どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ232

2008-07-09 19:46:23 | 剥離人
 大澤と一緒にK県の空港を出ると、協成の担当者、前山が待っていた。

 私と名刺交換をした前山は、沖縄系バンドのボーカルに似た、濃い顔をした男だった。
 前山の運転する車に乗り込むと、空港から三十分ほどの工業団地に向かう。

「前山さん、忙しい所すみません」
 大澤が声を掛けると、前山はやや疲れた表情で笑顔を見せた。
「かなり疲れていませんか?」
「いやぁ、そうですか?まあ、連日遅くまで作業をしていますからね」
 前山はそう言いながらも、忙しい事に不満がある様子では無かった。
「あはは、すみませんね、前山さん、無理なスケジュールを押し付けちゃって」
 私は笑いながら前山に話し掛けた。
「いえ、でもまあ、設計が終わっていたんで助かりました。そうじゃなければ間に合いませんでしたね」
「で、実際にどうなんですか?工事で使い物になりますか?」
「なる…と思います。いえ、きちんと仕上げますよ」
「え?今日出荷じゃないの?」
「ええ、あと少しです…」
 この期に及んでも、完璧という訳には行かないらしい。

 協成の工場は、どこにでもあるスレート葺きの建屋で、R社の工場を一回り小さくしたような造りだった。
 工場内に無理やり備え付けた様な事務所に案内されると、気さくなおばさんがお茶を出してくれた。
「まあ、M県から?それは遠路はるばるありがとうございます。今日はお泊りなんですか?」
「いえ、日帰りです」
「まあ、お泊りならウチの社員にK市の街を案内させましたのに…」
「ええ、僕も本当に泊まりたかったんですけど、工事は明日からなんですよ、とてもその余裕がありませんね」
「そうですか、残念ですね。今度は是非ゆっくりといらして下さい」
 会社の事務員のおばさんに、これだけ話しかけられることも珍しいが、これがこの地域の気質なのか、それとも協成の社風なのかは、分からなかった。

 いかにも九州男児らしい、豪快な感じの社長と簡単に挨拶を交わし、早速管内ロボットを見に行く。
「おおおー!」
「これは、凄いね!」
 私と大澤は感嘆の声を上げた。
 工場の中には、鉄板で造られた直径3.3メートルの擬似鋼管があり、その中に管内ロボットが強烈な『機械』としての存在感を示していた。
「凄いね、『ハイドロキャット-J』がすんごく小さく見えるね」
 ベンツマーク(スリーポインテッドスター)の頂点に、自重90kgのハイドロキャットが逆さ向きに装着されている。それを支えている台車部分は、そのほとんどがステンレスの角パイプで組まれており、ベンツマークの残り二点は、ハイドロキャットと同じタイヤが各二本装着されている。それらのタイヤは、ハイドロキャットも含めて、全てインホイールモーターとなっている。
 インホイールモーターとは、タイヤホイール内にモーターが直結された構造のことである。モーターとタイヤの間には余分な動力伝達機構が存在しない為、動力伝達にロスが少なく、動力伝達機構のメンテナンスも不要となるというシステムだ。今後実用化される電気自動車の大半は、インホイールモーターが採用される筈だ(電気自動車のインホイールモーターには、他に減速機やブレーキなどが組み込まれます)。

 ベンツマークの中心部には五角形の金属プレートがあり、そこにエアホース、動力ケーブル、そしてφ75のサクションホースが繋がっていた。本番ではさらに超高圧ホースが接続されることになる。
「このホース類の接続部は全部スイベルジョイント(回転機構を持った継手)なの?」
「ええ、サクションホースだけは既製品のスイベルジョイントが無かったので、製作しました」
 さり気なく前山は、このロボットを製作するのに苦労した点をアピールした。
「もちろん動くよね?」
「ええ、当然ですよ。今お見せしますからね!」
 前山はそう言うとエアコンプレッサーのバルブを開き、壁のブレーカーのスイッチを入れた。

 いよいよ大金を掛けた、史上初(多分)の管内フルバキュームロボットが、その能力の全容を現す。