空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 7 【 小説 】

2021-05-21 10:08:20 | 文化


7
会社の宣伝部に帰ってくると職場の雰囲気がなんだかいつもと違っていた。 いつもより緊張感があり、 それでいてあちらこちらにひそひそ話がささやかれているようだった。課長の木下勝次がちょ っと沈んだ暗い 顔つきをして松尾を手招きした。
「どうだね。松尾君。 一回目は中学校に行くといっていたけれど成果はあったかね」
「最初としてはうまくいった方だと思います。」
「そうか。それは良かった。ところで、松尾君、大変なことが会社に起こったよ。広川取締役が警察に逮捕されたんだ。」
「え?」松尾はびっくりした。最近、取締役になり、紳士の風格のある広川がいったい何をやったのであろうか。松尾にはとっさに判断がつきかねた。
「何でです?」
「うん、 それがね。会社の金を横領したというんだ。」
「そんな馬鹿な。広川さんみたいな潔癖な人がそんなことをするはずがない」
中肉中背の口数の少ない何を考えているのか分かりくいが、服装は背広からネクタイまで高級品という感じで風貌も知的で繊細、紳士というイメージの強い人柄から、横領とは結び付かなかった。
ただ、創業者の家系である強いバックのある白沢取締役にひきずられやすい面もあり、一方、経歴上船岡工場長には人間的には好意を持っていたらしい。かって船岡の直接の上司として船岡のやりての強い力にささえられた面もあり、次の取締役は誰かという噂がたった時も、船岡の持ち前の出世欲のなさから、広川が六才も年上ということで、順番ということもあり、取締役になったという裏話を熊野から聞いたことがある。
木下課長の目にはキラリと光る一滴が目がねの奥に光っているようだった。
「本当に、 松尾君。 悲しいことだ。広川さんみたいに会社にとって必要な人をこんな形で失う羽目になるとしたら。警察が逮捕するというからには、それなりの証拠をにぎっているのでしよう。 ともかく今夜の夕刊を見なくてはどうもよくわからない。今の所、横領ということしか分かっていないんだ。 詳しいことは不明なのだよ。 これで白沢家の力が強まると、君の平和セールスも出来なくなる可能性もある。 まあ、 そうならないうちにやりたいだけやっておくことだ。 ところで明日はどこへ行くつもりだね?」
松尾優紀は木下課長の話を聞きながら、 この事件には白沢家の陰謀が働いているにちがいないと考えた。なにしろ、今まで白沢の意向を受けた広川はアメリカへの出張が多い。この出張には白沢も一緒に行くことがあるが、二人で行くと不必要に長い。しかし、そのあとのことは、分からない。優紀は木下課長の机の前でしばらくこのことで頭をめぐらして いた。 それで再び木下課長が、「明日はどこへ行くつもりかね?」と言った時、 放心から目をさましたかのように優紀は木下の瞳を見た。
「明日ですか。明日は」と優紀は言ってちょっと考えた。明日は市役所に行く予定だったけれど警察に切り変えようと思った。
「はあ、警察に行きます」
「警察へ?何しにだい。」木下はちょっとびっくりしたような表情をして言った。 「警察へ行って、平和のセールスをするつもりなのかい。それとも広川取締役のことで行くのかい。」 「その両方の目的で行きます。平和のセールスは実験ですから、目立たない所を選びたかったのですが、相手が警察だろうと遠慮するのはおかしい。やるべきだと思います。そしてその中で広川常務の情報を得られれば、という淡い期待を持っていま す。」
松尾は広川に対して好意を持っていたわけでない。むしろ、あの紳士の裏に黒いものをかぎつけていたから、今度の逮捕も驚きはしたが、同情はしているわけでない。
「僕には君がそんな所で、平和セールスするのが理解しにくい。広川取締役は逮捕されたんだ。あとは法律と証拠が広川さんを裁くのだよ。あとのことは、弁護士の仕事だ。へたな形でやれば、かえって広川さんと会社に迷惑をかける。」木下はちょっと厳しい表情をしていた。
「いえ、誤解しないで下さい。 行ってみなければわかりませんが、広川さんの方で僕に何か頼みたいことがあるかもしれませんので、面会してみて、その旨聞いてみたいんです。」
松尾は嘘を言った。第一、広川取締役の顔を知らない。向こうも知らないだろう。接点は平和セールスだ。でも、それは船岡工場長の口添えで、やっていることだ。船岡と広川の関係は下っ端の松尾に分かるわけがない。それよりも、警視庁への平和セールスがどんな展開をするのかの方が興味がある。
「そうか、そんならいいが。くれぐれも軽はずみな行動をしてくれるなよ。大会社の取締役が逮捕されたんだ。さきほどのテレビのニュースでもや っていた。 今日の夕刊には大きく載るだろう。 マスコミが今回の事件を大きく注目している。そんな中で 、へたに社員が動くことは会社の利益に反する。 今は会社の信用回復が第一だ。わかるね。」
木下課長にそう言われてそのこと について深く考えこみながら、松尾は自分の机の書類を整理したり、帰宅しようと思っていると、工場にいる熊野から電話が かってき た。
「おい、松尾。変なことになったな。広川取締役が逮捕されたんだってね。おれはね。この事件、単純な横領とは思わんね。何かあるぞ。どうだい。そのことで君に話したいことがある。いつもの喫茶店にこないかい。」
松尾優紀は熊野と会うことに同意して電話を切った。


