どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ236

2008-07-14 02:37:10 | 剥離人
 翌日、一気に現場の人数が膨れ上がった。

 R社は私と小磯とハル、W運輸機構は佐野、田代、渋井、後藤、さらに本村組からは、若い職人が五人、水処理ユニットの東正産業から一人、その下請の鬼頭化工からも一人、F社からは大澤と三浦、ロボットメーカーの協成からは前山、という編成になった。
「木田君、大丈夫?」
 どうやら小磯は、いつも少人数で仕事をしていた私が心配な様だ。
「任せて下さいよ!言う事を聞かない奴は、C電力の時みたいに、ぶん殴りますから!」
「がはははは、駄目だ、この男は!」
 小磯が爆笑する。
「小磯さん、今日はW運輸機工の全員を小磯さんに付けますから、管内ロボットを組み立てて下さいね」
「組み立て方なんか知らないよ?」
「その為に協成から前山さんを呼んでありますから、大丈夫です」
「はいよ」
「まず最初に、ハスキーやコンテナを設置しますからね」
 R社とW運輸機工の人間以外は、全員、K建設の初期入場安全教育を受けているので、まだ現場事務所の中だった。

「藤井さん、現場にお願いします」
 事前に聞いていた、森野運輸の運転手、藤井の携帯に連絡を入れる。
 小磯とハルが昨日工場で積み込んだコンテナ二台を、昨日と同じラフターで荷降ろしする。
「今日もあのオペか?」
 田代が不満そうな顔をする。
「田代さん、ここ、スロープですけど、コンテナを平らに設置できますかね?」
「あ?平らにすりゃあイイんだろ?」
 田代はニコリともせずに、ラフターに吊られたコンテナの下に、次々と番木や木端を入れて行く。
「佐野、そっちもいいか?」
「おお、いいぞ」
 ラフターがコンテナを接地させると、コンテナの床面は見事に平らになった。
「おおー、さすがですね」
「こんなの重量屋なら、朝飯前だよ」
 この現場に来て、初めて田代が笑顔を見せた。

「竹村さん、お願いします」
 次に、ハスキーやバキューム装置、コンプレッサーを積んだトラックを入れる。
 ハスキーとコンプレッサーを降ろすと、今度はバキューム装置だ。
「キーちゃん、何トンだい?」
 佐野がバキュームのワイヤーを、ラフターのフックに掛ける。
「3トンですよ」
 バキューム装置の天井のワイヤーがきちんと張り、問題が無いのを確認すると、佐野はトラックの荷台から降りた。
「木田君、どっち向き?」
 バキュームの設置場所で、小磯とハルが待っている。
「ホースのジョイント側をマンホールに向けて下さい!」
「了解!」
 小磯が大声で返事をする。
「グぉおおオオオオオン」
 50トンラフターは、エンジン音を響かせながら旋回し、目一杯伸ばしたブーム(腕)を倒して行く。
「グぅいいイイイイン、グぉおおんん…」
 小磯とハルの待つ敷鉄板の上で、いきなり宙吊りのバキューム装置が停止した。いや、ラフターが停止したのだ。
「お?何?どうした?」
 私と佐野は、ラフターを見た。運転席の中で、若いオペレータが困惑した表情を浮かべている。
「おーい、どうした?」
 佐野が若いオペレータに声を掛ける。
「これ以上は無理です!」
 オペレータは運転席のドアを開くと、半身を乗りだ出して佐野に答えた。
「はぁ?何が無理なんだ?」
 佐野が理解できないと言う顔をする。
「危険です!」
「何が?」
「もう余裕がありません」
 私と佐野は、ラフターの回転灯を見た。
「黄色、ですよね」
「うん、黄色だね」
 ほとんどのクレーンの運転席の横には、三段の回転灯が設置されている。
 クレーンが安全に作業できる姿勢、それに伴う荷重の場合は、三段の内、緑色が点灯するのだ。そしてクレーンの姿勢やそれに伴う荷重が限界点に近づいて来ると、今度は黄色が点灯する。限界に達すると、最後は赤色が点灯し、それ以上の負荷がかかる方向へは、クレーンを動かす事が出来なくなるのだ。
「黄色だろ?」
 佐野が憮然としてオペレータに言う。
「でも向こう側の土手の方が低いですし…」
 彼の言うとおり、確かに向こう側の土手の方が僅かだが高さは低い。
「大丈夫だよ、まだ黄色なんだから。とりあえず赤色が点灯するまでは行けるべ!?」
「でも、もし転倒したら…」
 私と佐野の表情が険しくなる。
「何も安全装置を切れとは言ってないだろう。まだ余裕はあるんだから、行ける所までやってよ。どうしても駄目な場合は、75トンを呼ぶからさ」
 私はなだめる様にオペレータに言った。
 もちろん安全装置を切らせるつもりは無い。以前、営業として出入していた現場の所長は、クレーンの安全装置を切って作業をさせ、豪快にクレーンをひっくり返し、ついでに自分の人生もひっくり返してしまった。
「グチャグチャ言ってねぇで、さっさとやりやがれ!」
 佐野の我慢タイマーが時間切れになり、オペレーターを睨みつけながら、怒鳴った。
 若いオペレーターは、佐野の剣幕に驚き、すぐにラフターを動かし始めた。
「はい、スラー!」
 小磯の指示でバキューム装置が地面に接地すると、それを見計らった様に、ラフターの回転灯が、赤色に変わった。
「うはははは、ギリギリでしたね」
「いやいや、この程度は現場じゃ当たり前だよ」
 佐野は腕組みをして納得している。
「佐野さん、恐らく向こうの土手は一メートルも下がってないと思うんですけど、まさか50トンでギリギリとは思いませんでしたよ」
「帰りは75トンだべ」
「あはは、そうですね」

 ラフターのオペレータは、ホッとした様な表情で、フックを戻していた。