随分と前に、国立国会図書館について書いたことがある。食堂のスパゲティー・ナポリタンが不味いの、書籍の出庫が請求してから三十分はかかるの、と不満を書いた。しかしそんな不満を補って余りある価値が国会図書館にはある。たとえば古い官報はここでしか閲覧できないし、なによりその蔵書量の多さが魅力だ。わたしが学校時代にドイツ語を教えて頂いたS先生は、借りて読むというよりは本そのものの確認のため国会図書館を使っているとおっしゃっていた。要すればいろいろな使い道があるということなのだろう。
原理的に国会図書館とは未完の建築物であるということができる。地方自治体の図書館は主に閲覧を目的としているのにたいして、国会図書館はそれに加えて蒐集保存を重要な使命としているからだ。蒐集保存すりゃあ蔵書はどんどん増えていく。ましてや国内の出版物はすべからく(ビニ本も含めて)蒐集保存するのが国会図書館のしごとであるとくればなおさらだ。そんなわけで本館の書庫だけでは不充分となり、新館を建設して地下八階三十メートル下まである書庫を設けた。
ところで妙な話を読んだことがある。某A新聞の記者がこの新館書庫の地下八階を見学したいと国会図書館側に要請したところ、「何もありませんから」とやんわり拒否されたというのだ。まだ書籍の収納されていない空っぽの書庫など見てもしょうがないと図書館側が親切心で記者の徒労を事前に回避したのだと、そのときは思った。しかしこれはなんだか変だ。そもそも取材対象が興味あるものかそうでないかは、取材する記者の判断によるのであって、取材される側が判断すべきものではない、いやそもそも判断などできない。ということは、これは明らかに国会図書館側の何らかの意図、親切心などとはまったく関係ない意図による取材拒否なのではないと思えてきたのだ。ふつうに考えれば、非公開収蔵物でもあれば拒否するということもあるだろうが、何もないからこそ見学自由なはずではないか。
これらのことから結論を導き出すのはいたって簡単だ。取材拒否の理由としては、そこには見せたくない何ものかがあるか、あるいは職員自身がそこに入って行きたくない事情があるか、この二つしかない。
まず「見せたくない何ものかがある」ということについて想像力を逞しくするならば、実はこの書庫の地下八階は書庫などではなく、外国からの軍事攻撃に際して、閣僚や官僚が執務するための巨大な地下「霞ヶ関」への入り口があるという説。残念ながらしかしこれはまったくの妄想でしかない。秋庭俊とかいう人物がその著『帝都東京・隠された地下網の秘密』のなかで営団地下鉄(現在の東京メトロ)荻窪線は戦前秘密裏に造られていたといったようなことを書いているけれども、考えても見て欲しい、地下鉄工事というものがどれほど多くの労働力と物資と施設を必要とすることか。ましてや戦前とあっては規模は今日の比ではない。そんな工事を秘密になどできるわけがない。事情は機械化や掘削技術が進歩した現在でも変わらない。東京のど真ん中に巨大な地下施設を造るのはよいが、その建設工事を秘密のうちに実施することが可能とはとうてい考えられない。
とすると二つ目の理由。「職員自身がそこに入って行きたくない事情」があるのではないかという推測。わたしはこちらの方が現実的なような気がする。しかし「入って行きたくない事情」と一口にいってもまだ漠然としている。もっと具体的な状況を推測しなくてはならない。
「シックハウス症候群」というのはどうだろう。防腐剤、塗料溶剤、接着剤、木材保存剤、防蟻剤など建築材料の中に含まれる科学物質を原因として起こる症状なのだが、これなど大方の理解を得やすい説明ではないか。だがこれの発症には個人差があり、皆が皆同様に身体に異常を来たすというわけでもない。図書館職員が現在何人いるかは知らぬが、なかにはまったく影響を受けない体質の者もいるだろうから、そのような職員が案内すればよい。
そこで最後に考えられるのが、ずばり何らかの「超常現象」。これなら体験者だけではなく非体験者も心理的な影響を受けるので誰もが行きたがらなくなる理由を説明できる。国立国会図書館新館地下八階の書庫でどのような超常現象が起こっているかは分らないが、とにかく何か理解できない現象が起こり、それを体験した職員が複数存在し、それはひそひそ話で他の職員たちにも伝わり、その結果地下八階は開かずの書庫となっている。
