゴーストタウンになってしまったのだ。よろよろと、歩く傷ついた人達がいる。
川をめがけて歩いているようだ。
「これは、原発なのか。何か異様だ。人々が傷つき、水を求めて川の方に行く」
「ふん。事故の規模が大きかったので、町全体がやられてしまったのだ」と宇宙人が言う。
町のあちこちの建物が破壊され、中に死体が見えるではないか。
周囲は草ぼうぼうで、あちこちに大きなゴミや小さなゴミが無数に散らかっている。沢山のカラスだけが飛び立ち、カーカー鳴くのさえ、何か不気味である。壊れた自転車が真っ黒になり、道端に転がり、草の中にはテレビだの椅子だのがころがっている。病院らしい建物には屋根が吹っ飛び、窓ガラスはこなごなになり、医療器具が散乱している。「これは。原発事故ではなく、原爆ではないのか」とロボット菩薩に変身した松尾は言う。
宇宙人は「いや、原発事故だ」と言う。
ある大きな鉄筋の建物の前にくると、その白い建物は殆ど傷がなく、少々赤茶けている。
「ほら、その建物が証明しているだろ、中には人はいないけどな」と宇宙人は原発事故だと言いはる。
工場にも人はいない。無人の市役所。放射能で枯れた水田、茶畑、黄色くなった広場には犬と猫の死体。水色に澄んでいた筈の川も黄色くにごり、道路のあちこちに死んだ人間が横たわっている。廃墟となった町は放射性廃棄物のたまり場になったのだろうか。
時々、よろよろと歩き回る男が「放射能だ。放射能にやられた」と叫ぶ。
松尾は声をかけた。「小父さん、逃げ遅れたのか。困ったな。大丈夫か。ここの地帯は放射能が地表から高さ一センチで、毎時十マイクロシーべルトなのだ。僕が安全な所まで案内するよ」と声をかける。
「安全な所など、ある筈がない。」と男は言う。
よれよれのブルーの汚れた背広を着た男は顔を真っ青にして、さらに言う。「ピカドンが落ちたのだ。ここは地獄になってしまった」
宇宙人が首を振り、遮るように言った。
「原子力発電所ではメルトダウンが起き、水素爆発が起き、この町はホットスポットになってしまった。セシウム137は三十年、ストロンチウム90が二十九年、そしてプルトニウム239は二万四千年たって、ようやく放射線を出す能力が半分に減る。この間、市民は放射線を浴び、自分の細胞のDNAを傷つけ、ガンになるのです。セシウムは土壌を汚染しています。」
男が言った。「あれは原爆だ。放射線の凄さと言い、熱の凄さと言い、衝撃波の凄さといい、俺が今生きているのが奇跡のようだ」
髪も服装も乱れ、片方の傷だらけの乳房が丸出しになった女が言った。「原発だって、爆発すりゃ、広島原爆を無茶苦茶上回る放射性物質がまきちらされると聞くよ」
銀色の目をした宇宙人が言った。「失敗つづきで、一兆円もの損失を出している「もんじゅ」の様な高速増殖炉で再処理してプルトニウムを取り出す以外の使用済み核燃料は各原発の燃料貯蔵プールに一時的に保管されているが、大地震が来て激しい揺れが地層で生じれば、放射能はあちらこちらに放出される。ヒトの細胞は放射能に傷つけられ、様々な病気になり、苦しむのだ。」

菩薩ロボットになった松尾は言った。「この町の井戸も水道水も放射能にやられて、飲み水がない。食物もみんなやられてしまった。
今に町は、熊や狼がやってきて、彼らの住処にしようと思うけれど、彼らも放射能の毒素に目をみはり、ロボットだけが悠々と歩く町になってしまう。この町は本来、神仏の聖地だった。空気も地下水も緑も無限に美しかった。

この町はやすらかさと、静けさと、美、優しさに包まれ、生命の喜びが小川のせせらぎのように響く所だったのだ。それが竜巻のように空に舞い上がった放射能は、この町を嵐の時の黒雲のように襲い、土砂降りのように降りかかった。人の目には見えなかったが、雨に猛毒がまじっていた。」

