今日のTVの果たす役割は、あたかもかつての女工に対して経営者が行ったしうちと似ている。(1)以前、過酷な労働環境に耐えかね体を壊す女工たちの親に、経営者たちは手紙を送った。そこには労働問題の真の姿を覆い隠す情報が書かれていた。ネオコン風に言えば、「自己責任」とでもいうのだろうか。そこで働く彼女たちが「わがまま」でとんでもない、女工はとてもいい仕事だという情報操作である。
工場が顔色の悪い女工を国元へ返して死亡統計に表れないようにしたり、工場の中の「虐使」の情報の達していない地方を開拓して3年経ったらよその地方へ移る、という方策を工場はとっていた。が、効果を薄めたころ、次の女工の確保策について、こう記している。
「たとえば強制貯蓄をさせ、それを無理に郷里に送金させた上で父兄に『あなたの娘は身体も丈夫である。これだけの送金もできる。しっかり勉励して稼ぐ。どうか誉めてやってくれ。』という手紙を出す。何も知らない父兄は「実に結構な工場だからしっかり稼げ」と返事する。--是は暗黒面から考えますればひどいやり方なので、娘たちが自分の父兄に向かって仕事が辛いということを言ってやりますけれども、是は娘たちの精神からではなしに娘たちは我儘で仕事を嫌うのであろうということを先ずもって父兄に思わせる所の辛辣の手段と思われます。そういう風にして父兄の威力を上手に使ってひきとめる、それは実に巧みにやったものでございます。
当時の工場経営者たちは、農村における家父長的な強権を徹底的に雇用関係の中に持ち込むことによって、いわば生理的に女工たちを支配していたと言えよう。利用された親たちも、無意識的に共犯者になっていたと言えよう。」
この記述に出てくる「手紙」の役割を果たしているのは、今の情報環境では明らかにTVだ。
親や上の世代と、下の世代のフリーター、または下の世代の正社員とフリーターではいわば階級・階層が違うのだ。住んでいる世界が違うということだ。
それで、上の引用は、女工をフリーターにおきかえ、食事事情の違いを無視すれば、ほぼ当たっている。働きすぎて体を壊すと「あなたはこの仕事にあわない」といってクビを切る所など、ソックリだ。本当は悲惨なのにパラダイスのイメージで現実を糊塗する点もよく似ている。構造としては変わっていない。
その断絶をTVの届ける「夢」情報は煽っている。
(1)紀田順一郎「東京の下層社会」ちくま文庫2000-2002
PP257-258
工場が顔色の悪い女工を国元へ返して死亡統計に表れないようにしたり、工場の中の「虐使」の情報の達していない地方を開拓して3年経ったらよその地方へ移る、という方策を工場はとっていた。が、効果を薄めたころ、次の女工の確保策について、こう記している。
「たとえば強制貯蓄をさせ、それを無理に郷里に送金させた上で父兄に『あなたの娘は身体も丈夫である。これだけの送金もできる。しっかり勉励して稼ぐ。どうか誉めてやってくれ。』という手紙を出す。何も知らない父兄は「実に結構な工場だからしっかり稼げ」と返事する。--是は暗黒面から考えますればひどいやり方なので、娘たちが自分の父兄に向かって仕事が辛いということを言ってやりますけれども、是は娘たちの精神からではなしに娘たちは我儘で仕事を嫌うのであろうということを先ずもって父兄に思わせる所の辛辣の手段と思われます。そういう風にして父兄の威力を上手に使ってひきとめる、それは実に巧みにやったものでございます。
当時の工場経営者たちは、農村における家父長的な強権を徹底的に雇用関係の中に持ち込むことによって、いわば生理的に女工たちを支配していたと言えよう。利用された親たちも、無意識的に共犯者になっていたと言えよう。」
この記述に出てくる「手紙」の役割を果たしているのは、今の情報環境では明らかにTVだ。
親や上の世代と、下の世代のフリーター、または下の世代の正社員とフリーターではいわば階級・階層が違うのだ。住んでいる世界が違うということだ。
それで、上の引用は、女工をフリーターにおきかえ、食事事情の違いを無視すれば、ほぼ当たっている。働きすぎて体を壊すと「あなたはこの仕事にあわない」といってクビを切る所など、ソックリだ。本当は悲惨なのにパラダイスのイメージで現実を糊塗する点もよく似ている。構造としては変わっていない。
その断絶をTVの届ける「夢」情報は煽っている。
(1)紀田順一郎「東京の下層社会」ちくま文庫2000-2002
PP257-258
に見られてしまいます。
よっぽど実家が金持ちじゃない限りフリーターが都会で暮らすことは大変でしょう。
実家に住んでいるフリーターでも、お水【水商売】
やっている人が多いです。
ここで、TVが故郷OR実家の親たちに植え付けてるイメージとは、貧乏生活を映し出していないということでしょうか。
あるいは出世が出来ていないということでしょうか。
正社員や独立企業家がフリーターにさせる行動
は人間扱いをはるかに離れている場合があります。
そんな時、そういう雰囲気に飲まれやすい女の子
は、やばいでしょう。
少し話が飛びますが、長野県の塩○で男女が心中と見せかけられて、ガソリンで燃やされてたことありましたよね。
TVで経営者を追い詰めることも可能であると思うし、けれども私の推測ではだれも、関係者の全員がいい給料もらっているので
口も出せない。
そして、そのときの女性の身分は会社員だった。
ちゃんと、会社に所属してた。
反対に、フリーターの男性に対してTVはどんな影響
を与えているのでしょうか。
>ここで、TVが故郷OR実家の親たちに植え付けてるイメ>ージとは、貧乏生活を映し出していないということで>しょうか。
> あるいは出世が出来ていないということでしょう
>か。
その両面です。くわえて、労働環境の過酷さについてもです。大阪地裁はで、アルバイターに過労死を認める判決も出ていますし、NHKの「フリーター漂流」の放映後、この問題についてオープンに話しあえる雰囲気ができてきたと思います。それでも、これまで長年にわたってTV等の流してきたフリーターのイメージを引きずる人もいて、そういう人にフリーターとは何か、あるいはフリーターの大変な状況について説明をするのは難しいです。このブログでも、多くの失敗をくりかえしながら、何とか伝わる表現を見つけようと日々試行錯誤しています。
>長野県の塩○で男女が心中と見せかけられて、ガソリ>ンで燃やされてたことありましたよね。
え、それはショッキングな出来事ですね。知りませんでした。
ただし、それを一般的なフリーター問題の脈絡で話せるかどうかはちょっと分かりません。ググってみます。