どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ244

2008-07-22 14:34:33 | 剥離人
 翌日、朝から水管橋内では、管内ロボットによる剥離作業が始まっていた。

 今日は現場の人数もぐっと減り、R社以外のメンバーは、W運輸機構の佐野と後藤、協成の前山、F社の大澤に、本村組の柳川という職人だけになっていた。
「佐野さん…」
 私は作業用コンテナの中で、昨日から気になっていることを佐野に相談した。
「今の剥離スピード、かなりまずいですよね」
「ま、確かに遅いよね」
「管の内径が3.3メートルなんで、一周約10メートル。管内ロボットのスピードが、理論値で1.1メートル/分ですけど、実質それなりの負荷が掛かってますから、約1.0メートル/分とすると、計算上は一周10分掛かるんですよ。実際に今は一周10分掛かってますからねぇ。それに一周したら台車の移動作業もあるから、さらに数分掛かってますからね…」
「あのコントローラーに表示される周波数は、スピードの表示じゃないんだよね」
「ええ、計算式があって、『速度(m/min) = 120(定数) × F(周波数)/4 × 0.628(ホイル周長) × 1/200(減速比) × 0.97(効率)』っていう公式に当てはめる…らしいです。前山さんがそう言ってました」
 私は佐野に、前山がくれたA4の紙をヒラヒラとして見せた。
「普段はどの程度のスピードで剥離出来るの?」
「エポキシ系の塗料なら、20~25Hzですね。まあ、大体今の倍のスピードですよ」
「それから考えると、確かに厳しい数字だね」
「ええ、まあポンプに距離が近づけば近づくほど、ジェットの実効圧力は上がるはずなんで、大丈夫だとは思うんですけどね」
「まあ、大丈夫だべ。1,800kgf/cm2で剥がれる塗料なんだから、後半100メートルに入ったら、いつもの剥離作業と同じ条件になるんだし、そこからは早いと思うよ」
「そうですかね?」
「心配無いって」
 佐野はいつもの様にニヤリと笑い、飄々としている。今の自分に一番欠けているのは、やはり経験値だった。十年間塗装工事に携わっていた佐野の言葉は、私にとって何よりもありがたい精神安定剤だった。

「それよりもキーちゃん、あの宿の近くのフィリピンパブは凄いね」
「フィリピンパブ?」
「宿から徒歩二分の場所に、フィリピンパブがあるんだよ」
「あんな場所に?」
 W運輸機工のメンバーの為に用意した宿は、この工事現場に近く、住宅街の外れのパッとしない場所だった。とても近所にフィリピンパブがある様な環境とは思えなかった。
「しかもそのフィリピンパブ、食券制なんだよ」
 佐野は自分で言いながら大笑いをしている。
「は?食券?食事処なんですか?」
「いや、パブだよ」
「意味が分からないんですけど」
「店に入るでしょ、そうすると店の中に券売機があるんだよ」
「えー、牛丼屋とか、立ち食い蕎麦屋にあるみたいな?」
「そうそう、その券売機に一時間分の料金を入れると、ウィーン、ガチャンって、白い食券が出てくるんだよ」
 佐野は自分で言いながら、また大笑いしている。
「それ、本当の話ですか?」
「本当だって、他の食事のメニューとか、ボトルとかも、全部その券売機で食券を買うんだよ」
「うははは、マジですか?強烈な店ですね。でもなんで券売機なんですか?」
「それは行けば分かるから、この現場の終わりに行こうぜ」
「行きたいですね、その店は。でもちゃんと女の子は居るんですか?」
「居るよぉ、キーちゃんが好きそうなムチムチした子が何人も居るよ」
「おー、楽しみですね、めっちゃ行きたくなって来ましたよ!」
「だべぇ?」
 佐野はニヤニヤとしながら、腕組みをして頷く。
「じゃあ、この現場の片付けの時に、皆でその宿に泊まって、打ち上げをやりましょう!」

 現場仕事には、こういう楽しみを用意しておく必要があり、その点においても、佐野は良く現場仕事を理解していた。