空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 11

2021-06-26 14:10:14 | 文化
11
林原の別荘を夜の十一時頃、解散した。外は満月が美しかった。

平和産業は順調にスタートした。熊野と林原は映像課に、田島と飯田と遠藤はロボット課に、平和セールスは松尾に決まったし、会社独自で採用したのは途中採用が多かった。

次の平和セールスは大学と決まった。
前と同じように、ロボットと松尾と田島のコンビで訪問するスタイルは同じだった。何しろ、まだ実験段階なのだ。遠藤の主張した額から、電波が飛び出るミニロボットは今後のロボット課での研究課題で、親会社のルミカーム工業と協力してやることに決まった。
大学に学生の前で、ロボットの演説を見せたいと申し出たら、大学は快く引き受けてくれた。
その日は十一月を少し過ぎ、紅葉にはまだというような秋晴れの日だった。車を大学正門前の駐車場前に止め、ロボット、松尾優紀、田島は中に入っていった。
歩いている学生達がロボットを見ると、目を輝かせて来た。
中には、数人、寄ってきて大胆に握手を求める学生もいた。それでも、
「本物のロボットですか」と質問する学生もいた。


大学祭の途中だった。校内に入るとあちこちに、案内の看板が立っている。演劇とか歴史とかがあったが、松尾の心に飛び込んできたのは宇宙だった。三人は鉄筋コンクリートの校舎の中に入っていた。そう言えば、アリサが「銀河アンドロメダの猫の夢」という叙事詩を書いたということを聞いて、その概略を聞いたことがある。
中に入ると、教室がプラネタリウムのようになっていて、薄暗い中に沢山の星がまたたいていた。
一人の学生が声をかけた。「ロボットの登場ですか。工学部の方ですか」
「いえ、平和産業という会社のものです」
「平和産業。 会社の方ですか。とすると、そのロボットは本物というわけですね。
我々も宇宙人にはアンドロイドが沢山いるという想定の下に宇宙の物語を構想し、映像化してみますよ。
ごらんになりたければ、こちらの小さい教室の方に来て下さい。
「僕らは戦うのでなく、武器のない惑星の映像詩をつくっているのです」



大学は島村アリサの母校で、アリサはこの部会に書いた叙事詩の一部を映像化していたのだ。そのことを松尾優紀は学生から聞いて、驚いた。
その学生は島村アリサのいとこで、前から学園祭に映像詩を発表する相談をすることを考えていたと言う。
学生がロボットに向かって感想を聞いた。
「僕の考えと似ているではないか。世界から、核兵器を無くす、そのあまった金を増やし、福祉にまわせば、経済格差を少なくする。」
その学生は中肉中背の赤ら顔の純情そうな顔つきをしていて、「島村アリサさんね。たまに、母校を訪ねて、文学部をのぞいたり、宇宙科学をのぞいたりしていますよ。
あの、映像詩にした物語も文化祭のために、一部をお借りしているのですけど、いずれ完成したら、本にすると言っていました。
読んでみたいですね。武器を持って戦うのが常識という世界観に挑戦しているんですが」
「僕らの平和産業は核兵器を全地球になくすにしぼっています」と言った。
「核兵器を地球から無くすということに、反対の人はいない筈です。
みんなが同意できる所で、平和セールスをしようというのが、平和産業のビジネスです」
「面白いビジネスだけど 」
肝心の島村アリサさんの映像詩を見る所は、隣の小さい教室が使われていた。窓の方に、白いカーテンが垂れ、椅子がまばらに置かれ、十人近い学生が座っていた。松尾も田島もロボット菩薩も座った。
そのあと、柔道着を着た十人ぐらいの学生がぞろぞろ入って、椅子に座った。松尾優紀が驚いたのはその礼儀正しさだった。教室に入る時、椅子に座る時、全体のムード、見事なものだった。
しばらくすると、影像が流れた。その間に、女性の声でナレーションが流れた。