道端に転がったラジオから、「臨時ニュースを申し上げます。人間のDNAを傷つけ、細胞のガン化を進めるという放射性廃棄物の問題は随分取り上げてきたと思います。人類は放射性廃棄物をどうやって、安全に処理したら良いのかという技術を知りません。汚染水は海を汚し、地下水を汚しています。原子炉を廃炉にするのには数十年とかかるのです。
それに今は地震で電源が使えなくなり、冷却水を循環させることができなくなって、燃料棒がある炉心全体が,高熱で溶け落ちるメルトダウンが起き、被覆管のジルコニウムが高温になって水素ガスを発生し下部の水と反応し、水素爆発が起き、既に広島型原爆の百倍のセシウム137が飛び出しました。これからも水素爆発の可能性があります。今や美しい自然に恵まれたこの町も放射能によって廃墟になりました。」


松尾優紀は目を覚ました。全て夢だった。あの美しい町があんな廃墟になる筈はないと思ったが、広島や長崎に落ちた原爆もチェルノブイリも現実に起きた恐ろしいことだったのだ。沢山の人達が苦しんで死んで行ったのだ。

 株の暴落を告げるアナウンサーの声を聞きながら、松尾優紀は今晩、行かねばならぬ堀川の通夜のことを考えた。外は雨だ。この雨に大量の放射能があることが警告されている。なるべくなら、外出は控えた方が良いとアナウンサーが言っていた。
 しかし、昨日 届いた堀川の遺体は明日、火葬にされる。このお別れの儀式に行かないわけにはいかない。通夜や葬式の段取りは堀川の兄と大山が協力してやった。 

松尾は車を走らせた。

その時、小雨の降っている、どんよりした空から、銀色に輝く円盤が音もなく動いていく。松尾優紀は宇宙人だと思っていると、彼が車を止める何の動作もしていないのに、車は静かに止まった。不思議なことで、彼は誰かが邪魔している不安を感じた。
車の横に、公園がある。誰もいない。こんもりと樹木が茂った公園だ。
その樹木の間にある空間に、円盤は宙に浮いたままで、しばらくすると、そのまま、円盤の横から階段がつくられていった。
そして、あの薄緑色の肌をした銀色の目のヒトが下りてきた。
「おー、久しぶりだな。松尾優紀君。雨はやんだようだな。話すのに、ちょうど良い」
「この事故は君達の仕業か」と松尾は車から出て、雨のやんでいることを確認して、立った。雨にまじる放射能の心配はないようだと、彼は頭の隅で、そう思った。
「あの、レベルの地震で、あんな事故が起きる筈がないと、思っていたけど、やはり君達の仕業か」
「結構な地震だぜ。震度六強だ。原発は地震による事故と人為的ミスによって、爆発したのだよ」」
「あの程度の地震に耐えられるようには出来ているはずだ。あの建物があんな爆発するわけがない」
「それが思わぬ事故というものよ。交通事故だって、そうじゃないか。思わぬ意表をついた事故が起きる。
現に、震度六強だ。
これをどう見るかは君達の課題だな」
「何で、僕の前に現れたのだ。」
「君達の平和アピールが意味のないことだと思うからよ。成り行きまかせにすればいいことだ。
自然のままがいいんだ。君達は無理に不可能なことを叫んでいる。それが気の毒でね。我々は善人だから、そういう無駄な努力をしている人々には警告するのよ」
「警告だって?」
「だいたい、株式会社というのは利益を追求する団体だろう。平和は商品になるのかね。君達は何を売っているのだ。
無駄な事をやっているから、誰の心にも響かぬ。誰も立ち上がらぬ」
「そんなことはない。クリスマスだって、本来はイエス・キリストの誕生を祝うものだったが、今の日本ではそういうことよりも日本と西欧の文化の交流の象徴として、商品も売れている。
平和もそうだ。誰でも最初は株式会社と関係がないと思うが、平和でなければ、多くの株式会社の商品が売れなくなるか、場合によっては滅びるのさ。
今の社会は株式会社が大きな力を持つ、多くの人がそこで働く、だからこそ、この働く人達の生活を守るためにも平和が必要なのだ。
余裕のある株式会社こそ、平和ののろしをあげる、それが平和産業の理想だ。
過去の戦争の多くは政治家のリーダーが引き起こしている。今、彼らが戦争を絶対にしないような行動をとってくれるならば、平和産業の出番はなくなる。でも、それは良いことだ。しかし、残念ながら、これから百年後の将来を考えた場合、すべてを政治家にまかせて平和になるかというと、疑問になる。何故なら。世界の強国では、軍拡が進んでいるし、ミサイル、核兵器の発達はすさまじいからだ。そこで、我々 平和産業は声を大にして、核兵器を世界中からなくそうと叫ぶのだ。そして核兵器に使った莫大な金を福祉にまわそうと、主張するのだ。そうすれば、世界中の貧しい子供達を救えるではないか」

