毎日生活しているといろいろな場面を目撃する。自宅やその周辺、公園あるいは繁華街、わたしの愛する神保町や西早稲田、本郷、あらゆる場所で見られる光景は一回限りのもので二度と同じものを見ることはない。だから考えてみればそれらの一つ一つはけっして疎かに眺めていてはいけない。なかにはとんでもないものもあるからだ。
その日、わたしは長年の友人Kの住んでいるマンションを訪れていた。偶さか仕事が暇な時期だったので、久方ぶりにKと他愛ない話がしたくなったのだ。彼の妻君は外出していたので、わたしが土産に持っていった安井屋の鳥皮焼(これは本当に美味しい)を肴にKと学校時代の昔話に興じたり、最近ではすっかり省みられなくなってしまったモンタギューの形式意味論におけるシンタックスとセマンティックスの同型性についての取り留めない話をしたりして過ごした。
時刻はまだ午後の二時ころだったと思う。Kが「今日は消火訓練があるんだよ、一緒にみてみるか」と言いだした。わたしもそろそろ外の空気が吸いたくなってきていたので、さっそく彼とマンション前の駐車場に降りることにした。一般的には消火訓練など午前中に実施するものだ。午後の二時からというのは、少なくともわたしの知る限りではそんな時刻に行ったことはない。しかしここはそういうところなのだろうと自分で納得することにした。駐車場には既にマンションの住人が五十名ほど出てきていて訓練の開始を待っていた。所轄の消防署からもはしご車が出動し雰囲気は徐々に盛り上がっている様子だった。やがて開始時刻となり係りの消防官が説明を始めたが、わたしはぼんやりとその光景を眺めながら、そろそろ帰りの時刻が気になりだしていた。夕食に遅れるといろいろと面倒なことがあったからだ。わたしは所在無く隣のマンションの玄関の方を見遣った。訓練はというと、いよいよクライマックスともいえるはしご車の出番となった。銀色に輝く金属製の梯子が十二階くらいの高さまで徐々に伸ばされ、訓練に参加した人々はKも含めてその有様を興味深げに眺めていて、地上で起こっている出来事にはいっさい気がついていない様子だった。
最初のうちは何の違和感もなかった。法事でも行われているのだろうと思っていた。喪服を着た人々が三々五々隣棟マンションの玄関前に集まってきて、黒いセダンも数台ほど横付けされていた。しかしKやそのほかの住民ははしご車の演習に眼がいっていて隣のマンションの玄関には見向きもしない。こちらで消火訓練の続くなか喪服の人々はやがてそれぞれセダンに乗り込み出発してゆく。車ははしご車の横を通りやがてわたしのすぐ傍を走りぬけ一般道へと出ていった。奇妙だと感じたのはそのときだった。わたしは車には滅法弱くてライトバンとワンボックスカーの違いさえ判らないのだが、それでもそれらの黒塗りセダンが普通の乗用車よりもひとまわりもふたまわりも小さいということに気がついた。あのように小さな車をわたしははじめて見た。どう考えてみても大人が何人も乗れるような大きさではなかったのだが、車内には運転手を含め無表情な喪服の人々が五人乗車しているのが確認できた。わたしはKの様子を窺がった。ところが彼もそしてそのほかの住人たちもそれらの車がまるで存在していないかのように、はしごの上で演習する消防隊員の仕草を眺めているだけだった。
ところで、このような小さな車の話を以前どこかで読んだことがある。松谷ふみ子の編集した本だったか、持っているはずなのだけれど探し出せなかったので詳しい出典が書けないが、そこにも同じように黒いセダンが出てくる。しかし場所は山道で車内には黒い服を着た小さな人間たち(いわゆる小人ではない)が乗っていたというものだ。
その日、わたしは長年の友人Kの住んでいるマンションを訪れていた。偶さか仕事が暇な時期だったので、久方ぶりにKと他愛ない話がしたくなったのだ。彼の妻君は外出していたので、わたしが土産に持っていった安井屋の鳥皮焼(これは本当に美味しい)を肴にKと学校時代の昔話に興じたり、最近ではすっかり省みられなくなってしまったモンタギューの形式意味論におけるシンタックスとセマンティックスの同型性についての取り留めない話をしたりして過ごした。
時刻はまだ午後の二時ころだったと思う。Kが「今日は消火訓練があるんだよ、一緒にみてみるか」と言いだした。わたしもそろそろ外の空気が吸いたくなってきていたので、さっそく彼とマンション前の駐車場に降りることにした。一般的には消火訓練など午前中に実施するものだ。午後の二時からというのは、少なくともわたしの知る限りではそんな時刻に行ったことはない。しかしここはそういうところなのだろうと自分で納得することにした。駐車場には既にマンションの住人が五十名ほど出てきていて訓練の開始を待っていた。所轄の消防署からもはしご車が出動し雰囲気は徐々に盛り上がっている様子だった。やがて開始時刻となり係りの消防官が説明を始めたが、わたしはぼんやりとその光景を眺めながら、そろそろ帰りの時刻が気になりだしていた。夕食に遅れるといろいろと面倒なことがあったからだ。わたしは所在無く隣のマンションの玄関の方を見遣った。訓練はというと、いよいよクライマックスともいえるはしご車の出番となった。銀色に輝く金属製の梯子が十二階くらいの高さまで徐々に伸ばされ、訓練に参加した人々はKも含めてその有様を興味深げに眺めていて、地上で起こっている出来事にはいっさい気がついていない様子だった。
最初のうちは何の違和感もなかった。法事でも行われているのだろうと思っていた。喪服を着た人々が三々五々隣棟マンションの玄関前に集まってきて、黒いセダンも数台ほど横付けされていた。しかしKやそのほかの住民ははしご車の演習に眼がいっていて隣のマンションの玄関には見向きもしない。こちらで消火訓練の続くなか喪服の人々はやがてそれぞれセダンに乗り込み出発してゆく。車ははしご車の横を通りやがてわたしのすぐ傍を走りぬけ一般道へと出ていった。奇妙だと感じたのはそのときだった。わたしは車には滅法弱くてライトバンとワンボックスカーの違いさえ判らないのだが、それでもそれらの黒塗りセダンが普通の乗用車よりもひとまわりもふたまわりも小さいということに気がついた。あのように小さな車をわたしははじめて見た。どう考えてみても大人が何人も乗れるような大きさではなかったのだが、車内には運転手を含め無表情な喪服の人々が五人乗車しているのが確認できた。わたしはKの様子を窺がった。ところが彼もそしてそのほかの住人たちもそれらの車がまるで存在していないかのように、はしごの上で演習する消防隊員の仕草を眺めているだけだった。
ところで、このような小さな車の話を以前どこかで読んだことがある。松谷ふみ子の編集した本だったか、持っているはずなのだけれど探し出せなかったので詳しい出典が書けないが、そこにも同じように黒いセダンが出てくる。しかし場所は山道で車内には黒い服を着た小さな人間たち(いわゆる小人ではない)が乗っていたというものだ。