我々はトパーズの宝石のようなこの惑星アサガオの冒険を終えて、アンドロメダ銀河鉄道の駅に向かった。
黄昏の美しい時がこの排気ガスに汚れた空気の惑星にも訪れようとしていた。薔薇色の光は灰色がかってはいたが、それでもあの真紅の薔薇の花を思い出させる自然の荘厳さがあたりをおおっているのを感じた。青みがかった空気の流れがあり、風がそよそよと吹いていた。確かに頬には暖かい風ではあったが、何故か吾輩は心地よく感じた。
背後に広がる山にも廃墟のようなビルの並ぶ町にも明るい光の残りがぐるぐる渦を巻いていて、何か不思議な霊的なものが駅の方角に吹いているような気がした。
並木の間にガス灯が灯り、ふと聞こえる水音は何か銀河の流れの音のようにも聞こえた。
巨大なクジャクが羽を広げたように、駅は前方で待っていた。
不思議な鐘の音がこの夕暮れの束の間の憩いの時を告げているようだ。
いくつもの大きな星が輝き、我らの旅立つアンドロメダの大空に手招きしているようではないか。木の葉が広場の樹木から音もなく散り、宇宙の真理を語っているようだった。

物質と霊、物質と仏性、それが一つになったいのちに満ちた宇宙。孫悟空の持つ科学の如意棒をはるかにしのいだ永遠のいのちの力が我らの列車を引っ張るように、アンドロメダ銀河鉄道の駅へと導いていく。

駅の構内に入り、アンドロメダ銀河鉄道の雄姿を見た時に、ハルリラが豪快に笑った。
「この列車には、いずれ面白い男が乗る。それを今、魔法界からメールでキャッチした。そいつと話すのが良いという知らせだ」
「面白い男って、どんな人よ」
「さあ、それは会ってのお楽しみということだな。ただ、おそろしく背の高い男だから、すぐ分かるということしか連絡がきていない」


アンドロメダ銀河鉄道はいつの間に、出発していた。吟遊詩人と吾輩とハルリラの三人が座った椅子は実にゆったりとしていて、窓の外がよく見えた。
真紅の丸い恒星は今や遠ざかり、遠くの大空の一角はあかね色に染め上がり、列車よりの空にはもう銀河がちりばめられ、大きな星や小さな星が輝いてみえるのだ。


その時、隣の方の車両からやってきたのだろうか、背丈二メートルは超える、がっちりとした体格の大男が我々の前に現われた。ハルリラは「あの男だな。面白い男というのはきっとあの男だ」
吾輩も「なるほど。面白そうだな。君の魔法のメールは正確だね」
「そりゃそうさ」

その姿は何かを修行している行者のようだった。茶色っぽい粗末な、しかも、洗濯をしたばかりのように、綺麗な肌触りの服を着ていた。顔は小さな岩のようにごづごつして、目はアーモンド型に近く、口髭とあご髭が白のまじった薄緑の雑草のようにぼうぼうとはえている。
これは又、何族の人間なのか、見当がつきかねる。そういう人は吾輩のアンドロメダの旅の中でも珍しい。
車両のどこからか、「あ、シンアストランだ」という声が聞こえた。

シンアストランと呼ばれた男は立ったまま言った。
「そう愚かな戦争だった。地球はいつまでもつのかね。核兵器なんてものを沢山持っている国が争っているんだからね。何億年も栄えた恐竜が隕石の落下で一挙に滅びたように、そういう予兆があちこちのニュースでも感じられるじゃないか。戦車だの、ミサイルだの。戦闘機だの。はっきり言って、あれは人を殺す道具だぜ。あんな物騒なものに何百億円もかける人間って、はたして利口なのかね。」

その時、ハルリラが突然、「おじさん。ネズミ族だね」と言った。  
シンアストランはおやという顔をして、目を丸くした。
「そうなんだよ。よく分かったね。わしはネズミ族だ。わしは長い修行によって、普通の人にはどこの民族か分からないような姿になってしまったと思っていたが、見破られたか。ハハハ。ネズミ族は、アンドロメダ銀河では低く見られたり、恐れられたりする奇妙な感じになってしまった。今や、アンドロメダ銀河では、最も優秀な科学と武器を持っている惑星に住むヒトだが、宇宙に出ることには消極的で、まあ、一種の鎖国状態だな。物は豊かで、栄えてはいるが、広い宇宙に目を向ける大切さを忘れた息苦しい所があって、わしは飛び出し、アンドロメダ銀河の原始の森のある惑星に憧れ、そこで修行を積んだのだ。
こういう変わり種のネズミ族はけっこういる。例えば、惑星アサガオのニューソン氏のような科学の天才」
吾輩、寅坊の前に、大男シンアストランが巨木のように悠然と突っ立っている。
そして、小声で何かを歌っている。
【銀河の幻の松を今日見れば、蛍の群れに横笛の音かなし 】