「産軍共同体もあるぞ」
「彼らも人類が滅亡になれば、滅びるのだ。今やそういう人類の危機に陥っていることを悟るべきなのではないか。それを声に出して叫ぶのだ。
ロボットで大手のルミカーム工業の応援を受けての平和産業なのだから、吹けば飛ぶような存在ではない。くどいがもう一度、言う。核兵器を世界からなくせば、その莫大な金を福祉に回せる。そうすれば、人類の格差問題も解決する方向に向かう。そう考えれば、この夢のような主張もやらないよりは、やった方が良いと誰もが思うだろう。今や、人類は争いをやめて、平和のために努力しなければ、人類の平和は勝ちとれない時代に進みつつあることを知るべきだ」
松尾優紀はそう言いながら、この連中は本当に宇宙人なのだろうかという疑問がふと湧いた。彼の親会社がロボット制作をやっていて、平和産業にアンドロイドロボットがいることも関係しているが、目の前にいて宇宙人を自称する人達がもしかしたら、どこかの勢力が派遣した兵器AIロボットということもあるのではないかという疑問がふつふと湧いてきたのは自分でも奇妙な感じがした。
宇宙人が去った時、不思議と雨もやんでいた。

その夜、彼は詩を書いた。

この世を浄土にするのも、悪夢にするのも人の手
街角も森も海も人の目に映る
あるようでないようで在る
宇宙のいのちの働きがあらゆる存在をつくる

飲めるおいしい水が湧き出る町
尾野絵市というそれは夢のように美しい町
人の心も澄んでいた。
郊外には小川が流れ、森には沢山の野の花がある

空から降る雨も美しい雨だった。
傘をささずとも、気持ちの良い雨に濡れるのを神の恵みとする人もいた。

りすもうさぎも鹿もこの自然を楽しんでいた。
しかし、ある日のこと、突然のように、放射能という奇怪なものが
この町に振りそそいだ。
人の営みの中で、この原発事故は悲惨なものだった
地震と人の怠惰が原因だった。

ああ、悲しみと苦痛が民衆を襲った。
人が地獄をつくる
かって浄土だった土地を地獄にする
子供たちはどうなる

この大地に、かってと同じ清流と昆虫と花々が復活する日は来るのか
さあれ、空華の美の街角は病んだ
人々も病んだ 大自然の浄化が始まるのに、長い歳月がかかるだろう

【つづく】

【 久里山不識のコメント  】
1この物語の原発事故はこの間、申し上げましたように、私が三十年前に自費出版をした小説をモデルにしています。過去に書いた現代小説には出てこない、宇宙人を登場させたのは私が宇宙人を信じているからではありません。そうではなく、事故を引き起こすのが地震と津波が一番怖いというのは今度の不幸で悲惨な福島の事故で証明されてしまったわけですが、それだけではない、他にもあるのではないかという物語の上での想像から登場させたわけです。つまり、現代を描くのに適当という象徴的意味と物語性を出すのに良いと判断したわけです。そのように、読者の皆様が理解していただければ、私にとっては物語のなかに宇宙人を登場させた意味があったということになるかと思います。

2 この「青春の挑戦」という小説は この次で終わりになると思います。ラストなので、ちょっと丁寧に書きたい所があります。それで、掲載を来週は休みにして、二週間後にする可能性があります。その時は、よろしくお願いします。                 
 
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