好奇心旺盛なおばさんのワクワク日記

勉学優先のセン業主婦!
遠くに見える富士山を眺めつつ、ワクワクしながら学習などにいそしむ日々を書き綴っています

父の命日

2019-04-21 19:26:10 | 日記
 昨日は平成26年に91歳で亡くなった父の祥月命日でした。もう5年も経ったんですねぇ~。
 日頃ご無沙汰ばかりしているので、たまには親孝行の真似事でもと実家の母に電話をしました。

 大正生まれの母、95歳!! この年にして新聞を読むにも眼鏡要らずで、電話の声もはっきり聞き取れ会話も弾みます! 久しぶりの電話とあって次から次といろいろな話が飛び出します。
 終戦時の話、母の子供の頃の話・・・
 今まで聞いたことも無い話もあって興味深く聞いていたのですが、30分近くにもなるとさすがに・・・

 母「ちょっとごめん、トイレ行きたくなった・・・」
 待ってました、とばかりにそそくさと電話を切り、PCの前へ。 と、すぐに折り返し電話が~~~~ 
 まだ話したりなかったらしい・・・ 
 電話でなんの支障なく会話できるのもありがたいことです。気のすむまでどうぞどうぞ!

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

結局は長いものには巻かれろ、か?

2019-04-14 10:32:06 | ボランティア
 グループによっては、個人の考えや好みを押し付けられることも多々ある。ただ、それは決められたルールの範囲内であれば、残念ではあるが受け入れざるを得ないだろうと思う。
 
 しかし、ルールを超えた個人の考えの場合はどうであろうか?
 データを作る側と読む側との間に共通するルールがあるからこそ、作成されたデータの内容が正確に読み手側に伝わるものと考えている。
 この共通するルールは、初心者であってもデータを読む際に理解しやすいようにと考えられている。現在のルールは、ベテランの読み手にとっては不評なルールらしく、長期にわたりさんざん議論の的になっているようだが、未だに大ナタを振るうには至っていない。
 あくまでも初心者を基準としているのである。それが、不特定多数の利用者向けに作成されるデータが、ベテランにとって読みやすいような超ルールで作成されたらどうなるか。
 利用しやすいデータが仕上がるとは思えない!
 
 しかし、どれほどこれは理不尽だと異議を唱え抗ったところで組織の中の1員である以上、「このルールでやる」と言われれば従わざるを得ない。 
 今更ながら世の中ってこういうものなのね!

 仲間内になんでも受け入れる(受けれられる)人がいた。周囲に波風が立たないように当たり障りのないことを話、常に言葉は少なめ。そのような生き方が出来る彼女が羨ましかった。そのほうが余分なものをしょい込むことも無いだろうから。
 でも、それが分かっていながらできない!見て見ないふりなんてできない!
 すべての人が見てみないふりをして口をつぐんでいたらどうなる?

 時々覗かせていただいているブログがある。彼のブログを読んでいると、並みの精神力ではないと驚嘆せざるを得ない。
 長いものに巻かれるのを良しとせず、確固たる信念を持って歩みを進めているように感じているから。

 今日のブログに以下のようにあった。
 
「寒食」という唐詩の「春城無処不飛花」の返り点の打ち方である。

 春 城 無 処 不 飛 花

 春城処として飛花ならざるは無し。



 最近は将棋の対局を見て気分転換することが多くなった。そして権力に抗うことを諦め、気を取り直して又作業を進める・・・ 

 これを人柄が丸くなった、というのだろうか・・・ 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第4期叡王戦七番勝負 第1局

2019-04-07 10:44:58 | 将棋
 いよいよ始まりました。 昨日は台湾で第1局が行われました。
 藤井七段がゲストとして解説に登場するということで朝から楽しみにしていました。
 待ちに待って登場したのが夕方六時、ようやく藤井九段とのダブル解説が始まったのですが、対局の局面を見ながら藤井九段が聡太君に次々と質問し、聡太君がそれに答えるという形式。やけに藤井九段が先を急いでいる感じで、変だなと思っていたら、聡太君は1時間で退場!

 聡太君もじっくり時間を掛けて筋を読むという感じではなく、この手には5手分岐があるので、と指し手を示しただけでその分岐についての解説はありませんでした。
 この解説のために上京したというより、なんだか他の仕事があってついでに寄ったって感じ!都内で収録でもあったのかなぁ~?