吟遊詩人が立っている大男シンアストランに、「ここにお座りになりませんか」と我々の席の一つ空いている所を指さした。
「ありがとう。わしもそうしようと思っていた所だ。あんた方は地球の方だろう。地球も今は大変だな」
吟遊詩人は言った。「ネズミの惑星も大変なようで。一歩、間違えると、自滅する」
「ほお、よく知っていますな。あそこの情報は中々手に入れにくいのに」
「私はニューソン氏と少し、お付き合いしましたので。」
「ほお、ニューソン氏と。わしはあいつとは肌が合わないので、一度会ったかぎりだが、面白い話がありましたか」
「ネズミの惑星の様子を心配していましたね」
「ほお、どんな風に」
「ともかく物凄い科学文明の発達ですよね。今じゃ、原子力とニューソン氏の弟子達の努力によって、水素エネルギーの利用が可能になり、惑星と周囲の三個の衛星のエネルギーの需要をまかなえるようになっていた。しかし、一つの衛星で原子力発電所の大事故があり、沢山のネズミ族のヒトが死に壊滅状態になったけれど、そんなことに無頓着にさらに物質文明を進めようとしている。
確かに、惑星も残りの一個の衛星も十分に豊かな住宅地が生まれ、物凄く豊かなネズミ族の文明が栄えている。しかし、この衛星の中の領土の取り合いで、
惑星の四つの国が激しく対立し、国と国はいつ戦争するか分からない状態という。
どこの国も、武器の発達は凄いので、恐怖の均衡という状態にあるとか。

精神文化も衰え、人々は毎日、享楽的な生活にあけくれているとか。人と人はばらばらになり、金銭を積み上げることが人生の目的になってしまったような社会で、自殺者も地球の十倍とか。それでも、人口は増えて、その解決のために、もう一つ残された未開拓の衛星獲得競争が始まっているという話です。」と吟遊詩人はなめらかな調子で話した。


大男のシンアストランは手を合わせてから、目を半眼にして、大きな呼吸をした。
「吸う、吐くに集中する呼吸の瞑想ですね」と吟遊詩人は言った。
シンアストランは頷き、何度か吸う、吐くの瞑想をやり、急に目を大きくして言った。
「『吸う』と頭の中で、言いながら空気を吸い、『吐く』と頭の中で言いながら、空気を吐くと頭の中が空っぽになって、気分がよくなりますよ」
そこまで言うと、シンアストランはしばらく沈黙してから、喋り出した。
「ところで、地球も核兵器だの、気候温暖化現象だの大変のようですな。それに、最近、わしは文殊菩薩に会った。信じますか。
信じないなら、夢の中で会ったと言っておきましょう。菩薩は美しい顔に珍しい怒りの表情を浮かべていた。
プルトニウムは核兵器の材料になる。知っているだろうな、と菩薩はおおせだった。勿論、日本のもんじゅは発電のためにある。発電しながら、燃料のプルトニウムを増やしてくれる。だから、増殖炉で、夢の発電の筈だった、しかし、この二十年間まともに動いたことはなく、今や止まったままでも一日五千五百万円という高い維持管理費がかかっておる。一日の費用だぞ、今までに、おそらく何兆という金額が無駄にされているのだ。
知っておるのか。これだけの大金があれば、どれだけ福祉の方に金がまわせて、消費税なんか必要のない真の意味での豊かなゆとりのある国がつくれたではないか。
こんな無駄使いが許されるほど、かの国は富があふれているのか、と文殊菩薩はおおせだった。わたしの名前をつけるなど、ふとどきだと菩薩は怒りで頭から蒸気がのぼっておられた。」

