どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ227

2008-07-03 03:18:53 | 剥離人
 一月中旬、私は、小磯と一緒に水管橋の中に居た。

 この日、ハルは『床上操作式クレーン運転技能講習』の実技試験を受けに行っていた。
 工場内にある天井クレーンは、荷物と一緒に移動し、比較的安全な部類のクレーンではあるが、使い方によっては命に関わるので、最低限の知識は必要になる。私が責任者である以上、技能講習の修得は必須条件だった。

 水管橋の狭いマンホールを降りると、K建設と塗料メーカー、塗装屋の人間が、年末に塗った塗装の前に集まっていた。
「木田君、工事をやらない予定なのに、結構人がたくさん居るね」
 小磯が不思議そうな顔をしている。
「今回はやらなくても、来年やる予定ですからね。少なくとも僕ら以外の人達には、関わりのある内容なんですよ」
「なるほど」
 
 塗料の密着強度試験と言っても、さほど難しいことをやる訳ではない。むしろその検査方法はかなり古典的で、ちょっとびっくりする内容だ。

1.アドヒージョンテスト(引張り付着試験)
 英国エルコメーター社製の測定器『アドヒージョンテスター』を使用して行う試験。
 測定箇所をサンドペーパー(#240程度)で軽く研磨して清浄にする。
 測定用の端子をシアノアクリレート系接着剤で塗膜表面に接着し、端子の全周囲に切り込みを入れる。
 測定器で接着した端子を引き剥がし、その時の強度を測定する。
 
 この様に記述すると、非常に高級な試験の様に聞こえるが、実際は、
『金属のコマを瞬間接着剤で貼り付けて、カッターで縁切りをして、機械で強引に引っぺがす試験』
 である。
 この時の結果は、コマが塗膜表面から剥がれただけで、塗膜自体はしっかりと残っていたので、合格となった。

2.テープ付着試験
 切り込み用のガイドと、カッターナイフ(JIS5400 6.15(2.1))を用いて、素地に達する切り込みを入れる。
 塗膜の厚さにより、入れる切り込みの形状(碁盤目とクロス)が異なり、碁盤目は1ミリピッチと2ミリピッチを使い分ける。
 切り込み部にセロハンテープ(24ミリ幅 JIS Z 1522)を丸棒などで密着させる。
 テープの端を45度の角度で保持し、一気に引き剥がし、残留した塗膜の面積を計測する。

 やはり規定の細かい高級そうな試験に聞こえるが、要は、
『カッターナイフで碁盤目状に切り込みを入れて、セロテープで引っぺがす試験』
 なのである。
 この時の結果は、ほとんど大きな剥離も無く、やはり合格となった。

「い、意外と古典的な試験方法なんだね」
 密着強度試験を見ていた小磯が、呟いた。
「まあ一番分かりやすいし、間違いが無いんじゃないですか?」
「でも、どうせ工事はやらないんでしょ?」
「そうですね」
「ロボットの設計、どうなったの?」
「先週完成しましたよ」
「がはははは!完成しちゃったの?」
「ええ、造ったら素晴らしい物が出来ると思いますよ」
「がっははははは、だって造らないんでしょ!?」
「ええ、造りませんよ」
「がはははは!この男は、本当に、ひひひひひ!」

 私を見て爆笑する小磯を、所長の鴻野が不思議そうな顔で見ていた。