玄文講

日記

貨幣の話(復習)実質利子率の重要性

2005-06-03 19:09:33 | 経済
今日も今までの話の復習をしてみよう。まずは次の話を枕にしたいと思う。

EU憲法の是非をめぐって国民投票が行われている。「svnseeds’ ghoti!、フランスとスペイン-国民投票を決めたもの」においてsvnseedsさんはフランスでそれが否決され、スペインでそれが可決された原因について、それらの国々のGDPの上昇率に注目している。

実質GDP成長率が2002~2004年の平均を取るとフランスは1.4%、スペインは2.9%になっている。
失業率はフランスは1.6%だけ低下し、スペインは6.4%も低下している。
これだけ景気に違いが出れば、EUに否定的になるか好意的になるか国民投票の結果は変わるに決まっている。

この差はどこから生じたのだろうか?svnseedsさんは更に言う。

それは実質金利の差からであると。
その数値はフランスは常にプラスでスペインは1999年を除きマイナスである。
実質金利が低ければそれだけ投資は盛んになり景気も良くなる。

それでは実質金利の差はどこから来たのか?
それはインフレ率の差である。
何度も紹介しているがフィッシャーの方程式

実質利子率 = 名目利子率 - インフレ率

というものがある。
そして失業率はインフレ率と反比例するという「フィリップ曲線」という法則がある。
スペインの失業率が低いということは、インフレ率が高いということになる。(実際に3%前後の高い値を取っている。)
一方でフランスの失業率は高いので、インフレ率は低くなる。

そして名目利子率であるが、これは欧州中央銀行が決める短期金利によりEU全体で似たような数値を取る。
そうなると同じ名目利子率でも、インフレ率が高いスペインでは実質利子率は低く「金融緩和」状態になり、インフレ率が低いフランスでは実質利子率は高くなり「金融引き締め」状態になる。

優れた力とはコントロールできるものでなくてはいけない。
svnseedsさんは「金融政策の不自由さが招く景気動向の各国の不平等」ゆえにユーロ統合には否定的立場を取られている。
つまりそれはコントロールできない力ゆえに良くないものだということである。

(補足)

本当は人々は事前に予測されている利子率、期待インフレ率に合わせて行動をする。
将来インフレになりそうなら早めに物を買っておこうとか、名目金利に期待インフレ率を上乗せしておこうとか、お金を借りて投資するなら今の内だとか考える。
そしてそれが景気に影響を与える。だから問題にすべきは事後の利子率ではなく、期待利子率となる。
昨日紹介した「利子率」も「インフレ率」も事前に期待されているものを想定している。

しかしここで扱っているデータは事後実質金利である。
そこでsvnseedsさんは

ちなみにユーロ加盟というイベントは誰がどうみてもわかりやすい予定されたものなので、期待実質金利は事後的な実質金利とそれ程差はないのではないか

とみなして、今回の場合は近似的に事後(結果)と事前(期待)は等しいと仮定している。(補足終)

svnseeds’ ghoti!

つまりこの話の教訓はこうだ。
景気回復には期待実質金利の動向が重要な役割を果たす。

ところで日本は名目金利は低いが、インフレ率はマイナス(つまりデフレ)なので実質金利は見かけほど低くはない。
時おり議論において「金融緩和すべきと言うが、日本の金利は既に十分低い」と主張されるが、それは名目利子率だけに注目したせいでそう見えるだけであり実質金利はまだ十分に低くはないのである。

また日本の失業率が高いのはインフレ率が低すぎるせいである。
インフレ率を上げれば、失業率は下がることだろう。

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今回は「貨幣の話(6)」の補足である。
そこで私はマネタリストとケイジアンの論争を紹介した。簡単に要約すると、利子率は景気に影響を与えないので「名目利子率をコントロールする金融政策」は無意味だ、というのがマネタリストの主張である。

しかし上の話では実質利子率が景気に影響を与えているように見える。
フランスが景気回復をするには、名目利子率を下げるという金融政策が有効そうだ。
マネタリストならばマネーサプライを増加させてインフレ率を上げるだけでいいと主張するかもしれない。
(日本は名目利子率を既に0にまでしてしまっているので、マネーサプライの増加以外に取るべき手段が残されていない。)

どちらがいいのかは分からないが、スペインが金融緩和でうるおっているのを見れば少なくとも金融政策が無意味という結論は出ないであろう。


ここでマネタリストの歴史について簡単に振り返ってみよう。

マネタリストは新古典派と呼ばれる学派に属している。
この学派の代表はミルトン・フリードマンである。泣く子も黙る「ノーベル賞」だってもらっている有名人だ。
彼らは1970年代から80年代初めにかけて強い影響力を持っていた。
フリードマンは経済における「貨幣の重要性」、つまり短期においてはマネーサプライが景気に強い影響を与えることを示した。
そして長期においては貨幣数量説による「貨幣の中立性」が成立する。つまりマネーサプライは物価にしか影響を与えず景気とは関係なくなるとした。
この短期と長期の区別、貨幣の重要性はきちんと検証され、現在ではほとんどの経済学者も認めている。

しかしそこからマネタリストは現在ではあまり認められていない行為に走った。彼らは「貨幣の重要性」を極端なまでに信じた。
中央銀行は利子率やマネーサプライのコントロールなんてやめて、マネーサプライの目標値を設定して単純に増加させるだけでいい。そう彼らは主張した。

これは金融政策の否定であり、中央銀行は何もしなくていいと言っているに等しかった。
そして多くの国の中央銀行はこのマネタリストの見解を支持した。

そして79年にはアメリカの中銀である連邦準備銀行は「通貨総量の目標値を定めて、その実現を目指す」ことを宣言した。
つまりマネーサプライを単純に増加だけさせることを宣言したのである。
中央銀行が自分で自分の役割を否定したのだから驚くべきことであり、マネタリストは天下を取ったかにみえた。

だけどクルーグマンはこう言っている。連邦準備銀行は柔道をしたのである、と。つまり敵の力を利用して自分の目的を達成したのだ。
彼の説によると、連邦準備銀行は実はマネタリストではなかった。
ただ高いインフレ率をどうにかする必要は感じていた。しかしインフレ率を下げるには失業率の増加を受け入れないといけない。それは不況を招いてしまう。
そこで彼らはマネタリストにその仕事を押し付けた。

「私たちはこれからマネタリストの言う通りにマネーサプライを調整します。もしそれで不況が起きてもそれはマネタリストのせいです」

つまりマネタリストの言う通りにマネ-サプライの増加率を一定にすると、その供給量が減りインフレ率が下がるのである。
かくして3年後、インフレはおさまり、失業率は上がり、アメリカは不景気になった。
マネタリストは批難された。「お前たちの言う通りにしたらこの様だ」。彼らの信用はなくなった。
そして連邦準備銀行は本性を表わし、急激にマネーサプライを上げたり下げたりしてマネタリストを驚かせた。
マネタリストは惨事や大不況を予言したが、それとは逆にアメリカの景気は良くなってしまったのである。
ビバビバ(めでたし、めでたし)。

以上がマネタリストの歴史である。
最後のクルーグマンの説は「クルーグマン教授の経済入門8章」にのっている。少し陰謀論が入っていてマユツバものだが、マネタリストの言う通りにして不景気が起き、彼らの信用がなくなったのは確かなことだ。
現在でも金融政策の有効性は何度も証明されている。

さて次に利子率が重要である例をもう一つ挙げようと思ったのだが、長くなり過ぎたので続きは明日にしたいと思う。