船岡工場長は森下家と仲が良い。広川取締役は力量のある船岡を応援している。なにしろ、影の噂では、次の社長は船岡氏という声がきこえるくらいだが、本人が全く出世欲がない。
森林公園のいつもの喫茶店での熊野の話でも、広川が取締役になったのも、船岡のようなやりての部下のおかげともいえるというが話が出た。
「白沢家の陰謀がからんでいる可能性もある。 もともと白沢家は陰謀の得意な家柄だからね。 」と熊野は言った。カフェの窓の空には白い美しい雲が流れている。
「どんな風にですか?」と松尾優紀は言った。
「そう、 それが問題なんだな。 たしかに法律的には広川取締役は横領という罪をおかした。 しかし、 それは彼が罠にはめられたからだとおれは推定しているんだ。 今度、 子会社として発足することになった平和産業のことで経営陣の中で大分、 意見の対立があったという。 船岡さんは平和産業を大規模に推進する意見を強く出していたが、その意見を取締役会で出していたのは広川さんと、それを応援する社長だったが、他の取締役は常識的な意見を言う白沢家に味方したからね、平和産業なんてビジネスになるわけがないというのが取締役会の大方の意見だったのだろう。それでも、小規模ながら、実験的にやってみようということになったのは、須山社長が平和産業はルミカーム工業のイメージアップになるという意見があったからだろう。」
「平和産業って何ですか?」
「え、 君、知らないのかい。 のんきだな。 君は平和を訴えるセールスマンだろ。 その肝心の人が知らないなんて。詩人は困ったものだ」と言って、熊野はカフェの窓の外を見た。たくさんの薔薇の花が燃えるような美しさで咲いている。ハクセキレイの鳥が飛んでいくのを松尾は見た。優雅な鳥だと彼は思った。「鳥が」と松尾は口ごもったが、熊野は優紀の目を見て言った。「ま、これはね。
わが社の多角経営の中で始めようとしている商売だね。例えば、ネット中傷。特に自分の悪に気づかず、匿名を良いことにして、人のあら捜しをして、魂の劣化を招く中傷。傷つけられた人からの相談に乗るなんて弁護士と探偵のようなビジネスも平和セールスの一つになるだろうし、これから色々なロボットを作って人間の平和に役立つように改良する。アイデアさえあれば、やがては多くの企業が総務部の横に平和セールスの部をつくる、そうなりゃ、核兵器を無くそうという声は民間のいたる所に響き、ボランティア精神の中にも浸透する。そうすれば、核兵器を無くして、その莫大な金を福祉に回すという声は大きくなる。これは物凄く楽観的な展望だが、それをやらなければ、人類は危険な方向に行く可能性を秘めているということだ。
つまり平和というのが充分、 商品になると判断したんだね。」
「平和が商品ですか。 」
「つまりね。 たとえばだ。 わが社の開発している人間的なロボット。 これが失業社会を予言するものではなく、ユートビアの実現に必要なんだというイメージを大衆に植え付けることが大切なんだな。その時、 ユートビアには平和のイメージも必要だ。 平和とロポットというのはユートピア実現の良い宣伝になる。」
「そうすると僕のやっていることは全く会社の意向を受けたということですね。 」
「そりやそうさ。 会社は利益につながらないことは出来ない体質を持っているからね。 ただ目先の利益を追う白沢家と遠い将来の会社の発展をもくろんでいる森下家の違いはあるがね。 内の会社は平和が利益になるという方を選んでいるわけだ。世界の会社の中にはどこかで戦争になると、儲かるという会社もあるというではないか。これと、軍が結び付くと、産軍共同体といって、時には大統領を動かすこともあるという恐ろしいシステムだ。だがら僕らにとってルミカーム工業が平和を訴えてくれることはいいことだ。
平和産業という子会社は今回新しく発足しかけていたのだけれど、資本金の額のことで対立が一層激しくなっていた。 このあたりの詳しいことは僕にもよくわからない所があるのだが、 結局この対立の妥協点が見いだされたという風に聞いている。白沢家の言うように資本金の額は小規模にするが資金の融通にあたっては優先的に便宜をはかるというようなものであったらしい。 そのあと船岡さんは君の知っているように、短期間のヨー ロ ツパに出張した。 ドイツを中心とする平和への熱意を知ることが主要な目的だったそうだ。 その間に、広沢取締役はアメリカへの長い出張。これがなんのための出張かよく分からない点が多い。
横領ね。あの人は外見の紳士風から女性に好感が持たれるだろう。
経理の波山氏と懇意であるという噂もある。横領しやすい立場だ。だが、動機がはっきりしいていない。
まさかアメリカあたりで、ね。なにしろ、横領の金額が五百万だからね」
松尾は熊野の話を聞きながらそんな風な形で会社の金を横領した罪に問われる広川がますます不可解だった。
「ところで気になるんだけど平和産業が企業として軌道に乗るようになると、おれのやっていることはどうなるのかな」
「おそらくだよ。君は今までどおり、 ルミカーム工業の宣伝課で仕事を続けることになると思うよ。 場合によっては、平和産業の社員になることもね。どちらにしても、軌道に乗ると踏めば、テレビでの平和アプローチも考えなくてはならない。インターネットもね。しかし、今の段階では、その地ならし。まあ、実験ということだ。それのリーダーに君が立たされているということだ。これは会社のイメージ作戦だから。子会社の平和産業をつくり親会社のルミカーム工業でも平和への努力を続けているというイメージがほしいわけだから君の仕事は変わらんと思う。」
「広川さんが逮捕されて、白沢家の力が強くなっても平和のイメージ宣伝に変更はないというわけですね。」
「すぐにはないだろうな。 ただ須山社長が今度の横領事件の責任をとるという形でやめるということにでもなれば別だ。 その時は白沢家が急激に力を増し、新社長に白沢家の息のかかった者でもなれば、平和産業の極端な事業縮小やオリジナルでやっている君の仕事も廃止される可能性は充分ある。」
「組合としては何か行動をするのですか?」
「組合としては平和産業を推進してきた社長や船岡さんの意見を支持してきた。広川さんはね、船岡さんの若い頃の上司だったというだけさ、船岡さんの実力は取締役全部あわせても、かなわない、いずれ社長になると思われる人だ。彼の経営戦略が斬新で、彼には出世欲がないから、今の立場にいるだけさ。
どちらにしても、組合としては、平和イメージ作戦が後退しないように申し入れをするつもりだ。 このようにすれは社長としても労働者が味方だということで心強いだろう。組合としては、今、現社長にやめてもらいたくないのだ」
「そうですね。須山社長がいなくなったら、僕の仕事もおそらくなくなるな。」