「よく知っておられますね」と吟遊詩人が言った。
「わしはね。地球とアンドロメダ銀河で起きていることには詳しいつもりだ。特に地球で起きていることは我々アンドロメダ銀河に生きる者にとっては、おおいに参考にすべきことが沢山ある。原発の恐ろしい危険性は明白。プルトニウムは核兵器の材料にもなる。核兵器で恐竜のように、人類が滅びないように願っているよ」

なにしろ、第一次大戦の塹壕戦だけで、二百万人の若者の死んだのですからね。あれが悲惨な戦争の現実なのだ。それに、核兵器は兵士だけでなく、沢山の普通の民衆と子供をそうした戦火にまきこむ」とシンアストランは言った。
  アンドロメダ銀河鉄道の窓の外を見ますと、美しい風景が広がっていました。
緑色に光る銀河の岸に、柳の並木の細長く垂れた葉や焦げ茶色の太い幹のある緑の桜の葉が、風にさらさらとゆられて、まるで何かの踊りを踊っているようでした。他は、全て、真空のヒッグス粒子のような何かの輝きのようで、波を立てているのでした。
しばらくすると、アンドロメダ銀河鉄道の先の方で蜃気楼のような白い宮殿が立ち、その周囲に花火のようなものが上がったのです。白い宮殿におおいかぶさるようにして、大きな花のような広がりは赤・青・黄色・と様々な色に輝き、薔薇の花のようなひろがり、百合のような花の広がり、向日葵のような花の広がりと直ぐに消えてしまうのですけど、再びその花火のような美しい大輪の薔薇、菊、百合の花は白い宮殿をおおってしまうのです。全てが夢のようで、また蜃気楼のようで、時々、ピアノの音のような美しい音を空全体に響かせているのは、宮殿で何かの催しをやっているようにも思え、宮殿の周囲にも白いミニ邸宅が並び、おそらくは人々がその不思議な光景を鑑賞しているに違いないと思わせるものがありました。
そして、確かに、銀河鉄道の列車の周囲の下の方は何か透きとおったダイヤのような美しい水が流れているのかもしれないのだと、ふと吾輩は思ったものです。

何時の間に、シンアストランの行者がコーヒー茶碗を持って、そこに座っていました。
うまそうにして、珈琲を飲むと、満面に笑顔を浮かべて、彼は言いました。
「地球で死んだ人は、そのまま、銀河鉄道への旅に出ることがある。宇宙には、まだまだヒト族の理性では理解できない所がたくさんあるということだよ。どちらにしても、いのちは永遠さ。この永遠の旅で、人は自分の魂を磨く、これを知らないと、人は愚かになって、そして争い、みじめになる」
「魂を磨くのですか」
「そうさ。色々な試練にあって、自分の魂を美しくしていく、そういう永遠の旅だ。しかし、人間には親鸞がおっしゃったように煩悩というものがある。この煩悩の重さは大変なものさ。親鸞が言うように、まず自分の中にある悪と愚かさを見つける時に、人は天空から降りて来る素晴らしい光の衣に包まれ、本当の人間になれる。」
どこから飛んできたのか、美しい赤いインコがシンアストランの肩にとまった。
「わしのペットだ」とシンアストランは微笑した。



映像詩は終わった。The End が消えると白いカーテンが垂れているだけで、外の学園祭の喧騒が聞こえてくるばかりだった。
ロボット菩薩が立ち上がった。
「ああ、面白かった。僕もシンアストランのようになりたいな」
松尾優紀は苦笑した。
柔道部員が寄ってきた。
「おお、ロボットじゃないか」
「何で、柔道部員が練習をサボって、映像詩なんか見るんですか」とロボットが聞いた。
「ああ、いい映像詩をやるという噂を聞いたからよ。面白かった。シンアストランのように、我々柔道部員は強さだけでなく、jジエンツルマンとして道を求めないとね」
「敵と戦いがあって、強くなるのが柔道では」とロボットが言った。
「それは一般に流されているイメージだな。我々柔道部はちがう。敵という言葉を嫌うし、道を求めている。」
「すごいですね。私、菩薩が宣伝に来た目的は、この地球から核兵器をなくすということですが、その志と同じものを感じます」
柔道部員達はロボットが喋るたびに、「おう」と声をあげて感心している様子を身振りで示した。
  

