絹糸のしらべ

一絃の琴、きもの、文学etc…日本人のDNAが目を覚ます・・・

曲の理解は・・・

2006年03月28日 01時13分14秒 | 一絃琴
「鴛鴦」にしろ「今様」にしろ
演奏する曲について、内容とか作曲された時代のことや
作者の心情などについては、結局自分自身で模索するしかないようだ。
しかし、実際にどのようなところから
曲の理解を深めていけばよいのだろうか…

一絃琴のCDなどは、ほとんどないので
もし、見かけることがあったら即買いしないと
次はどこで出会えるか到底わからない。
書籍についても同じことが言える。
ほとんどが自費出版なので、重版されることはまずないからだ。

ということで、数少ない音源や書かれた物などを読み込み
自分のイメージを膨らませていくようにしているが、
やっぱり、一番の深まりは練習の中から生まれてくるように思う。
お琴を何度も何度も弾いているうち、
あるとき、ふと、そのメロディが「いつか聞いたことのあるもの」に
変身する。。。
急にその曲が、自分の中から聞こえて来る感覚が…
そんな瞬間が訪れることがある。
それは、高校生の頃「蜻蛉日記」を読んでいたとき
突然すぐそばに作者が現れ、直に自分に話しているかのごとき錯角に
陥ったことと酷似している。(恥ずかしながら)

たとえば「鴛鴦」を練習していると(一絃琴に造詣の深い先輩諸氏が
「冬の寒い夜の情景」と解説しておられるが)
この曲の音律から滲み出てくるものは、決してそれだけではないと
言っているように私には聞こえてしまうのだ。
なぜなのか、それはわからない。
前に書いた記事には、理屈を載せたけれども、
それもある種の直感を頼りに、この曲に秘められたものを
手繰り寄せようとした、ひとつの仮説なのである。

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