どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ251

2008-07-31 23:52:31 | 剥離人
 小磯が伝えて来た超高圧ホースの異常は、ポンプのプランジャー部から発生していた。

 私は防音ボックスの扉を開け、プランジャーに手を添えると、いつもと異なる鈍い振動を、右手の中指と薬指に感じた。
「やべぇ、もしかしたらプランジャーにダメージが出てるのか?」
 私は慌ててハスキーのエンジン回転数をアイドリングまで落とし、すぐにF社の三浦に電話を入れた。
「三浦さん、ハスキーが脈動を起こしてるんだけど」
「脈動?200時間メンテはいつやったの?」
「80時間前」
「じゃあ、まだダイナミックシールは劣化していないよね」
「そのはずだけど…」
「とにかく僕もすぐに行きますからね」
「三浦さん、悪いけどアセトン(揮発性の高い洗浄液)を貸してくれる?」
「え?アセトン?持ってないの?」
「う、うん、毎日会社に帰ってるから、必要になったら持って来ようと思ってたんで」
「ウチにも無いよ、アセトン…」
「えー?マジですか!?じゃあ今から会社に取りに行かないと…」
「僕が現場に行ってプランジャーをばらし始めますので、木田さんはアセトンを取りに行って下さい!」
 私はエンジンを停止すると、作業用コンテナのハスキー用工具を準備し、車に乗り込んだ。

 会社にアセトンを取りに行って帰って来ると、すでに一時間半が経過していた。
「三浦さん!」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
 目つきは悪いが、貧血体質の三浦が、全身から汗を掻いている。
「木田さん、はぁ、はぁ、とりあえず、はぁ、はぁ、プランジャーはばらしたからね」
「す、すみません、本当に。で、原因は?」
「うーん、原因は分かるんだけど、これなんだよね」
 三浦は白色のダイナミックシール(ピストンを支えるリング状の樹脂部品)を差し出した。
「な、何ですか、これは!?」
 三個のダイナミックシールの内、一つは茶色に変色、残りの二つは変形し、大きさも変わっている。
「これ、どういう事だと思う?」
 三浦が私に訊いて来る。
「いや、こんなのあり得ませんよね、だって200時間使用したシールだって、こんなに変形しませんよ。これなんか通常の半分の長さになっているし…」
 私は三番プランジャーのダイナミックシールを、顔の前にかざして見せた。
「とにかく、セラミックプランジャーが無事で良かったですよ。新品のダイナミックシールを入れて、プランジャーを組みましょう!」
 私は三浦に促され、樹脂製の容器にアセトンをぶち込むと、すぐに部品の洗浄を始めた。
「三浦さん、今までにダイナミックシールが変形したり磨耗したりする事例はあったんですか?」
「いや、僅かな変形や微細な磨耗があることは木田さんも知っているでしょ」
「ええ」
 三浦が部品をばらし、私と小磯が洗浄し、ハルがエアブローをする。
「こんなのは僕も初めて見ましたよ」
「そうですか、もしかしたら剥離水を再利用しているのが原因かな…」
「剥離水のデータはあるんですか?」
「今、分析中です」
「水のデータ、何か分かったら教えて下さいね」
 三浦はそう言いながら、ダイナミックシールが装着されていた部品をじっと見つめていた。

 周囲が暗くなり始めた時、ようやくプランジャーの修理が終わり、ハスキーは再びエンジン音を響かせたのだった。