 肝心な昨日の対局ですが、聡太君の解説終了後夕飯の支度にとりかかり、食事後、PCの前に戻ってビックリ! 高見叡王が勝勢だったのに、互角の状態に!

 いつもの通りカットしたバナナを時折食べながらの永瀬七段の攻撃はすさまじく・・・・

 [技巧2の解析結果]
 先手:永瀬拓矢 七段
 後手:髙見泰地 叡王

 

 

 対局直後、髙見叡王はガックリ肩を落とし、見ているほうもつらい。 そして両者揃って大盤会場の挨拶へ。
 敗者にとっては辛い時間が続きます。

 後手勝勢まで行っていただけに残念な結果でした。
 解析の結果を見ていると、やはり髙見叡王の悪手率が気になります。特に終盤、持ち時間が少なくなってからの悪手・疑問手は体勢を立て直すことは難しいでしょうから・・・
 一方で時間を残しているほうは、相手のミスを誘発するような紛らわしい手を指してくる・・・

 いつものことながら、次、頑張って!としか・・・
 第2局は今週の土曜日、北海道「北こぶし知床 ホテル&リゾート」で行われます。

 そしていよいよ第77期名人戦 七番勝負も10日から始まります。
 すべての対局を見ている時間はないので、チラ見程度にするつもり・・・ 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

和製漢語

2019-04-04 23:17:59 | 日記
 今回の新元号に関する典拠の話をいろいろ聞いていて思い出しました。
 以前に中国語を勉強していた頃、『中国語研究』(白帝社)という雑誌に興味深い論文がありました。この雑誌をもう1度読んで確認したいと思ったのですが、見つけられませんでした。本の整理をした時に捨てたのかもしれません。だ・か・ら・本は捨てちゃダメ

 うろ覚えなのですが、漢語には3種類(多分)あって、その一つは中国で作られたもの、もう1つは古代中国で作られたが中国では廃れ、日本に伝わって残っていたものが中国に伝えられて再度使用されるようになったもの、あとの一つは日本で作られ中国でも使用されるようになったもの。
 中国語で書かれた論文で、この3つに分類される語彙がそれぞれ示されていたので、確認したかったのですが・・・

 『月刊しにか』2002年7月号の特集「漢語の履歴」の「中国製の漢語、日本製の漢語」に面白いことが書かれています。
(前略)一方、和製の漢語は、中古に始まり、中世からその製造が盛んになっていく。最初は和語を漢字で表記し、それを音読する方法によって成立したといわれる。例えば、平安時代の文学作品の中に見られる、
 かへり事(『源氏物語』) → 返事 → ヘンジ 
 ひのこと(『蜻蛉日記』) → 火事 → クヮジ 
 などのように、和語を漢字表記し、それが音読されて漢語としての資格を得ていったということである。

 おほね → 大根 → ダイコン
 みもの → 見物 → ケンブツ
 はらをたつ → 立腹 → リップク
 などの漢語も、漢字表記を仲立ちにするという同様な過程をとって成立したものである。


 さらに、明治期には、欧米語の翻訳語を含めて大量に生み出された、とあり和製漢語が多くあることが記されています。

 だから何?って? いえ、別に。
 和製漢語があるってことを思い出しただけです 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新元号「令和」

2019-04-01 12:27:36 | 日記
 新元号は「令和」との発表がありました。
 ググってみると、Wikipediaには「令和」についての記述がありました。速いですねぇ~~~

 万葉集の梅の花の歌「時に初春の令月、気淑く風和ぐ。」から取ったものである。中国の文書ではなく、日本の文書から選ばれた。

 『万葉集』巻五「梅の花の歌三十二首」 の序文ですね。(歌は815から)
 大系本の頭注:この序の作者については、大伴旅人説・山上憶良説・某官人説などがある。序の文章構成は、王羲之の蘭亭集序のほかに唐詩の詩序をもまねている。

 今までの中国の古典からという慣習を破り日本の古典からという総理の意向でしたが、『大漢和』にこの語が中国人の字としての記述があります。
 日本の古典からといっても、漢字そのものが彼の国の文字であり、カタカナ・平がなも漢字に基くものなのだから、彼の国と全く関係のないものに、というのはなかなか難しいでしょうね。





コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする