浮かんでいる陽ざしを
そっとはじくと
細くひかる少年は
コスモスの上に腰をおろした
すっきりとゆれた花に
少年は遠く微笑って
陽やけした麦わら帽子の
小さな破れ目から
風がこぼれた
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
飲み干した牛乳壜のように
空が柔らかくくすんで
忘れていた感傷が
扉口にそっと佇むと
淡黄色の蝶が
ゆったりと
飛びたとうとしている
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
海を越えた島で
椿が咲いたという
その日
わたしの街は
大雪にみまわれていて
わたしのこごえた指先は
それでも
うす紅色の影にふれたのです
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
あなたが旅に出るといったときには
もう
あなたははるか遠いところに
風にふかれて立っている
あなたがほんとうに摘みたい花は
どのあたりに咲いているのだろうか
生まれたての蝶が
はじめてみるひとひらの夢のなかに
咲いているような花は
あなたはまだわたしの目の前にいるのに
わたしをみる瞳は
もう 想い出をのぞきこんでいるようだ
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
背負っていることを
背負っていると感じないで
すごしている日は
とても明るい
背負っていないのに
背負っていると感じて
あのひとはもう微笑わないだろうと
考えながら
波打ち際にそって歩きつづけた
あの日は
もっと明るかったのかも知れない
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
文庫本を
手に持って歩くことに
恥ずかしさを感じるようになり
背広のポケットに
そっとしのばせるくせがついて
ポケットのなかにだけ
遠い日につながる路が残った
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
わたしのまわりに
はなやかな噂がながれた
微笑するはずの
少女の瞳は
もの哀しくゆれたので
わたしは
雨の海にみた
一羽の海鳥を想っていた
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
でも
本当はいきたかったのです
海辺のひっそりとした町で
仕事はごく地味なもので
賃金はほんの少々なのに
ただ
少女が希んだというだけで
淋しい砂浜に立って
少女が好きだという
海の色をみる時間のために
特に
台風の通ったあとの
空にすいこまれてしまった色が
海にもどっていく
一年にほんの少しの時間のために
そうして欲しいと言う
少女の瞳は
そんな色だったのに
わたしは手を離したのです
. . . Read more
振りかえってみたところで
もう
そこはそこではない
目をしっかりと閉じて
まだ明確に残っている映像を頼りに
もどっていっても
もうそこはそこではない
木の葉一枚までもが
まったく同じ角度で
風に吹かれていても
もうそこはそこではない
かすかに上げた足のうらから
もうそこは
すでにそこではなく
彩色された位置になる
塚原将「たったひとつの季節に』より . . . Read more
いやに深閑としした昼だ
風が梢にとまっている
太陽はレモン型の風船
ひとりぼっちの子供が
つつましくひっぱっている
何の構えもなく休んでいる
赤とんぼのおとした羽根のなかで
雪をきざむ音がきこえる
塚原将『たったひとつの季節に』より . . . Read more
コスモスの花の色が
傾斜しているのは
秋が深いためだ
保たれていた
花の持つべき香りのまい上る平らな形体は
脈搏もなくおちてくる光の向こう側に
風が握りしめていってしまった
コスモスの花の香りが
ゼラチンのように固まっておちているのは
秋が深いためだ
塚原将『たったひとつの季節に』より . . . Read more