そのあと、学生から「今日は島村アリサさんの父親が大学の教室に講演をすることで、招待されている。」と聞かされた。
まさに、松尾優紀にとって驚きであり、喜びであった。

島村アリサの父親が僧服を着て、学園祭に出てきたことは、何かの宇宙の奇跡のように、松尾優紀には思えたのだ。年齢は六十才前後の白髪の目立つアーモンド型の目をした優しさと知性を兼ねたような人物だった。僧が黒板の前に立つと、学生達は一瞬ざわついたが、急に静まり物音一つしない静寂が支配した。
学生は五十人ほどいたろうが、先ほどの柔道着姿十人ほどの学生が例の礼儀正しさで、最後に椅子に座った。その後ろに、松尾と田島とロボットは座った。

僧は机の上のマイクを使って、喋った。机の上には百合の花が一輪咲いていた。まさに、ソロモン王の栄華よりも、美しいと言われたあの百合が美しい白い羽を四方に伸ばしているかのようだった。

「皆さん  こういうことを考えたことがあるでしょうか。今は十一月で、紅葉を楽しむことが待たれるわけですが、十二月に入ると、クリスマスがきますね。今はとても盛んですが、
この日がキリストの誕生日であることはたいていの人は知っていても、キリストの言葉となると、知っている人は少ないでしょう。そのキリストの言葉の中に、仏教と非常に似ている言葉がいくつもあるのを知っている方はどれほどおられるでしょう。
人を愛せよというのは仏教の大慈悲心と同じで、こういうのは宗教の核心ですから、なんとなくそれらしいことを言っていると感じている人は多いのではないでしょうか。
それでも、仏教とキリスト教はまるで違う、異質のものであると感じられている方の方が多いのではないでしょうか。
私は道元を勉強して、座禅をしますが、最近、ふとしたことで新約聖書を広げ、キリストの言葉の中に、道元の禅の核心、仏性の説明に似ている言葉と出会い、驚きました。
これではキリストは自分の中に無位の真人を悟った天才的な禅僧と同じではないか思ってもそう間違いとは言えないのではないかということです。確かにキリストは神という言葉を使います。禅は使いません。
ある日、キリストは神のことをその方と呼び、こう言ったのです。「この方は真理の霊である。世はこの霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることが出来ない。しかし、あなた方はこの霊を知っている。この霊があなた方と共にあり、これからも、あなた方の内にいるからである。」
受け入れることができない人が実はその人の中に真理の霊はいらしゃるという、一見すると矛盾したことを言っているように思える。
こういう言い方は、道元の仏性だけでなく、禅の核心の話にもよくある。たとえばイメージとして、一番分かりやすいのは臨在禄にある。
「お前たちの身体に無位の真人「一真実の自己」があって、いつもお前のたちの口から、眼から、耳、鼻などに出入りしているぞ、その一真実の自己は形がなく目に見えないが、十方に貫き通している。それを働きに見ると眼では見、耳では、聞き、鼻ではかぎ、口では喋り、手では物をつかみ、足では歩き、その根源である一真実の自己は絶対的な無であるいかなる環境に置かれても自由自在である。」
「もちろん、キリストの言う真理の霊というのを臨済のいう一真実の自己と同じと考えることが出来るならば、キリストと臨済は同じことを言っていることになるし、道元の仏性はなにしろあの「正法眼蔵」という大著に詳しく書かれているくらいで、本来ことばで、言えないもので、言葉として言うと、概念化し、死物となってしまう。仏性は生きているし、不死である。
キリストの「真理の霊」も臨済の一無位の真実の自己も同じである。
くどいが、これを頭の上でイメージ化して理解するのは第一歩であり、哲学用語のように、概念となれば、死んだものとなる。まさに、生きた仏性、生きた真理の霊を知るためには、どうしたら良いか、これが宗教の修行の根幹にあるのでは。」

