介護はイヤだ

両親への積極的な介護をしていなかった(両親は平成24年度に相次いで死亡)、ダメな子供の戯言を書いています。

10/18の出来事-その1(通夜 直前)

2012-11-26 08:02:34 | 日記
18日は「お通夜」でした。
天候は、朝方はウス曇、お昼前辺りから小雨

◎午前6時ごろ
 何時もよりは遅い朝食を済ませる。
 母は自信有り気に「今日は必ず町会の人が来るからね」と言っている。

◎午前8時チョット前
 17日のお昼前に「供物・生花」の申込用紙を持って帰った従兄が、(父方の)親族からの注文を記入した用紙を持参して、我が家に来る。
 申込用紙が揃ったので、祭壇に陳列する順番を従兄を含めた3名で決める作業を開始。当初、母と従兄は母方から見た縁の近さで順番を指示するので、疑問に思いながらも素直に書いて行ったのだけど、『此れって、お父さんから見た順番が正しいんじゃないの?』と疑問を投げかけたら、順番を大幅に入れ替える事になる。

◎午前8時20分頃
 前日、葬儀社の方が「リストはFAXして頂くか、私がお伺いした時にお渡しください。明日は9時30分頃に参ります。」と言っていた気がしたので、一応、葬儀社に電話を入れ、出た方にリストが完成した旨を言付ける。
 電話をしている間に、母は従兄に尋ねたようで、町会の人は来ないことが判明。

◎午前9時ごろ
 通夜と告別式の時に受付に立ってくれる人が二転三転して中々決まらなかったが、母方の親族の方で各日1名確保。
 これまで、父方(アンドご町内)は葬儀に呼ばれた際には、私は何度も受付を経験させられたのに、我が家に対しては誰も協力してくれないと言う事実にはビックリ。

◎午前10時ごろ
 葬儀社の方が大荷物を抱えて我が家に来た。大荷物の正体は組立て式の祭壇[白木・3段]であり、そういえば、昨日の打合せの際に頼んだ事を思い出す。祭壇は仏壇の前に設置してもらう[その後、生活に支障が生じるので隣の部屋に移動]。
 従兄が「受付の人間は1名確保できたけれど、其方か1名出してもらうことは可能だと言っていましたよね。お願いできますか」と葬儀社の方に言うと、葬儀社の方は少し困った顔をして携帯で何処か電話を掛ける。電話の相手は、話しぶりだと常務さんらしく、何となくOKと言うことに。
 葬儀社の方は、祭壇の設置とリストの内容確認(主に漢字と連名にする人の組み合わせ)を済ませると「本日は午後6時から告別式になっておりますので、喪主とご家族の方は午後4時にホールに来てください」と言って帰られる。従兄は町内の用事を片付ける序に、葬儀に参列する人の家に「葬儀案内」(A4横)の紙を持参して、日時の間違いが無い様にしてくれることになり、我が家を後にする。

◎午後1時チョット前
 銀行に出向いて定期預金を解約する為に家を後にする。
 言われた駅に着いて見ると、改札口は1箇所だけであり、母の話しに出てくる「M駅方面の改札口」という物が無い!仕方なく改札を出て、「M駅方面行きの線路のすぐ脇にある線路に沿った道」を探すが、駐輪場に至る道しかない。少し先にある幹線道路に十字路があるので、ダメモトで幹線道路を歩いていくと、道が右に曲がって線路を横断している。『此れが母の話しに出てきた踏切なのかな~』と思い道の先を眺めると、銀行の看板が見えた!
 銀行の窓口のお嬢さんに母の名前で書いた解約用紙を渡す際に、解約の理由を述べて私の身分証明書を提示。理由が理由だけに上役の方々我が家に電話をして確認することになったのだけど、我が家は諸般の事情で5年以上前に電話番号を変更していた!チョット、ヤバイ状態?
 どうにかお金を受け取り、駅を目指したときにやっと理解いたしました。母が話していた道順は正確では無いけれど間違いではない。正しくは「1つしか無い駅の改札を出たら左側に曲がり、2つある階段のうちM駅側の方を下りる。線路に沿って歩くと踏み切りの所で別の道と出会うので、出合った道を右に進む」

◎午後2時過ぎ
 自宅最寄り駅に戻る。
 バスを待っている間に悪戯心から付近を観察すると、我が家の葬儀案内が何箇所かに掲示(貼付)されていた。駅から迷う人は稀だろう。

◎午後3時ごろ
 母と二人、出かける準備を開始。
 小雨だけどタクシーを呼び、着替えやお金を持って、葬儀会場へ。


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