まるい山のふもと
ススキは半逆光のなか
夕暮れの色彩が
いまにも透きとおってしまいそうな
写真の持つ意味を誰も知らないので
誰もがただきれいだと言うだけで
このススキのむこうに続く
細い細い路を
ひとりのひとが去っていってしまった
すぐ後の時間
わたしの心は深く溜息をついて
過ぎ去った日をまさぐりながら
シャッターに指をおいたのだ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
ひとつの文字を
書いていく毎に
雨が心のなかにまで
降り込んでくるので
古い写真を
机のいちばん底からとりだして
その頬に
赤いサインペンで
薔薇の花を描いた
塚原将「消せない時間』より . . . Read more
何処ですれ違ったのか
わたしには解からなかった
解かっているのは
もう二度とめぐり逢うことはない
ということだった
それ以来
数知れない面が
わたしの顔のまわりをまわり続けて
わたしは
回り灯籠の灯になってしまった
塚原将「消せない時間』より . . . Read more
いまのわたしの掌に捕らえられた白い鳩が
まっ白いままに住みつくことは
虚偽が
思いもよらないほどに堆積している証拠なのに
わたしは
白い鳩がわたしの指をつつきながら
ますます白くなると信じこんでいるので
毎晩のように
死んだ鳩を埋めるための
深い深い穴を掘るのだ
塚原将「消せない時間』より . . . Read more
花は一重のものがいい
それもなるべく
うすい花弁のものがいい
花の持つ優しさと
すぐ後ろにある哀しさを
ひとつの時間のなかで
しみじみともせずに
眺めることが出来るからだ
塚原将「消せない時間』より . . . Read more
風がまわって去った直後の静まりのように
わたしの心をまわって去っていったものが
残していったのは
すべての海をめぐってもまだ
香りを保ったまま咲く
濃紺の一輪の花であった
花の上におちてくるものは
意味を喪失した後に
初めて花に吸いこまれるので
花は極限に達した静寂の中に
ポッカリと孤独であった
花のまわりはいつの間に
繁殖した泥ぶかい匂いが強まって
不透明になっていつたのだが
花は
花弁のひ . . . Read more
夕日を顔いっぱいあびたひとに
よそみをしながら賞められてから
わたしは言葉をのぞきこむくせがついて
言葉のなかに泳ぐものを
すくい上げるまでは
微笑をたやすことがなくなってしまった
もしあの時
わたしが夕日とむかいあっていたら
わたしに進んでくる言葉を
風のように
受けるだけだったろうに
塚原将「消せない時間』より . . . Read more
なにも飛ばなかった
澄んだ空を区切って
鴎の飛ぶ路は磨ききられていたのに
空は真一文字に口をむすんで
路は海の底に沈んだ
太陽は
そこから
急速に時間を喪失した
波の犬歯は血に染まって
吸血鬼の伝説が飛ぶことのできない鴎をくわえこんで
空を支配した
いま
かえってくるものは
なにもなく
わたしひとりが
砂の棺のなかに横たわって
潮のみちてくるのを
待っているだけだ
塚原将「たったひとつ . . . Read more
朝をくぐって
黒い犬が
かけてゆく
くわえているのは
むかし
わたしの愛した
女の顔だ
ひとつの
線が
わたしと
犬の
黒さのあいだに
ひかれていて
忘れ果てていた
柱時計が
ひとつだけ
なった
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
夕暮れがくる
ひとつの平凡な事柄に
木の葉のおちることが
くわわっただけで
くもり硝子のむこうを
花を摘んでしまった
気持の重さに
うなだれた娘が
歩いてゆく
光が刻みを止めた
みえすぎてしまった
慰めを
ひきずって
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
夏が秋に移ってゆく
ごくみじかい
潮騒がいちばん遠のく季節に
さりげなく
終わってしまつたので
透きとおることも
濁ることも
なく
想いつづけることも
忘れ果てることも
なく
ひとひらの小舟がつながれている
杭のところだけが
まるい型に
静けさを保っている
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
わたしの心を
剥いでほしくはなかつた
玉ねぎを剥いでいくと
何も残らないということが
嘘であるように
ほんの小さなものが
つややかに指先に残ってしまうように
わたしの心の奥底にあるものを
みつけてほしくはなかった
わけもなく
鋭利に光っている
それを
あなたはわたしのなかで
ただ
眠っていればよかったのに
いたずらな指先が
わたしの心を剥いでいって
わたしのそれにふれ
冬の真夜中に立ちすく . . . Read more
過ぎ去った時間を
ていねいにつぶしてゆくと
白いかげりを含んで
指を繊細につき刺すところがある
それは
ひとつきりの瞬間の
掌を触れた瞬間の
感触を
心にみたして
消えていったものが
残していったところで
鋭角な渦が
孤高の色彩を保って
深く深く
おちこんでいる
そして
わたしはそこで
一度死んでいるのだ
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more