「質問どうぞ」
「あの、仏性の説明で何か分かりやすい適切な言葉がありましたら」
「うん、これは難しい。なぜなら、うっかりすると言葉で言えば、みんなイメージとか概念になってしまい、生きた生命が見えなくなるからです。そういう危険をおかして、私が今、あえて言うとすると、仏性は「無限の一なる生命」ということになるかと思いますが」
柔道部が手を上げて質問した。
「我々は柔道をやる時、道というのを大切にしています。先生のおっしゃる仏性は我々の思う道と似ておる気がするのですが、マルクスによれば唯物論が正しいと、その唯物論の上に、道あるいは先生のおっしゃる無限の一なる生命をつけ加えることが出来るのでしょうか」       

「出来ると思いますよ。それが本物になるかどうかはあなたの心に愛と大慈悲心が宿るかにかかっているのでしょうね。あなたは相手と組む時に、相手を敵と考えますか、そうではないでしょう。もうやっている時は一体になっていますよね。それが道なのでは」
時間切れとなり、僧は去った。
柔道部員は全員、立ち、「ありがとうございます」と頭を深々と下げた。

その後、すぐに、島村アリサが姿を現した。
大学の学生主催の喫茶室に入ると、
島村アリサは聞いた。
「どう、父の話。分かった。」
「なんとなくね」
ロボットは言った「僕は分かりましたよ。僕はいつも無ですから」
「映像詩の方はどうだった」
「あのシンアストランという大男の行者が何か、お父さまの言われる道元とキリストの言われる無限の一なる生命を体得した行者という感じがして、面白かったですね」と松尾は言った。
「柔道部員の質問は面白かったね」
コーヒーを飲んでいたがっちりした体格の私服の学生が松尾達に声をかけた。
「ありがとうございます。私は私服を着ていますが、柔道部員です。我々柔道部員は道を志すものです」」
ロボットが言った「柔道は強くなることを目指さすのでは」
「それは結果です。まず、道を目指すには礼儀を正しくすること、悪口を言わないこと、卑怯なことをしないこと。最近では堕落した宗教はこれが守られていないということを聞きますが、柔道の道はそうした人のマナーを最低限、抑え、そこから、より高貴な道に入るのです。これこそ、民主主義の柔道です。世評にあるような豪快な強さを誇るのは少なくとも我々柔道部の目指すものではありません」



ルミカーム工業から一キロの広い敷地に中古のビルを借りてスタートした平和産業も周囲は美しい庭園になり、里山に活動する企業のそれなりの体裁を整えたようになった。
その日は希望の象徴のような朝日に照らされたビルが姿を現すと、それに呼応したかのように、松尾優紀達は社長よりも早く、会社に顔を出し例の学園祭のことを話にするのだった。すると、会社に採用されたばかりの林原は目を丸くして興奮したように言った。
「平和産業を株式会社でなく、宗教法人にしたらどうだ。核兵器を地球からなくし、教えの核心を道元とキリストにすれば、これは一種の宗教だ。そうして、その柔道部の連中にも道を志すのはいいが、若いのだから、そこから、核兵器をなくすことに立ち上がる。
その彼らを平和産業に採用すれば、法人税を払わなくてすむ。」
「ま、無理だろうな。株式会社で出発しているのに、そんな夢みたいなことを官僚が認めるわけないだろう」と熊野が言った。
「しかし、世の中には中身が堕落した宗教がある。金と権力に目がくらんだら、宗教が宗教でなくなる。それを考えれば、わが平和産業の精神の高貴さ、法人税をまぬかれてもいいと思うがな」
「道元とキリストの話の中身が分からないで、思い込んでいると、同じ道に入るぞ。今の日本は金銭至上主義の社会だ。若いんだから、もっと、勉強することだ。」と田島が言った。
「おい、松尾君はその道元とキリストの話、分かったのか」と熊野が聞いた。
「宗教は堕落することがあるのは、歴史が示している。道元とキリストの話は何か新しい宗教の光と息吹が平和産業にあてられているような気がする。平和産業は昇る朝日のようではないか。それでなくては、核兵器ゼロをかかげるような、常識に反したことを言う企業なんてなりたたないよ。」
そう言った松尾優紀の耳に、「如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは一切法空是れなり。」という言葉が響いたのは不思議だった。



    【未完】
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