しかしそんなことを公然と発言しようものなら、たちまち税金の無駄使いを指摘されるのがオチである。マスコミは「超常現象」を埋め草には使うけれども、真剣に取り上げることはまず無いというのが現実だから。
原理的に国会図書館とは未完の建築物であるということができる。地方自治体の図書館は主に閲覧を目的としているのにたいして、国会図書館はそれに加えて蒐集保存を重要な使命としているからだ。蒐集保存すりゃあ蔵書はどんどん増えていく。ましてや国内の出版物はすべからく(ビニ本も含めて)蒐集保存するのが国会図書館のしごとであるとくればなおさらだ。そんなわけで本館の書庫だけでは不充分となり、新館を建設して地下八階三十メートル下まである書庫を設けた。
ところで妙な話を読んだことがある。某A新聞の記者がこの新館書庫の地下八階を見学したいと国会図書館側に要請したところ、「何もありませんから」とやんわり拒否されたというのだ。まだ書籍の収納されていない空っぽの書庫など見てもしょうがないと図書館側が親切心で記者の徒労を事前に回避したのだと、そのときは思った。しかしこれはなんだか変だ。そもそも取材対象が興味あるものかそうでないかは、取材する記者の判断によるのであって、取材される側が判断すべきものではない、いやそもそも判断などできない。ということは、これは明らかに国会図書館側の何らかの意図、親切心などとはまったく関係ない意図による取材拒否なのではないと思えてきたのだ。ふつうに考えれば、非公開収蔵物でもあれば拒否するということもあるだろうが、何もないからこそ見学自由なはずではないか。
これらのことから結論を導き出すのはいたって簡単だ。取材拒否の理由としては、そこには見せたくない何ものかがあるか、あるいは職員自身がそこに入って行きたくない事情があるか、この二つしかない。
まず「見せたくない何ものかがある」ということについて想像力を逞しくするならば、実はこの書庫の地下八階は書庫などではなく、外国からの軍事攻撃に際して、閣僚や官僚が執務するための巨大な地下「霞ヶ関」への入り口があるという説。残念ながらしかしこれはまったくの妄想でしかない。秋庭俊とかいう人物がその著『帝都東京・隠された地下網の秘密』のなかで営団地下鉄(現在の東京メトロ)荻窪線は戦前秘密裏に造られていたといったようなことを書いているけれども、考えても見て欲しい、地下鉄工事というものがどれほど多くの労働力と物資と施設を必要とすることか。ましてや戦前とあっては規模は今日の比ではない。そんな工事を秘密になどできるわけがない。事情は機械化や掘削技術が進歩した現在でも変わらない。東京のど真ん中に巨大な地下施設を造るのはよいが、その建設工事を秘密のうちに実施することが可能とはとうてい考えられない。
とすると二つ目の理由。「職員自身がそこに入って行きたくない事情」があるのではないかという推測。わたしはこちらの方が現実的なような気がする。しかし「入って行きたくない事情」と一口にいってもまだ漠然としている。もっと具体的な状況を推測しなくてはならない。
「シックハウス症候群」というのはどうだろう。防腐剤、塗料溶剤、接着剤、木材保存剤、防蟻剤など建築材料の中に含まれる科学物質を原因として起こる症状なのだが、これなど大方の理解を得やすい説明ではないか。だがこれの発症には個人差があり、皆が皆同様に身体に異常を来たすというわけでもない。図書館職員が現在何人いるかは知らぬが、なかにはまったく影響を受けない体質の者もいるだろうから、そのような職員が案内すればよい。
そこで最後に考えられるのが、ずばり何らかの「超常現象」。これなら体験者だけではなく非体験者も心理的な影響を受けるので誰もが行きたがらなくなる理由を説明できる。国立国会図書館新館地下八階の書庫でどのような超常現象が起こっているかは分らないが、とにかく何か理解できない現象が起こり、それを体験した職員が複数存在し、それはひそひそ話で他の職員たちにも伝わり、その結果地下八階は開かずの書庫となっている。
しかしそんなことを公然と発言しようものなら、たちまち税金の無駄使いを指摘されるのがオチである。マスコミは「超常現象」を埋め草には使うけれども、真剣に取り上げることはまず無いというのが現実だから。