「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

「ノミ」から「宇宙」への驚愕の道程―『宇宙』

2020年05月24日 | Science
☆『宇宙』(加古里子・著、福音館書店)☆

  「すごい!」の一言に尽きる絵本である。タイトルは「宇宙」。何とも漠然としていて、捉えどころがないというか、味も素っ気もない感じがしてくる。表紙には電波望遠級やはくちょう座などが描かれているが、表紙の白さにばかり目が行ってしまう。よく見るとサブタイトルとして「そのひろがりをしろう」と書かれている。それから推測すると、良くも悪くもありがちな、地球に始まって、太陽系、銀河系、宇宙へと視点を広げていく絵本なのかなと思ってしまう。確かに後半はそのような構成になっている。では、前半には何が描かれているのだろうか。最初のページをめくると、ノミ(蚤)の話と1978年当時の超高層ビルの絵が出てくる。最初見たとき「えっ、何これ?」と思った。しかし、順にページを追っていくとわかるのだが、ノミの飛躍から始まって、天文学や宇宙科学の、それこそ飛躍的な発展を追いながら壮大な宇宙へとつながっていくのである。
  本文はすべてひらがな書きだが、数値や年号なども数多く出てくる。驚かされるのは、著者の知識量というか、集められた莫大な情報量である。事細かに書かれた「さくいん」を見るだけでも圧倒されてしまう。初版が1978年だから、現在から見れば数値や事柄が古くなっているものも少なくないだろう。東京タワーは出てくるがスカイツリーはもちろん出てこない。「国鉄」の表記は出てくるが「JR」の表記は出てこない(わたしなど「国鉄」の表記だけでとても懐かしくなってしまうのだが)。電波望遠鏡は出てくるが、ハッブル宇宙望遠鏡もアルマ望遠鏡も出てこない。アポロは出てくるがスペースシャトルも、当然ISSも出てこない。
  考えてみると、アポロはすでに「歴史」となり、スペースシャトルさえも最後の打ち上げから10年近くが経ってしまった。それほどまでに天文学や宇宙科学はものすごいスピードで発展し続けているわけである。数値の更新や新たな事柄を加えていたら、毎年のように改版しなければならないだろう。本書の初版に載せられたデータは基本的に変更されていないようである(わたしが買った2018年6月10日・第60刷で、冥王星を準惑星とした旨のみ注記されていた)。しかし、たとえデータが古かったとしても、この絵本は十分すぎるほど価値があると思う。データはあくまで目安にすぎず、たぶん人間ならば誰でも持っている「宇宙」への素朴な憧れや、人間の集団としての人類が「宇宙」をどのように理解し、認識を広げていったのかを科学的に描くことに、この絵本の意図があるのだと思う。ちなみに、絵本作家といえば美術系出身の方が多いような印象があるが、著者は理系(東大工学部応用化学科卒で後に工学博士号取得)出身で、科学的な正確さにも非常に気を配っているようである。なお、美術系出身の絵本作家の方々を否定(差別)するつもりは全くないので、念のため付け加えておきます。
  わたしはこの絵本を買ったとき、先ほど書いたように最初のページ(ノミの話)から見ていった。著者の知識量や情報量には最初から驚かされたが、その意図は正直くみ取れなかった。しかし、著者の「解説」を読んで、読みが浅かったことに気付かされた。もしこの絵本を手に取ることがあれば、先であれ後であれ「解説」は必ず読むべきである。この絵本の見方(読み方)が変わるのではないかと思う。著者はこの絵本を書くために25年間勤めてきた会社を辞め、アトリエも増設したそうである。その意気込みもまたすごいと言わざるを得ない。
  著者の加古里子さんは絵本作家や児童文学者として著名な方で、お名前はずいぶん前から知っていたが、なぜか絵本も著書も買ったことがなかった。ところが2年前(2018年)の5月2日に92歳で亡くなられた。そのことを知って(たいへん失礼ながら)あわててこの『宇宙』を買い求めた。加古さんの絵本は、この『宇宙』を含めてロングセラーを続けているものが多く、他の絵本も少しずつ集めていきたいと思っているところである。

  


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