「まあ、 どちらにしても今のうちに君はおおいに会社の平和イメージ作戦を展開して実績をあげ白沢家の連中にもその功績を認めさせるんだよ。 」
「それは無理ですよ。今の僕の仕事は田島君と二人でやっているんですからね。 ルミカーム工業という大会社の宣伝活動としては二人の戦力ではたいした力になりませんよ。
明日は警視庁に行くつもりです。」
「警視庁に平和セールスに行くつもりなのかい。 これは驚いた。随分と君は冒険をやるね。広川取締役が逮捕されたので警視庁に乗り込んで、情報活動と平和宣伝を同時にやろうというんだろう。
全く君らしい奇想天外なアイデアだ。まあ、がんばってくれたまえ」
「映像詩は持って行きません。ロボット菩薩だけの方がいいと思いますので」と優紀は言い、広島の映像詩のことを思った。あの映像の音楽を入れる際には島村アリサの世話になった。平和セールスのことを彼女に話して、意見を聞きたい気持ちもふと湧いた。外は秋晴れだ。




翌日も秋晴れだった。松尾優紀は技術者の田島が運転する車で警視庁の門をくぐった。 ロボット「菩薩」は後部座席に座っていた。制服を着た大柄な警察官が行き来しているのは大変威圧感があった。

