わたしたちの過ごす時間は
まわっている独楽のようなものだ
どんなに激しく求めあっても
別れの時間が近づいてくると
おたがいの背負っている生活が
型をととのえはじめて
別れの時間が
わたしたちの思いを
あっさりと現実のなかに倒してしまう
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
誰にも気付かれないように
とりとめのない話の
言葉のうらにかくした
言葉を集めて
あなたは封を閉じると
うす紅色の切手を貼った
それは
わたしの枕もとに
わたしが帰りつくまでに届いているはずだ
今日のあなたは
少し哀しげにみえるので
心の青いページをひらいて
封を切ろう
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
知らん顔をして
いろいろな人と話していながら
わたしの心はあなたをみつめている
あなたの心はわたしをみつめている
はやく二人きりになりたいと
希っている
それは足音をたてないように
ひとびとの間を縫って
黄昏色のコートをまとって忍び逢っている
誰にも知られてはならない
想いは
ふたりの視界のなかにだけ
高く炎をたてている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
夜のなかを
あなたは小走りに帰ってゆく
とじこめられた愛が
あなたのほっそりとした肩を
夜よりも暗く染めている
約束の時間を待つ心の
絶え間ない潮騒は
冴え冴えとした月の光に
照らされたまま凍てついてしまい
あなたの微笑みやぬくもりは
別れ際にみせた涙の底に沈んでしまった
サヨナラのかわりに
帰りたくもないと言って
あなたはわたしの掌に掌をかさねた
細い指にかけたあなたの重さを
目をとじたま . . . Read more
冷徹になりきるには
わたしは
さくらんぼの色を思いすぎる
温和になりきるには
わたしは
真夜中のつららを求めすぎる
結局
わたしは暖かな陽差しのなかに坐って
行くこともない旅を
思いつづけているのが
いちばん似合っている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
風が山を下りてくる音が
背後にして
しばらくすると
わたしにつきあたった
風にのってやってきた
暗褐色の啄木鳥が
わたしの背中に深い洞をあけて
胸の奥深くくちばしを突っこんで
熱しきれない想い出を啄んでいる
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
小さな花を落下傘にして
塀の上からとびおりて
足を痛めた
それでも
甘酸っぱい馬鹿馬鹿しさに満足して
足の痛みよりも
塀の上から地面に着くまでの
気持の軌跡をたどりながら
一冊の小さなアルバムを
作ることに熱中しきっていた
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
机の上にこぼれた
花びらの音に目を上げると
いつの間にか雨がふっていた
何を考えていたのだろう
かたつむりの歩みのように
思い切りゆっくりと
時を逆さになでてゆくと
あじさいの花の色に染まったところに
はじめて雨の音が聞えた
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
戻ってきたものはなんだったのだろうか
心の隅にかすかな傷みを落して
もう風が肩にとまるなどという夢も
持つことはないのに
少女が
レモンを思いっきりかじりながら
透明になっていった季節だけを
想いおこせるだけの幸せに酔っているのに
戻ってきたものはなんだったのだろうか
明るすぎる街で
髪のきれいな少女とすれ違っただけなのに
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
もうもうとした光のなかに
蝉は鳴きつづけて
騒々しい蚊帳が
木から木にはられている
トンボは
影の濃い草に羽根を光らせて
夕暮れの方向に頭をむけている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
からっぽの水槽に
ひとつの石を入れて
やすらぎを感じてから
もう何年になるだろう
のぞきこむと
石のうしろに
まだ
少女が腰を下ろそうとして草笛をふいている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more