ロボットを見て、みな好奇の目と警戒の目をギラギラさせていた。船岡工場長の紹介状を持って刑事部長室をたずねると、目付きの鋭い大柄な男が部屋の奥から松尾を見すえた。
「何の御用ですか?」刑事部長はぶっきらぼうに言った。
「はあ、うちの会社の広川が昨日、逮捕されたそうで、まことに申し訳ありませんでした。」
松尾の言葉に刑事部長は笑った。 「いや、僕にあやまられても困るな。君は、 この名刺によると宣伝課の人ですね。 そんなことを言いにわざわざここに来たわけですか?広川取締役のことは今、 取り調べ中ですし、いずれ、 裁判所で判決がでますよ。 」
「はあ、確かにそのとおりなんですが、今日は、ぜひわが社が設立しようとしている平和産業の意図についてお話したいと思いまして」
「君、 そんなことは今度の事件を調べていけばわかることだよ。 君が何もこんな所で忙しい僕の時間を奪ってしゃべる必要はないと思うがね。」
「刑事部長がお忙しいのなら、若い警察官の方にでも説明したいのですが」
「君ね。 この警視庁の建物で働いている人間に暇な人間なんていないんだ。 まあ、 帰りたまえ。」
「ロボットをごらんになりませんか?」
「ロボットだって?」
「はあ、 今廊下に待たせておりますが。」
「ロポットね。僕が見て何か益になることがあるかな。 まあ僕も興味があるから見るだけ見よう。 しかしそんなものを買う金はないよ。 」
松尾が合図すると田島と菩薩が人ってきた。刑事部長はちょっと驚いたような表情をして菩薩を見た。銀色のメカニックな中肉中背の外見から、人間とそっくりであるが、よく出来たロボットで、ある種の美を感じさせるので、見慣れてないものには 驚きと興味をかきたてる効果があることは、中学校で実験ずみだ。
「随分よく出来たロボットだね。 中に人間が入いっているわけじゃないだろ。」
「はい。 純粋なロポットです。 ある程度の会話はできます。」
「ほお、会話がね。」刑事部長はそう言って立ちあがりロボットの方に近づいてきた。
「名前はついているのかな。」
部長は松尾に聞いたのだが、ロボットが答えた。「はい、 私の名前は菩薩と申します。」
部長は目を輝かせて 「菩薩という名ですか。 」と言った。
「はい、あの仏教で使われる菩薩です。」 ロボットはそう答えた。
「すごいロボットだね。 会話ができるとは。 歩くこともできるのかい。」
「はい、出来ます。歩いてみましよう。」ロボットは部屋の中をゆっくり歩いた。
「ほお、 すごいロボットだね。 君の会社ではこんなロボットが量産されているのかね。」部長はそう言って松尾に初めて心を許したような親しみにあふれた目をした。
「いえ、 これは試作品です。 ですが、いずれ量産される可能性はありますね。」
「ふうむ。 これじゃまるで人間と同じじゃないか」部長はロボットの身体にさわっていかにも気にいったという風な表情をした。
「でも、 プログラムした内容しかできませんから。 やはり創造的な仕事はロボットに無理です。」
「ふうむ」刑事部長は又ロボットに近づいて言った。
「菩薩君、君達の今日の用件は何だね。」
「はい」と菩薩は答えた。 「僕の名前が菩薩とありますように、世界が平和になるように祈り、今日の 用件は警察の方にわが社の平和セールスについて御理解を願うということです。」
「平和セールスね。随分変わったセールスだね。でも何で又、警察の理解が必要なんだ?」 「はい、それはむずかしい質問ですから松尾さんに答えてもらいます。 」
「はっはっは。むずかしい質問は人間に答えてもらうというわけか。なるほど。」
松尾はうまいぐあいに部長が話にのってきたので内心ほっとすると同時に、ここでさらに話を盛り上げる必要があることを感じて言った。
「刑事部長。平和セールスというのはですね。 わが社が考えた独得のアイデア商法です。これは警察の方が一番関心を持 ってほしいことなんです。というのは警察の目的こそ平和なんですから。平和には国内の平和と世界の平和がありますからね。」
「そりやそうだ。しかしその平和というのがむすかしい。いかに警察 が努力しても犯罪はいっこうにヘらない。 へらないどころかふえているよ。」
「そこですよ。平和の問題は警察や自衛隊にまかせておくのはだめですよ。我々市民がみんな協力しなくては。」
「うん。そりやそうだ。それはいつも警察が市民のみなさんに協力 をお願いしていることだ。」「 ですからわが社は、そうした警察の訴えに対して、会社ぐるみで立ちあがろうということです。どうです? 警視総監賞をもらっても良い試みだと思いますがね。」
「なるほど警視総監賞をね。それで君のここに来た理由が読めたよ。今回の広川取締役の事件は不名誉なことだから、そうし た不名誉なイメージを消すために来たのかね。」
「はあ、それもあります。つまり平和セールスは広川取締役が推進してきたことで、彼を会社が失うということは大変な損失なんです。」
「そりやわかっている。しかし法律で間違ったことをしたんだ。横領をね。これを警察が見過ごすわけにはいかんのだよ。」
「しかし横領といったって、本人は借りたと言ってますよ。」
「君ね。君は何も知らんよ。広川さんは五百万円借りたという会社の帳簿に記載があるが、実際は一千万円借りている。五百万円は彼の懐に入っているのだから、横領になる」
「でも、その五百万円は返す予定なんでしょ」
「予定だって、帳簿に書かれてなければ、自分の懐に入れると思われるではないか」
「それは、誰かの罠だ」
「そりや君。裁判の中であきらかにされることだよ。第一、逮捕状が出て、すでに広川さんは拘禁されているわけだから今さら警視庁としてもあと戻りすることはできんね。それに、白沢取締役が会社の訴えとして、おこされて事件なんだぜ」
その時、電話がなった。
刑事部長は数分の間電話の応対をしたあと松尾に言った。
「ちょっと席をはずす用事ができた。 もう何か言うことはないかね。」
「はあ、広川さんに面会してもよろしいですか。」
「それは、受付で、予約が必要なのではないかね」

刑事部長は厳しい表情をして言った。 「だいだい、受付に用件を言わないで、いきなり、ここにくるなんて失礼なことだぜ。君は、僕 が忙しい時間をぬって、君の話を今まで聞いてあけただけでも感謝しなけりゃならんのだよ。あとは、受付に行ってくれ。僕は当然、受付の案内があったと勘違いして、ロボットに気をとられて、みんな君の話を聞いてしまった。ともかく、受付へ行ってくれたまえ。ついでに言っておくがね。世の中には、悪人がいるということだよ。最近、はやりの中傷なんていうのも、悪の始まりだよ」
松尾は礼を言い、田島とロボットを連れて刑事部長室を出た。
しばらく病院のような細長い廊下を歩いていると、松尾達を呼びとめる男がいた。五十才前後の男だ。
「僕は毎朝新聞の者だがそのロボットは本物ですか?」
「本物って中に人間が入っていないのかということですか。」
「そうです。」
「本物ですよ。わが社が最近、開発した最新式のロボットです。新聞記者の方ならそのくらい御存じでしよう。」
「耳にはしていますがね。僕は刑事事件専門で、科学技術方面は少々うといんですよ。それにしても歩く口ボットですか。すごいですな。話はするんですか。」
「しますよ。簡単な会話なら。」
「ほお、すごい」新聞記者はそう言って感心しロポットにむかって「今日は」と挨拶した。

菩薩君が今日はと答えると、彼は目を丸くした。
「いや、すごいですな。ルミカーム工業では、今度、広川取締役が逮捕されて大変でしようけれど、 このロボットさえあれは経済の荒波も乗り切ることができるでしょう。」
「広川さんは無実です。会社の中の陰謀の犠牲に。」ロボットがそこまで言った時、田島が顔をしかめて、菩薩の後頭部のスイッチを切った。
新聞記者の驚く顔が言葉を途中で切った菩薩にむけられていた。
「広川取締役が無実だって?会社内部の陰謀だって?」新聞記者は驚きの表情から今度は何かを思いついたかのように笑いを浮かべた。
「そうですか。 これはおもしろい。陰謀ですか。」
松尾は変な風に新聞に書かれては困ると思い言った。
「ロボットの言うことを真にうけないでくたさいよ。広川さんが無実だという信念は我々にもありますがね。」
「そうですか。それで今日ここへ来て良い収穫がありましたか。」
「何もないですよ。今、刑事部長に会ってきたのですが、いい情報はありませんでしたね。ただ私達はここに情報をしいれるために来たわけではないのですよ。そんなことは会社にいてもある程度わかりますからね。そうではなくて、警視庁に平和セールスに来たのです」

[つづく ]

 

【 久里山不識 】
1 これは奇想天外な話が続きますが、小説です。スペインのドン・キホーテやイギリスのガリバー旅行記あるいは現代の異世界物語も奇想天外な話ですが、こういう作品は奇想天外な話をして、そこから、何か真実を読者の皆様に訴えようという創作技術だと思います。
2 「永遠平和を願う猫の夢」  「迷宮の光」  「霊魂のような星の街角」 をアマゾンより電子出版  【Kindle版】

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